記憶の扉 その10

 

 

天尚宮殿の皐月(サツキ)の間から出てくると、紅月達は思い思いに考えていた。

紅月は、ともかく一度邸に戻らねばならんと言って、すぐに帰っていった。もちろん、お付きの風地(ゼツ)と如月(キサ)もだ。

あとに残された蓮は、先を行く父親を見ながら、早く天尚様の処へ行かなければと考えていた。

 

(でも、親父がどんな反応を示すだろう?)

 

「蓮!」

 

突然呼ばれて、蓮は行こうと思っていたことがバレたような気がしてびっくりした。

 

「な、なんだよ」

 

「おまえ、見たんだろう?」

 

「何を?」

 

歩いていた弥星(ビセイ)が急に立ち止る。顔は見えないが険しい顔になっているだろう。

 

「記憶なら消したぜ!」

 

「俺が言っているのはそんなことではない。わかっているんだろうが!!」

 

蓮はプイッと横を向いて、つぶやく。

 

「女だよ!女があの剣で男を刺した!」

 

「やはり女か・・・」

 

「親父、わかっていたのか?」

 

「刺し方からしてなんとなくだが・・・」

 

あの刺し傷を見てわかるものなのか・・・。蓮はあらためて父の能力に驚く。

 

「蓮。おまえ木流派の天尚様のところにいったんだろう?」

 

「ああ、行ったよ。途中で誰かさんに呼び出しをくらったけどな」

 

「・・・会えたのか?」

 

少し躊躇(チュウチョ)しながら問う弥星(ビセイ)の言葉にはある含みがあった。蓮はその含みを理解していたが、核心には触れたくなかった。

 

「誰に?」

 

答えたくなくて蓮は足早に歩きだす。横を通り過ぎようとしたとき、ボソリと弥星(ビセイ)が言葉にした。

 

「澄木(スミク)・・・」

 

その名に蓮はその場で固まってしまった。

 

「いなかったんだな?」

 

核心を突いてくる。蓮は目を閉じてから、向き直り父親と対峙する。

 

「ああ、いなかった。いや、実のところ呼び出したくせに、会わせてもらえなかった。途方にくれているところへ、親父からの使いがやって来た」

 

「そうか・・・」

 

蓮は心底驚いていた。どうして父が澄木(スミク)のことを知っているのか。木流派の依頼の件で、父に名前まで父に話したことはなかった。それなのにどうして・・・。

黙り込んだままの父の顔を、蓮はジッと睨み据える。

 

「何で知ってる?」

 

「澄木(スミク)のことか?」

 

「どうしてだ!」

 

弥星(ビセイ)はふうっとため息をつくと、うってかわり蓮に笑顔を見せた。

その顔に蓮は戸惑う。

 

「お前は子供がどうやってできるか知っているか?」

 

「な、なんだよ急に・・・」

 

「知っているよな。お互いの血を混ぜあい、それを女の体に混ぜることでできる。その時できる子は一人。だが、まれに双子が生まれることがある」

 

蓮は父が一体何を言いたいのかが、よく分からなかった。一体何を話しているのか・・・。

また、弥星はふと笑うと歩き出した。

 

その後ろに並ぶように蓮がついていく。

 

「双子については知っているか?」

 

「ああ。確か生まれてくると不吉といわれているんだよな。でも、なぜだ?」

 

「実例があってな。昔、水流派の者に双子が生まれた。一度に二人もというわけで、それはそれは各流派がそろってお祝いをした。だが、成長すると、その双子はお互いがお互いを憎むようになっていった。似すぎていたからなのかは俺にも分からないが、憎しみがエスカレートしていって、ついには双子同士で争い、一方が一方を刺し殺すところまでいってしまった。この例だけならば不運と呼ばれようが、これがそうじゃない。何度となく双子が生まれたが、どれもこれも悲惨な最後へと発展してしまった。だから、いつの頃からかは知らんが、双子が生まれると一方を迷牢(メイロウ)の森へと返すことにしたのだ」

 

「なあ、親父。その件と今度の件。何か関わり合いが・・・」あるのかと、聞こうとした矢先、弥星(ビセイ)がつぶやいた。

 

「その澄木(スミク)も双子だった・・・」

 

蓮は言葉を失った。

 

「双子だった?」

 

「おまえが木流派の長に依頼を頼まれた時、何かしらあるなとおもっていた。木流派の長が天尚の座についているときにもかかわらず、長が話を持ってきたということは、とても一筋縄ではいかないものだとな・・・。蓮、おまえこれから木流派に向かうつもりだろう?」

 

「あ、ああ。そのつもりだったけど・・・」

 

「気をつけろよ。地流派の誰でもいい、護衛をつけていけ!」

 

「なんだよ、親父。話が見えねえじゃないかよ!」

 

「おまえ、普通に考えて澄木(スミク)が剣で誰かを殺すとおもうか?」

 

「いや、それは・・・」

 

「異常なんだ。刺そうと考えたところで、すでに。いいか、蓮。これは各流派の争い事とはわけが違う。俺の言っている意味が分かるか?」

 

蓮はゴクリと喉を鳴らした。

 

「だって・・・もう一方は召されたんだろう?」

 

「見た者はいない。もし仮に生きていると考えるならば、この澄木(スミク)の異常な行動が見えてくる。いや、あの事件、もう片割れの可能性もあるな・・・」

 

(双子の片割れ・・・?)

 

召されることを哀れとおもい、誰かが助けたか?だが、いったいどこにいたんだ、そいつは・・・?

あの記憶中にいた女。もし、あれが片割れだとすると・・・。

 

今日は、澄木(スミク)には会えなかった・・・。

 

(やばいな、嫌な感じがしてきた)

 

「親父、悪い。木流派の邸にいってくる!星流派の長が飼っている馬を借りていくから、断っておいてくれ!!」

 

「ま、待て!!蓮!!」

 

「あいつ!!」

 

まったく!と、弥星(ビセイ)は舌打ちをする。まさか、いきなり飛び出すとは思わなかった。

 

蓮は時々、弥星(ビセイ)の範疇(ハンチュウ)を超えてしまう。頭の痛いところではあるが、成長の証でもある。

 

「警護もつけずに・・・気をつけろよ」

 

さて、歩きながら弥星(ビセイ)は、星流派の長(オサ)にどう申し開きをしようかと考えていた。

 

 

 

 

☆ 記憶の扉 その11へ続く