記憶の扉 その6

 

丹念に調べていると、後ろから聞きなれた声がした。

 

「オレを呼び出すなら、もっとましな事で呼び出してもらいたいもんだ!」

 

「悪いな、蓮。悪いついでにもっと、悪いことを教えてやろうか?」

 

「なんだよ!」

 

「ホラッ!」

 

弥星(ビセイ)の手に握られている短剣を見て、蓮は先ほどの弥星(ビセイ)と同じように息をのむ。

 

「おい!これって・・・」

 

「どう、思う?」

 

「どうって、この剣は盗もうったって盗めるもんじゃないぜ。もし、盗まれたとすれば、それを黙っていることはねえだろう?」

 

「だから、やっぱり、そう考えるしかないだろうな」

 

ため息をついて、弥星(ビセイ)が空を仰ぐ。

 

「隠すのか?」

 

無言のまま、弥星(ビセイ)が頷く。

柄の真ん中に彫ってある印を蓮は眺める。なんだか、また、嫌な予感がしてきた。

 

「この男は?」

 

「星流派(セイリュウハ)の者だ」

 

血の流れはとっくに止まっている。それでも、男の身体の側には血が流れていた。

ジッと蓮はその男の顔を見てみる。なんとなく見たことのある男のような気がしたが、思い出せなかった。

 

「どこかで、会ったかな?」

 

「ん?」

 

「いや、なんでもない。それより、その目撃者は大丈夫なのかよ」

 

「それがな、ショックで暴れたらしい」

 

「オレを呼んだのはその為か・・・」

 

「それだけではないがな」

 

蓮はつまらなそうに、フンと鼻を鳴らした。

 

「わーってる。ちゃんと伝えといた。そのうち来るだろう・・・」

 

蓮はここに来る途中で、月流派に寄り道をし、紅月(クゲツ)に伝えてくれるように卯月(ウヅキ)に頼んだのだ。上手く伝わっているなら、もうすぐ来るはずだ。

 

案の定、弥星(ビセイ)と蓮が男の身体や周りを調べているところへ、遅れて紅月と月流派の護衛をしている地流派の風地(ゼツ)と如地(キサ)が現れた。

 

この現状を怖いながらもみたいものもいるようで、紅月達三人は、その遠くから見ている者の合間を割って入ってきた。

 

しかし、途中で血が見えるところまで来ると、途端に三人は立ち止まった。

さすがに紅月も血を見るのだけは苦手らしい。弥星(ビセイ)と蓮は立ち上がり、紅月のいるところへと移動した。

 

「あまりうれしくない歓迎だな、弥星(ビゼ)!」

 

「悪いな。久しぶりに再会したところが、こんなところで・・・」

 

「なあ、紅月。頼みがあんだけど」

 

二人の間に入り、蓮が言う。

 

「なんだ?」

 

「三人の内の誰か。短剣持ってない?フツーの紋章が入ってないやつ?」

 

「フツーの?」

 

紅月は護衛の二人に目配せすると、風地(ゼツ)が後ろの背中から何やら取り出し、紅月へと渡す。

 

「これでいいか?」

 

紅月から受け取ると、蓮は短剣の柄を持ち抜いてみる。何の変哲もない短剣だ。

 

「上等だよ。これ、今からあいつを刺した凶器だからね。忘れないでね」

 

蓮はそういうと、カラの鞘を弥星(ビセイ)に渡す。

その柄に、血糊が付いた剣を収めると、弥星(ビセイ)はそれを自分の懐へ隠した。

 

「なんだ?どういうことだ!弥星(ビゼ)、蓮!!」

 

蓮は「んー」と、声を上げて紅月の肩を叩いた。

 

「知らないほうが本当はいいんだけどな。な、親父」

 

「ああ。ま、そのうちに話すから、その時まで待ってくれ!!」

 

グッと睨んだ紅月をまっすぐに見返す弥星(ビセイ)。その目に負けたのか、紅月が溜息を吐く。

 

「わかった。で、あいつはどうする?」

 

倒れたままの男を指さす。

 

「迷牢(メイロウ)の森へと連れていくしかあるまい」

 

嫌そうに弥星(ビセイ)が呟く。すると、紅月が後ろを振り向いた。

 

「おい!風地(ゼツ)。お前の力で頼んでもいいか?」

 

「え!!?」

 

突然言われて、めずらしく風地(ゼツ)が動揺している。

 

「はい。それは構いませんが・・・」

 

男の身柄を風地(ゼツ)と弥星(ビセイ)に任せると、紅月は蓮と如地(キサ)と共に、目撃者のいる邸の中へと入っていった。

残された弥星(ビセイ)は、風地(ゼツ)が気兼ねなく力を使えるように、ある程度血がみえないように男の身体に土を被せた。

 

「風地(ゼツ)さん、下の土もお願いします」

 

「分かりました」

 

風地(ゼツ)は両手を前に差し出し、左右の親指と人差し指をくっつけて広げ、そこに三角の空間を作ると、それを倒れている男へと向けた。

 

徐々にその三角の空間から淡い光が見え始め、それは大きく膨らみ風船のような丸い玉が出来上がった。

 

作り終えると、風地(ゼツ)は丸い空間から手を外し、片手をゆっくりと前に押し出す。

すると、ふわりとした物体はその意思を受け、倒れた男のところへ動いていき、そのすべてをすっぽりと覆い尽くした。

 

軽く風地(ゼツ)が手を上げると、覆い尽くした空間が風船と共にフワリと浮き上がった。

後の地面には土が削り取られた形が残るだけで、ここで、人が殺されたと示すもの等何もなくなっていた。

 

ふわふわと浮かんだ風船を持ち上げ、風地(ゼツ)は「どこへ運べばいいですか?」と弥星(ビセイ)に尋ねた。

 

「こっちだ!」

 

迷牢(メイロウ)の森はすぐそこにある。目と鼻の先に・・・。連れて行くのにあまり時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

☆ 記憶の扉 その7へ続く