パンラ国物語 第5巻 終章 その1
終章 その1
久しぶりに晴れ渡った空が、パンラ国の隅々まで行きわたるころ、北の国にさほど近い森の中、クリークとその侍従ランディ、それからクロス護衛官から推薦された三人の男達は、激しく揺れる馬車の中にいた。
馬車には外が見えぬように帆がかけられ、さらには皆、目隠しをされた状態だった。なので、今、どこを走っているのかまったく見当がつかなかった。
先ほどからクリークは、ここの男どもにはかなり不釣り合いな、可憐で綺麗な花束が枯れないかを心配していた。
(これらがみんな枯れてしまったら、困ったことになるな・・・)
長い道のりと、目隠しをされたままでの沈黙に、一人の男が耐え切れなくなり声を上げた。
「まだ、着かないのでしょうか?」
「さあて、かなり飛ばしている様子だから、もうそろそろついてもおかしくはないんだがな・・・」
横にいたランディが答えると、クリークが痛くなったお尻をさすり、笑いながら言った。
「念には念をいれてるんだろう。相手にとって住処を教えるとなると、下手をすれば命取りになるからな」
だいぶん前、クリークの護衛の為にかりだされたパンラ国の特殊護衛官と、そのことで揉めたのだ。結局、ならば反対する奴は付いてこなくていいと王子が一喝し、残った三人が護衛に付いてくることになったのである。
「なあ、ランディ。まさか、あいつら付いてきてはないだろうな?」
「可能性はありますね」
だとすると、厄介なことになる・・・。
懸念していると、外から聞きなれたアーカスの声がした。
「よお、悪いな。王子。かなり乱暴な運転で・・・。ケツが痛いだろうが辛抱してくれ」
馬に乗っているので、声がかなり揺れている。
「それよりも、後ろは大丈夫なのか?アーカス」
「ん?ああ、さっきの奴らか。俺んとこの連中がなんとかしてくれる。心配は無用だ」
「悪い。城の連中ときたら頑固でね」
「いやあ。一国の王子が目隠しをされて、怪しいところへ連れていかれようとしているなら、反対するのが普通の反応だわな。」
「じゃあ、他の者は普通じゃないってことになるな」
「ああ、特にいつも身近にいる奴はな・・・」
誰かが咳き込み、クリークが苦笑していると、なにやら外から人の声が聞こえてきた。
「もうすぐですぜ。そろそろ目隠しを取ってもらっても構わねえ」
許しが出たところで、クリーク達は目に巻いてあった布を外した。
徐々に速度が落ち初めると、馬車は程なくして止まった。すると、人が集まってきたのか、ガヤガヤと声が入り混じって聞こえてきた。
パンラ国からの客人なので皆、興味津々なのだ。
外から馬車の帆がめくられて馴染の顔が現れた。
「よお!よく来たな。久しぶり!」
三カ月前に、アンダン島の白華宮で別れて以来だった。
「二人とも、すっかり元気そうでなによりだな!」
「セインこそ、元気そうだ。皆、変わりはないか?」
「そりゃ、元気も元気だ!なんていったって今日は、エマと頭の結婚式だ。酒が山ほど飲めるからな!」
「本人たちはどうしてる?」
セインが意味ありげに苦笑した。
「まあ、その話はおいおいとして、まずは大頭に会ってくれないか?お待ちかねなんだ」
「ああ、分かった」
お祝いに持ってきた花束に手をかけようとした時、誰かが怒鳴っている声が聞こえてきた。
「待ちなさい、エマ!!まだ、終わってないのよ。エマってば!!」
クリーク達を一目見ようと集まってきた者を押しのけて、白いドレスを着た者が走ってくる。
「エ、エマだって!?」
クリークとセインが顔を見合わせると、息せき切ってエマが走り込んできた。
「王子!」
叫びながら駆け込んでくると、エマは息を整えてから姿勢を正した。
「クリーク王子様。はるばると、わがエビネの里においで下さいました。今日は、私たちの式の為に来てくださり誠に嬉しゅうございます」
髪を結い、頬には愛らしく薄桃色がつけてある。一目ではエマとは分からなかった。
「エマ・・・なのか?」
「はい」
「別人かと思ったよ。綺麗だ、エマ」
恥じらいながらも、エマは嬉しそうに笑んでみせた。
横にいたランディが、真面目な顔でエマをマジマジと覗き込んだ。
「ほう。お前、本当にエマなのか?」
エマの眉毛がピクリと動いた。
「まるっきり別人に見えるが、偽物ってことはないよな?」
「なんですって!?私が私でないなら、一体何だっていうのよ!!」
眉毛をつり上げてエマが声を荒げると、その場の空気が一変し一気に緊張に包まれた。
周りから息をのむ音が聞こえる。だが、そんなものなど気にもとめずに、ランディはニヤリと笑ってみせた。
「成る程、そうやって怒鳴っている所を見ると、どうやら本物らしい・・・」
その言葉に、(確かに、そうにちげえねえ!)と、エマをよく知っている仲間から声が上がると、周りから忍び笑いが起こった。
さっきまでの緊張が一気にほぐれていく。忍び笑いが気に障ったのか、エマがサッと後ろを振り返って睨んだ。
「誰だい!?今笑ったのは?」
鋭く睨みながら怒鳴ると、その場が一気に静まりかえった。
「まあ、まあ、まあ」
セインが手を上げてなだめていると、エマを追いかけてきた女がやっと追いついてきて、目の前の人込みをかき分けて入ってきた。
「エマ。いい加減にしな!まだ、途中だって言ったろう!?」
女は相当な年増だったが、力が強いのかエマの手を強引に掴み、引っ張っていく。
「花嫁ってのは仕上がるまで、誰にも会っちゃいけないってのに!まったくもう!!ほら、来な!」
「ああ、ちょっと!」
声を上げながら引っ張られていくエマに、クリークが慌てて叫んだ。
「待ってくれ!エマ。これを!!」
抱えきれないほどの花束を持ち上げ差し出すと、周りにいた女たちから一斉にため息が漏れた。こんなきれいな花は、エビネの里では見たことがなかった。
「ドレスや髪、式場に飾るといい。女官長が選んでくれたんだ」
本当は豪華な結婚祝いを贈りたかったのだが、エマが豪華なものは要らない、欲しくないと言い張るので、ならば、花なら受け取ってくれるだろうと思い、女官長に頼んで用意してもらったのだ。
「女官長様が・・・?」
「ああ。これなら、受け取ってくれるだろう?エマ」
思わず涙ぐむ。エマが瞼を擦りそうになり、そばにいた年増の女が慌ててその手を掴まえた。
「擦っちゃダメだってば!!ほら、行くよ!」
女はクリークの手から花束を掴み取ると、(使わせてもらうよ!)と言いながら、有無を言わせずにエマを奥へと引っ張っていった。
呆気に取られていると、セインがぼそりと言った。
「前の大頭の奥さんだ。エマだけじゃない。皆、頭があがらねえ。ここで生まれた者は大抵、あの人の世話になって大きくなってきたからな」
「へえ、そうなのか・・・」
クリークはどこかしら、その年配の女に懐かしさを覚えた。俺を育ててくれたあの叔母さんは元気だろうか?もう、ずいぶんと会っていない。
「さあ、こっちに来てくれ!」
「ああ」
「さあ、退いた、退いた!見せもんじゃないぞ!ほらほら!」
センイが促すと人だかりに道ができた。その合間を抜け、五人はセインの後に続いた。
エビネの里は想像していたよりも、かなり広いようで、あちらこちらに素朴ではあるが家のようなものが点在していた。
終章 その2 へと続く