パンラ国物語 第5巻 終章 その3
その3
きれいに耕された畑には作物が植えてあり、びっしりと刃の先端には豆のようなものが連なっていてよく育っていたが、騎獣が威嚇をし動くたびに、その作物が踏まれて酷い状態になっていた。
「やめて、ティアラ!!」
ナディアの声だ!
クリークは男達が止めるのも聞かずに、前に飛び出した。
剣を持った男たちを、嘴で威嚇している騎獣のすぐそばに、ナディアは立ちはだかっていた。
「ナディア!!」
こちらに気づき振り返った。
「クリーク?クリーク、お願い!みんなにティアラを傷つけないように言って!!」
「分かった!分かったから、ナディア!騎獣から離れろ!」
「駄目よ!私が離れたら皆が襲われるわ!!」
言われてみれば確かに、騎獣の動きは、ナディアの動きに微妙にかかわっているようだ。
「セイン!皆に剣をしまうように言ってくれ!!」
「しかし、大丈夫なのか!?」
「頼む。今はナディアを信じるしかない」
「分かった!おーい!!皆、剣をしまえ!騎獣に構わず離れろ!!」
疑問に思いながらも、男達が一人、また一人と離れていくと、クリークは刺激しないようにナディアの側まで近づいていった。騎獣は威嚇しながらも、そんなクリークを凝視していたが襲ってはこないようだった。
遠目に見ていたランディは、剣を後ろ手に隠し、騎獣の動きを見逃さないように、いつでも飛び出すことができるよう構えた。
「クリーク、来ちゃだめよ!」
ナディアが切羽詰まった声で叫ぶ。
「大丈夫だ。心配しなくていい・・・」
手を伸ばし、ナディアの手を掴み安心させると、クリークは少しおとなしくなった騎獣を近くから見た。
あれだけ真っ白できれいだった騎獣のティアラが、埃をかぶったように薄汚れている。
「ナディア、騎獣との意思の疎通はできるか?」
「それが、上手くできなくて・・・。今日もやっと私の言葉の意味が分かったみたいで、連れて来てもらったんだけど、ここの人たちを見た途端に暴れ始めて・・・」
「今はどうなんだ?まったくできないのか?」
「できないわ。ティアラだけど、ティアラじゃない気がするの」
「確かに、あの騎獣じゃないみたいだな・・・」
「え?クリーク、分かるの?」
「なんとなくだけどな」
さっき、自分を見た騎獣が、驚いたような気がしたのだ。それは、知っていて驚いたというより、知らないで驚いたような感じだった。
それに、この騎獣の躰から見覚えのあるものが存在しているのだ。黒い異物のようなものが・・・。
「ナディア、ここから離れてくれ」
「え!?」
「ランディ達がいる所へ行くんだ」
「危険だわ、クリーク」
「心配しなくていい」
「だけど・・・」
「ナディア、頼む。もし、君が嫌がるしぐさをみせたら、きっと俺は騎獣に食いちぎり殺されるだろう。君の感情の変化に騎獣が影響されているんだ」
「私の感情に・・・?」
「そうだ。騎獣はどうやら、君を守ろうとしているらしいからな。見ろ、さっきまで興奮していた騎獣が、君が落ち着いた途端にあんなにおとなしくなっている」
クリークが言ったとおりに、今では、騎獣は威嚇もせずに、静かにこちらを見ている。疑う余地はなかった。
「分かったわ。クリーク」
ナディアが頷くと、クリークは遠目で見ていたランディを呼んだ。
「ランディ、聞きたいことがある。大巫女と騎獣が戦っていた時、この騎獣どこか怪我をしていなかったか?」
「怪我?たしかあの時、二方ともお互いに噛みついていたような気がするが・・・、それがどうかしたのか?」
「闇のようなものが、躰の中に入り込んでいる。おそらく、戦いの最中で噛みつかれたところから入りこんだのだろう」
「お前、見えるのか!?」
「ああ。お前の身体にいた闇を見た時と似ている」
遠くから手をかざすと、微かに手ごたえを感じたのだ。
ランディの身体にいた闇を消し去ってから、自分の中の何かがかわったような気がする。
でも、キジュやファスナ達の身体は元に戻ったのに、なぜ、ランディや、この騎獣の闇は消えなかったのだろう?
「クリーク!やれそうか?」
「ああ、なんとかなるだろう・・・」
そんな風に言いながらも、口もとに微かな笑みを浮かべているクリークを見て、ランディは呆れかえった。
(なにが、なんとかなるだろうだ!自信満々のくせに。まあ、お手並み拝見といったところだな)
心配そうに見守っているナディアの肩をたたき、安全な所へ連れていくと、ランディは再びクリークのもとへと戻ってきた。
「そこから近づくなよ。ランディ」
「ああ。それで、どうするんだ?」
「騎獣と話をしてみようかと思っている」
「話せるのか?」
「たぶんな・・・。やってみる」
その4へと続く