パンラ国物語  第5巻  終章 その8

 

 

 

 

 

その8

 

やわらかな光りに目を閉じていると、フワリと風に乗って微かに甘い香りが漂ってきた。

後ろを振り返ると、式場にいたはずのエマが、ドレスの裾を軽くつまんで歩いてくる。

 

暗がりの中、月明かりが白いドレスに光りを与えると、持っていたブーケの美しい白や黄色、ピンクの華が鮮やかに現れた。

 

所々に小さなブルーの花が散りばめられていて、それがエマの可愛さを演出してくれていた。

 

 

 

「エマ。主役がこんな所に来てていいのか?」

 

今にも泣きそうに、エマが思いつめたような顔をしている。

 

「王子・・・。あんなふうな仕打ちをした私の結婚式に、本当に来てくださるなんて。それにこんな綺麗な華を・・・」

 

「言っただろ。必ず行くって」

 

「だけど・・・」

 

「女官長もエマの晴れ姿を見たかったと残念がっていた。とても綺麗だったって話しておくよ」

 

「女官長様にもよろしくお伝えください。ところで、王子。私が辞めることになって、さぞかしご不便をおかけしているでしょう。申し訳ありません」

 

「まあ、支障がないと言えば嘘になるが・・・。なんとかやっている」

 

「王子・・・」

 

「だが、エマ。たまには城へ来て、料理を作ってくれよな。兄上もエマのハーブティが大のお気に入りだったし・・・」

 

「はい。承知しました。こちらが落ち着きましたら、必ず」

 

「ああ。待ってる」

 

王子からのその言葉がよほど嬉しかったのか、エマの目からほろほろと涙があふれてきた。

 

「おい、エマ。あまり泣くと・・・」

 

クリークが言いかけたところ、エマの後ろから誰かがハンカチを差し出した。

 

「あまり泣くと、顔がひどいことになるぞ。エマ!」

 

「え!?」

 

声を聞いて、エマにもそれが誰なのかは分かっていた。でも、差し出されたハンカチを見て、そいつにはあまりにも不釣り合いな気がして・・・。

 

「ランディ・・・」

 

突然現れたランディは、いつもの侍従の服を着てないせいか、どこか違う人みたいに見えた。

 

「なんだ、お前。驚いているのか?」

 

「だって・・・」と、エマ。

 

「ううん」と、唸ったのはクリーク。

 

二人の視線がハンカチに注がれている。

ランディが呆れて顔でハンカチをエマに押し付けた。

 

「言っておくが俺にこういう趣味はない。勘違いするな!」

 

 

 

 

エマは受け取ると、そのハンカチをまじまじと眺めた。真っ白な布に幾重にも連なった華のレースがまわりにほどこしてある。お城で貴族の者がよく持っているような物だ。エマにとっては憧れていた物でもある。

 

「これって・・・?」

 

ランディは明後日の方を向きながら、ぼそりと言う。

 

「結婚祝いだ・・・」

 

エマはランディの顔を穴が開くくらいに眺めた。

 

「あんたからの?」

 

「他に誰がいるっていうんだ!」

 

「確かにそうだけど・・・。ねえ、これってあんたが自分で買ってきたの?」

 

「そうだが・・・」

 

何か文句でもあるかと、ランディはムッとする。

 

エマは、ランディが女性しか出入りしないような小物屋に入り、買ってきたのかと思うと、なんだか可笑しくなってきた。一体、小物屋の主人はランディをみてどう思っただろう。

到底、にこやかな笑顔で買ったとは思えない。

 

ランディの冷たい表情にさらされながら、さぞかし小物屋の主人は冷や汗をかいたろう。

それを想像すると、可笑しくて笑ってしまう。

 

「なに、笑ってやがる!」

 

指摘されて、エマは慌てて顔を引き締めた。

 

「別に笑ってやしないわよ」

 

「いいや。なにか想像していやがっただろう!ニヤニヤしやがって!」

 

「ニヤニヤって・・・。そんなイヤらしい表現するのやめてよね!」

 

「どこが、イヤらしいんだよ!」

 

「どこがって・・・。なんとなく。そう、なんとなくよ!!」

 

「なんとなく考えて言葉にするのは、やめてもらいたいな!迷惑だ!!」

 

「クッ!あんたねえ!!」

 

さっきから二人の喧嘩を楽しそうに眺めていたクリークが、二人の掴みかかりそうな勢いに慌てて止めに入った。

 

「おいおい!二人ともその辺でやめておけ!ランディ、今日は何の日だと思っているんだ。おめでたい結婚式の日だぞ。エマもだ!」

 

エマは今の数分の間、自分が綺麗なドレスを着ていたこともすっかり忘れそうになっていた。

今日だけでも言動に注意しろと、散々大頭からも言われていたのだが、つい、ランディが相手だと忘れてしまう。

 

「は、はい。王子・・・」

 

バツが悪そうにランディがソッポを向き、横目でクリークを睨んだ。

 

「お前だって、嬉しそうに眺めていたんじゃないのか」

 

クリークは笑顔で、「そう」と頷いた。

 

「これからは、二人の喧嘩が見れなくなると思うと、淋しくなると思ってね・・・」

 

王子の言葉にエマはドキリとした。

エビネの里に帰って以来、どこかで考えないようにしていた。でも、その言葉でエマは分かってしまったのだ。この心の隅に穴がポッカリと空いているってことに・・・。

 

我慢してきたものが込み上げてきて、エマは白いハンカチを握りしめた。

 

「それで、鼻を拭くなよ」

 

ランディがここぞと声をかけてくる。

エマは泣きながら笑ってしまった。

 

「分かっているわよ・・・」

 

「キジュに愛想つかされないよう、せいぜい頑張れよ・・・」

 

「煩いわね・・・。愛想つかされそうになったら、私の方から見限って、城に戻ってくるんだから、そのつもりでね」

 

「ああ、そん時はまた派手に喧嘩してやるから覚悟しろ。里にいた方がよっぽどよかったって思えるようにな」

 

「うん。ありがと・・・。ランディ」

 

 

 

 

 

今まで感じたことのないようなランディのやさしさに、エマは戸惑いながらも泣きながら素直にお礼の言葉が言えた。

 

 

 

その9へと続く