記憶の扉 その2

 

 

 

 

 

「蓮、蓮!!まだ、寝ているのですか!?」

 

慌ただしい足音がして、下女の葉星(ヨウセ)が部屋に走りこんできた。
おっとりとした葉星には珍しいことだ。

 

何かがあったということぐらいは嫌でもわかる。

 

「何があった?」

 

葉星(ヨウセ)に問うと、即座に答えが返ってきた。

 

天尚(テンショウ)様からの使いが、こんな朝早くから駆けつけてきたという。

 

天尚とは、この世界での最高地位にあたる方だ。

 

三年前から水流派(スイリュウハ)から木流派(モクリュウハ)の月に変わり、その中から天尚を選んだのだ。

 

名は確か、罧木(シンボク)。

他の流派に比べて比較的、穏やかな長(オサ)であることは知っている。

 

その天尚様の使いだ。ただ事ではあるまい。

 

即座に衣類を整えると、その使いの者がいる客間へと向かった。

 

客間に入ると、すでに天尚様の使いの者と蓮の父親、弥星(ビセイ)が話し込んでいた。

 

蓮が来たことに気が付くと、使いの者は素早く立ち上がった。

 

「これは、これは、蓮殿。お待ちしておりました。早速ですが、至急お越し願います」

 

「それって、この前と同じ症状?」

 

「は、はい」

 

使者は答えながらも、うっすらと汗をかいていた。

 

父親の弥星(ビセイ)が蓮に訝しげに尋ねる。

 

「蓮、どういった症状なのだ?」

 

「俺にもはっきりとはわからない。ただ、何かに怯えているのは確かだ。それも異常に」

 

「異常にか?」

 

「ああ」

 

あれがまた、現れたのなら、また取り除いても駄目かもしれない。根本的な原因を取り除かない限り、治るとは心底思えない。

 

それに、あの女にはもう能力を何度も試している。下手をすればあの女の精神に異常をきたす恐れもある。

 

( 親父が知ったら、相当、渋い顔をするだろうな・・・)

 

「蓮、分かっているだろうが・・・」

 

「チョイ待ち!分かっているさ!深入りはしない。けどさ、天尚様からのたっての頼みだぜ!行かないわけにはいかない!」

 

「あの方が権力をたてにすることはあり得ない!」

 

「けど、天尚様の周りは違うぜ!他の流派と親密になっているんじゃないかって、勘繰るかもしんねえ。なあ、そうだよな!木流派(モクリュウハ)のお使いさん」

 

そう言われた天尚様からの使者は、ただ頭を下げたまま、何も語ろうとはしなかった。己の考えの範疇(ハンチュウ)を超えた答えなど、この男には持ち合わせていなかった。

 

「蓮。俺のことを考えているならいらぬ心配だぞ!」

 

「誰も親父の事なんか、気にしてないさ。たださ、ここのところ、ちっとも光が差さないじゃないか。何か関係があるんじゃないかって、疑ってみたくもなるってもんだ」

 

「うむ。そうだな。なくはないかもな・・・」

 

(ともかく、嫌な予感がする)

 

蓮は思わず顔をしかめた。

 

(俺の予感が当たんなきゃいいけどな・・・)

 

しかし、この予感が当たらなかったことは、今のところ一度もない。

 

腹の中で、何かが這い回っているような気がして思わず身震いをする。

 

ともかく、使者の者をこのままずっと、待たせておくわけにはいかない。必ず行くと言い渡して帰らせると、蓮はさっきから何かをずっと考え込んでいる自分の父親を見た。

 

明らかに何か、訝(イブカ)しんでいるようだった。

 

この男が口にしないのは、はっきりと確信が得られないからだ。

 

「親父!!」

 

息子に呼ばれた男は、突然険しい顔をして、短めに言い放つ。

 

「ちょっと、出かけてくる」

 

「おい!どこいくんだよ!?」

 

「天尚の管理指揮下にある極秘資料官だ。蓮、お前の予感当たるかもしれないぞ!俺が戻るまで、そいつには手を出すな。いいな!」

 

「待てよ!親父、親父ってば!!」

 

呆気にとられている蓮を尻目に、弥星(ビセイ)はすぐに出かけてしまった。

軽く舌打ちをする。

 

「これだからな。まったく!!」

 

ともかく、どういうことを思いついたのかは、わからない。

 

すぐさま、天尚(テンショウ)様のところへは行く気になれず、しばらく悩んだ末に、父の友人でもある月流派(ゲツリュウハ)の紅月(クゲツ)に会いに行くことにした。

 

(ちょっと行ってくる・・・)

 

そう、葉星(ヨウセ)に言い残し、蓮は屋敷を出た。

 

 

 

記憶の扉 その3へ続く