パンラ国物語 第5巻 その22
その22
― 駄目よ!そんなのいけないわ!!ティアラ止めて!お願い!お願いよー!!-
黒水晶から、ナディアの悲鳴が聞こえてくる。
マーサは鼻を鳴らして笑い出した。
「どうだろうね?本気かい!?」
あまり本気にしていないマーサを睨み付けてから、ランディはまるで最後の別れをするように、クリークの身体を抱きしめた。
フーっと息をつくと、ゆっくりと剣を両手で持ち上へと持ち上げた。
その姿を見、マーサは息を吸い込みながら驚いた。
「こいつの目。そしてあの力の入れよう、本気だ!!アハハハハ・・・本気だ!本気だぞえ!!」
マーサの心は踊っていた。
「これでやっと長年の恨みが晴らせようぞ!!いやあ、待て待て!まだわからんぞ。この目で見届けんことにはな!!」
失敗しないようにと、ランディは剣をしっかりと握りしめクリークの胸を見定めた。
そして、深く息をつき呟く。
「クリーク、すまない。お前が死んだら、必ず俺も後を追うからな。あちらで会えたら、その時は思う存分嫌味を聞いてやる・・・」
(ランディ!!!)
―やめて!!駄目よ!止めてー、ティアラ!!-
騎獣とナディアの内なる声は、静かな闇の中に溶け込んで掻き消えていった。
剣を一気に振り下ろしたランディは、手ごたえを感じながら眼を閉じた。
再び目を開くと、クリークの胸の辺りから赤い血が流れていく。しっかりとそれを見届けると、力が入らななくなった腕を反対の手で押さえて剣を抜き、ランディは大きくよろけるように下がり、その場に立ち尽くした。
騎獣ティアラは言葉もなく、そこから動けなかった。
「いやああああああーーーーー!!!」
突然、聞こえるはずのないナディアの激しい悲鳴が、闇の中に響いた。と、突然、宙に浮いていた黒水晶に変化が現れた。いきなり、小さなヒビが入り始めたのだ。ミシミシとそのヒビは広がっていき、その刹那、マーサの目の上で黒水晶が派手な音を立ててバラバラに砕け散った。
「馬鹿な!黒水晶が割れるなど!!し、しまった!!」
割れた水晶から、青白い光りが真っ直ぐに上へと舞いあがった。そして、一気に空へと飛びあがると、その場で火が消えるように、パッと掻き消えていった。
砕けた黒水晶の残骸を眺めながら、まあ、よいではないかと、マーサは思った。巫女の一人や二人、いつでも、殺すことができよう・・・。それより、光りの者の様子が気になった。
「あれは、確実に死んでいるな。光りがすでに消えておるからのぉ・・・」
含み笑いをし、この瞬間を噛みしめながら、自分の身体を抱きしめた。
長かった。長かったのだ!ここまでくるのが・・・。二千年だぞ!二千年間、じめじめとした地下の下で、ずっとこの瞬間だけを待ちわびてきたのだ!!!
そして、マーサはふと光りの者が死んだら、一番にやりたいことがあったと気づいた。生きていたら、心底できなかったことだ。
ザラスの剣を握りしめると、マーサはクリークのもとへと近づいていた。胸の奥からふつふつと笑いが込み上げてくる。死んだのだ、光りの者が・・・アハハハハ・・・。
近づいてきたマーサに、ランディがよろめきながら立ちはだかった。
「やめろ!!そいつはもう、そっとしておいてくれ!!」
「うるさい!!退け!!!」
剣を突きだし腹部を貫くと、ランディは力なくよろめき倒れ込んだ。
「あとで、ゆっくりと切り刻んでやる。まずは、左目からな・・・」
(ランディ・・・)
「騎獣!お前はもういいぞ!どこへでも行くがいい。巫女と一緒に隠れて生きるんだな。アハハハハ・・・」
マーサはあらためて、光りの者を見下ろした。青白い顔で死んでいる。
まさか、このマーサ様が光りの者をやったとは誰も思わないだろうのぉ。兄者とて、わらわがやれるとは思ってはおらん様子だったからな。これで、少しは兄者にも大きな顔ができるというものじゃよ。
マーサは今にも踊りだしそうな足踏みで、ザラスの剣を高く掲げた。
「おお!我ら、ザラキラス様!今こそ光りの者に、我らが恨みを晴らすことができます!!」
おびただしい血が流れたクリークの身体を見下ろし、剣を構えた。
「さて、ザラスの剣が光りの者の血を吸えば、どんな作用があるかのぉ・・・今から楽しみじゃ・・・。我らに栄光あれ!!!」
ザラスの剣を一気に振り上げた。振り下ろすときに、マーサの目にクリークが腕に身に付けていたものが写った。
はて、あれは何だったかのぅ。黒い数珠玉のような物・・・。
あれはどこかで見たような・・・。
マーサはハッとした!
まて、まて、まて!!まさか、あれは。その者の力を封じるという黒数珠玉ではないか!?
まさか!まさか!!!
気づいた時は遅かった。
天の空から聞こえてくるように声が響いてきた。この声には聞き覚えがあった。
〔 愚かなマーサよ!!〕
この声は二千年前にも聞いた、光りの者の声・・・。
〔 マーサよ!おまえはまた同じ過ちを繰り返したな。あれ程私に触れたら命はないものと思えと忠告しておいたはずだが・・・〕
「その声は光りの者の声!いや違う!そんな馬鹿な!!!」
その23へと続く