パンラ国物語  第5巻  終章 その7

 

 

 

 

その7

 

 

広場にはランダムに置かれたテーブルが置いてあり、その上に見たこともないような様々な食事が用意されていた。どちらかというと、北の国で使われている食材が多かった。

なんともいえない、いい香りに、クリーク達は思わず笑顔になった。

 

入り口付近で話していたところ、広場の前の方にいた男が大声でクリーク達を呼ぶ。

キビマメの収穫で、クリーク達と共に働いていた男だった。

呼ばれるままにクリーク達は男のもとへと近づいていった。

 

収穫の時には聞けなかったのか、クリーク達がくると、男らは彼らを質問攻めにしてきた。

 

差し障りのない程度に答えていると、そろそろ式が近いのか、エビネの里の者が次々にやってきて、広々としていた広場はあっという間に人で埋め尽くされていった。

いったいこの里のどこに、こんなに大勢の者がいたのかと思うほどだ。

 

驚いていると、どこからか笛の音と聞いたこともないような楽器の音が流れてきて、式の始まりを告げた。

 

大頭の挨拶から始まって主役の二人が出てくると、会場からは二人を冷やかす者達や、祝福する歓声が入り混じって辺りを包んだ。

 

 

 

それからは、色んな者が立ち代わりお祝いをのべたり、はたまた、以前から二人を見てもどかしく感じていた者とか、実は前からエマのことが好きだった者とか・・・(その男はすでに酒に酔っているらしく、キジュに決闘を申し込みたいと、力んで剣を掴みながら前に出てきたが、周りにいた者達に取り押さえられ連れていかれた)様々に思いがけないこともありながら、式は順調に進んでいった。

 

結婚式自体は派手というわけでなく、地味というわけでもなかった。

 

国を捨てた者達の単なる集まりというわけでなく、自由で温かみのある仲間の心からの祝福がそこにはあって、その事が式全体に明るさを灯していたからだ。

 

クリークには懐かしいかぎりだった。

幼い頃に住んでいた村、そこで過ごした日々にも似た感覚。

 

あの式の壇上にいるエマの、恥ずかしいような、それでいて幸せそうな顔。今、自分のいる城では到底味わえないようなものだった・・・。

 

 

エマの顔を遠くから眺めていると、懐かしい面々が姿を見せた。

 

セインはもちろんのこと、ファスナをはじめ、年長者のバース、フィル兄弟、全く話したことのない者もいる。

 

巫女島ではなにしろ、クリークは寝台で眠っているのが、ほとんどだったので、顔を合さずに、すぐに城へと戻ってしまったので結局あまり話もできずじまいだった。

 

クリークが改めて報告の意味も込め、(たぶん皆聞いて知っているだろうが・・・)北の進撃に対してパンラ国が圧倒的な勝利を上げたと話をすると、セインをはじめ皆から歓声が上がった。

 

すると、セインが突然、壇上にいるキジュや里の者達とへと向かい声を張り上げた。

 

「皆、聞け!パンラ国率いるインベル騎士団が北の国に勝ったことは皆知っているな!今聞いたところによると、その戦いは圧倒的にパンラ国のインベル騎士団の戦力が上回っていたそうだ!!」

 

里の者からは、「さすがだな!」というインベル騎士団を絶賛する声があちらこちらから聞こえてきた。

 

「いったい何を考えて、北の奴らがパンラに進撃したかは分からねえ。もしかしたら、闇の

奴が関わっているんじゃねえかという奴もいる。だが、パンラには俺たちがいる。俺たち里の者が付いている。もし、北の国がまた性懲りもなく進撃してきたら、その時は俺らも容赦しない!里の者達を大勢引き連れ、このクリーク達がいるパンラ国を守るために戦おう。それがしいては俺たちの里を守ることになる。分かるな、皆!!」

 

「おお!!!」

 

セインの呼びかけにより会場にいたエビネの里の者達は、その後、興奮のためか大いに盛り上がり歓声が続いた。さらに会場は大宴会となり、いつのまにやら昼から始めた式は日が落ちて夜になっていた。

 

 

夜になると、火があちらこちらで灯され、柔らかい光りの中での式となった。

エビネの里の者は酒が相当に強く、いまだに飲んでいる者が多数いる。その中でも一際強いのが壇上にいる、新しくこの里の頭になったキジュだ。

 

センイからザルだとは聞かされていたが、あれだけ大勢の仲間の祝い酌を飲んでも顔色一つ変わっていない。

 

クリークは面白いものを見るようキジュを眺めながら、グラスに口をつけようした。

 

 

 

 

 

「おい!その辺でやめておけ!お前、かなり飲んでいるぞ」

 

ワインの入ったグラスを、ランディが取り上げる。

 

「そうか?お前だってしこたま飲んでいるんじゃないか?」

 

「俺は自分の限度を知っている。自分で見てみろ。顔が赤いぞ!」

 

言われて、自分の顔を手で触ってみると、そこで初めて熱いことに気がついた。確かにランディの言うとおりだった。

 

そうか、さっきからやけに暑いなと思っていたのだ。酔っていることに気づかないなんて、そうとうきてるな。

 

「ランディ・・・。少し風に当たってくる。そういえば、護衛の三人はどうしてる?」

 

ランディが顎をしゃくり後ろのテーブルを示した。

 

「意外に、ここの連中と打ち解けているようだな」

 

里の者達と腕相撲で盛り上がっているようだった。クリークはチラリとランディを見る。

 

「おまえもあれくらい打ち解けてみたらどうだ?」

 

「余計なお世話だ。それより、一人で大丈夫か?」

 

「それこそ、余計なお世話だ」

 

「じゃあ、とっとと行ってこい!」

 

投げやりなランディの言葉に苦笑しながら、クリークは会場から離れると、少し入り込んだ森の中へと足を進めた。

 

結婚式とはいえ、エビネの者がこれだけ大きな里の警戒を怠るとは思えない。危険はないだろう。

 

式の賑やかな声が遠くから聞こえてくる。歩き出して、ふと空を見上げると森の隙間から煌々と月が見え隠れしていた。

 

 

 

足を止めて、あの光りを何とも言えない気持ちで眺めた。

 

(おもえば、あのターニャの森でも、こんな月を見たんだったよな)

 

あの時、このまま死んでもいいと、どうして思えたのか、自分でも不思議たっだし、なぜ思えたのか分からなかった。

 

(そういや、あの時のことを散々あいつに怒鳴られたんだっけな)

 

ランディの怒鳴り声を思い出して、クリークはひとしきり一人で笑った。

どこからともなく涼しい風が吹いてきて、熱くなった頬を撫でていく。その感覚がなんとも心地よくて、クリークはしばらく空を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その8へと続く