パンラ国物語 第5巻 その24
その24
闇の襲撃が終わってから、ここ、白華宮では、すでに一週間が過ぎようとしていた。
白華宮の建物には、まだ闇と海賊による爪痕が残っていたが、やっと被害状況が把握でき、殺された者や、捕らえられたものへの処置が済まされていった。
そんな中、白華宮でもとりわけ被害が少なかった離宮の広場へと、階段を昇るナディアの姿があった。
以前、鳥になりクリークの身体の中へ入ったあの場所である。
石の椅子があるところまでゆっくりと歩いてきて、ナディアはそこに座り込んだ。
なんだか、やることがあまりにも多いせいなのか、とても疲れていた。この一週間、ほとんど眠れていない。
だが、一番の原因は、未だに二人の意識が戻らないことだろう。
ナディアはまた、泣きそうになった。
胸を押さえながら必死で耐えていると、後ろから声がした。
「ここだったのか、ナディアちゃん。巫女達が捜していたぜ」
ナディアは慌てて涙を拭った。
「アーカスさん、ごめんなさい。すぐに行きます」
そんな様子を悟ってか、立ち上がろうとしたナディアの肩を、アーカスが押し止めた。
「我慢するのはよくねえ。泣いちまいな。すっきりするぜ」
「だけど、泣いている場合じゃないんです。やるべきこと、決めるべきことが多すぎて・・・。でも、大巫女様がいなくなった今、私がしっかりしないと。ユパ様だってやっと起きられるようになったばかりだもの・・・」
ユパはあの後、奇跡的に見つかったのだ。ユパが生きていたことは、もちろん嬉しかった。でも、クリーク達の酷い状況を見た後では素直に喜べなかった。
それにあの時、ランディがクリークを殺したのだと勘違いをしていた。
あの光りでそれが間違いだと知らされた。
ランディがああでもしなかったら、クリークはともかくとして、私はずっと闇に捕らえられたままか、または生きてはいなかっただろう。
光りを護る巫女だと言われていながら、私には何もできなかった。
「そう一気に、何でも解決しょうとしなさんな。東の隣国の王には、もっともらしく、予言で今は決断の時でない。とかなんとか、適当にあしらっておけば何とかなる」
ナディアはアーカスの言葉に目を丸くした。
「それって、嘘をつけってことですか?」
「嘘も方便っていうのは、こういう時に使うんだぜ。知らなかったか?」
腕組みをして、ふんぞりかえって話すアーカスに、ナディアは笑った。
なんだか、救われたような気がした。
「アーカスさんと話していると、少し気が楽になりました」
「そうか、そうならいいんだがな・・・」
「私、戻りますね」
「ああ」
手を振りながら階段を下りていく少女の姿を見て、日に日にあの身体が小さくなっていくような気がした。
せめて、クリークかランディの片方でも意識が戻ってくれたらいいのだが・・・。
それにしても・・・。
あの二人の意識が戻らないせいで、俺たちは何があったのかさえ、はっきりとはまだ分かっていない。キジュの頭から聞いた話ではよく分からなかった。
当然、話してくれると期待していた騎獣も、相当無理をしていたらしく、クリーク達を運び込んだ後、いきなり暴れ始めて今は離れで静養中らしい。
そして、狼どもは、気づいた時には姿が見えなかったらしいし・・・。
「なんだかなぁ・・・」
空を上げながら腕組をしていると、誰かが階段を上がってくる気配がした。慌てて隠れようとした時、聞きなれた声がその動きを察知し叫んだ。
「逃げるな!アーカス!!」
逃げるのを諦めて、立ち止った。
「こんなところにいたのか。アーカス、探したぞ!」
「なんだ、セインじゃないのか。なんぞ俺に用か?」
「用じゃない!ただでさえ、人手が足りないんだ!手伝え!!」
「セイン。俺には力仕事は向いていないと、いつも言っているだろうが・・・」
「東の国の連中がな。この島を助ける代わりにと白華宮に条件を出してきた。より良い返事が聞けるまで、建物の修復の手伝いはできないそうだ!」
「なにぃ!!それじゃ、パンラ国の兵士だけでやれと!?あいつら、許せん奴らだな!」
「確かに許せん奴らだが、アーカス!お前も同罪だぞ!!」
「それを言われると、何も言い返せんな・・・」
「ほら、さっさと来い!!」
セインにせっつかれて、アーカスは渋々手伝いに加わることにした。
そして・・・。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
クリークはふわふわと、漂っていた。
透明で水のような何かにくるまれて、白い世界をずっと・・・。
「どこだろう、ここは?」
不意に懐かしい声がした。
(こっちだよ、兄さん。こっち)
誰だ?俺を兄と呼ぶのは・・・?
(ほら、掴まって!!)
言われたそばから、白い手だけが、ふわりと目の前に現れてくる。
何気に手を差し出すと、いきなり掴まれぐんぐんと引っ張られていく。
「おい!どこに行くんだ!?」
(早く目を覚まさないとね。皆待っているんだから・・・)
「皆?」
急に目の前が眩しくなってきた。
(さあ、行って!!)
何かにドン!と押されたような気がしたら、突如として身体の感覚が戻ってきた。
瞼を開けると、太陽の光が容赦なく目に飛び込んでくる。
あまりの眩しさに遮ろうとしたが、身体が鉛のように重くて動かせなかった。
かろうじて倒れながらも上半身を引き起こすと、どうやら自分はかなり大きな寝台の上に寝かされているようだった。
部屋を見渡すと、壁が白で統一されていることから、大巫女がいた最上階の本殿だということが分かった。
その25へと続く