パンラ国物語 第5巻 その19
その19
「小僧!今、俺に息の根を止めなければ、お前がやられるんだぞ!そんなことも分からないのか!?」
その剣幕にクリークは後退ってしまう。その拍子に何かが足に引っ掛かり、クリークは後ろへと投げ出されてしまった。
(し、しまった!!!)
男は顔をグッと引き締めると、倒れ込んだクリークめがけ剣を振り下ろした。
「ぐわぁー!!!」
自分で叫んでいながら、自分の声とは心底思えなかった。
折れた剣が足の太ももの骨に突き当たり、折れる音が聞こえた気がした。その後自分自身、何をしていたのかさえ分からなかった。
太ももに火を放たれたかのように、激しい熱さと痛みが襲ってきて、訳の分からない言葉を発していた。
両手で太ももを押さえると、生暖かいものがあふれてきた。
頭の片隅で、止血しなけばと思うのだが、痛みがあまりに酷く思考のすべてを支配していく。
そんな矢先、突如として自分ではない何かの悲鳴が頭の中で響いた。瞬間、ナディアだと分かった。
クリークは反射的に心の中で叫んだ!駄目だ!ナディア!ここへ来てはいけない!ナディアー!
その瞬間、プチリと何かが切れたように、いきなり意識が遠のいていった。
―ダメだ・・・ナディア。ダ・メ・だ・・・―
暗い闇の中、月明かりに照らされた夜。
その光りの合間、ひと筋の光りが、まるで弓矢のように一直線にこちらに向かい飛んでくる。
剣を引き抜いた後、呆然と上を見上げていた男は、真っ直ぐに自分に向かってくるその光りに釘付けになった。
「あれはなんだ?まさか、この俺目掛けて飛んできているのか・・・?」
男はその不思議な光りに目を奪われて立ちすくんでいた。
光りは迷うことなく男の側まで来ると、一気にその身体を貫いた。
「うわぁー!!」
剣を投げ捨て、慌てて突き刺さったはずの胸に手をあててみると、そこには弓矢のようなものなど一切なく、当然あるはずの痛みすらもなかった。代わりに胸の奥から溢れてくるものがある。
―どうか、お願い。私の光りを傷つけないで!どうか、殺さないで・・・-
(一体これは誰の感情だ!?)
―お願いだから・・・どうか・・・-
感情が高まってきて、熱いものが込み上げてくる。
(どうしたんだ、俺は?頭がおかしくなったのか?)
目から涙があふれてくる。なんだ、この涙は?それに身体が異様に熱い!男は訳が分からなくなっていた。
俺はどうなってしまったんだ!?もしかして、もう死んでしまったのか?光りの矢に当たって息絶えて、死後の世界に足を踏み入れてしまったのか?
その時、今いる周りの暗い闇が跡形もなく消えていき、明るい日差しの中、大きな暖かい手が男を包むように抱きしめていた。
「どうか、殺さないで!この子だけは、どうかお願い!!」
ふと気がつくと、男は小さな子供になっていて、沢山の厳つい顔の男達に囲まれていた。
(な、なんだ?)
必死に自分を抱きかかえて守ろうとしていたのは、男の母親だった。
(これは一体?)
遠い遥か昔の歳月の中に埋もれていた記憶だった。
母さん!!思い出したぞ!こいつらは海賊だ!
父さんと母さんを殺した奴らだ!
だが、男にはこの海賊たちになぜか見覚えがあった。
(そんな馬鹿な・・・)
すぐ側で、母さんの腕を捕まえて引きずっているのは、俺に剣を教えてくれた奴だ。そして、そのすぐ横にいるのは、弟と呼んで可愛がってくれた奴・・・。
男には彼らと共に暮らした記憶があった。
(こいつらは、俺に嘘を言いやがったんだ!俺が幼いのをいいことに、拾ってやったと話していたのだ!)
何故、今のいままで、忘れていたのだろう?こんな奴らに育てられていたなんて、俺は、おれは・・・。
「お願いです、殺さないで・・・どうか・・・どうか・・・」
母さんの声がさっきの声と重なって聞こえてきた。
―お願い・・・光りを消さないで・・・どうか・・・どうか・・・-
あんたは誰だ!?
母さんと同じように懇願しているのは・・・?
―あなたに光りを見せてあげる・・・-
光り?
さっきの母親の暖かい手が、大きなうねりとなり、球体となって現れた。
優しい光りだった。
この光りに守られて生きていけるなら、きっと自分は何も望まないだろう。
母さんと同じような優しい暖かさ・・・。
その光りが木漏れ日のように囁く。
―ナディア?どうしたんだ?-
光りの中から、少年の顔が見えた。
―俺には光りの者であるという自覚なんてない。ただ、自分として生きたいように生きるだけだ。これからもそれは変わらない!それでもいいよな、ナディア?-
光りの中で笑っているのは、今しがた自分が刺した少年だった。
(なんだこれは!?一体なんなんだ?あの少年が、さっきの暖かさの源、光りだというのか?そんな馬鹿な!)
戸惑っていると、一瞬で周りの風景が消え去り、男はさっきの暗い闇の中に立っていた。
闇の中、肩の激しい痛みに疼きながらも、男はあの優しい光りが夢ではなかったことに愕然とした。足から血が染み出し、目の前で気を失っている少年のその身体から、あの光りがあふれているのだ。
(この光りはなんなんだ!!)
―光りのお方よー
ふわふわと漂うような声がする。
(な、なに?光りの・・・?)
そこへ、マーサの声が割って入ってきた。
「何をしているだ!!さっさと殺すんだよ!!」
男はその声で、一気に現実に引き戻された。
そして、男がマーサの方を振り返ってみたことで、事態は変わった。
(な、なんだ、あの化け物は!??)
男が知っている女とは比べものにもならない。かろうじて女と分かる老婆が、自分に向かって怒鳴っており、左目にいたっては、あるはずの目玉がなくポッカリと穴が開いているのだ。皮膚にいたっては所々剥がれて、あまりにも醜い姿であった。男は肩の痛みも忘れ、血の気が引いた。
(俺はいままで、あんなものと一緒にいたのか!?)
反射的に、身体が逃げようと少しずつ後退っていく。
「何をしておる!さっさとしないか!!そやつの息の根を止めるんだよ!!」
男はあらためて少年の方を振り返ってから、やっと自分が何をしようとしていたかがわかった。
(この光りを消す?殺す?俺にはできない!出来るわけない!母さんと同じこの暖かい光りを消すことなんて・・・出来ない!!)
「うわわわあああああー!!!」
男が剣を放り出し、背を向けて逃げていくのを見ながら、マーサは派手に舌打ちをした。
「馬鹿だのう。せっかく目をかけてやったのに・・・」
持っていた剣を高く持ち上げると、一気に男にめがけ剣を投げつけた。それはまるで、矢のような速さで飛んでいくと、血がにじむ背中でおびえるように走っていく男に、深々と剣が吸い込まれるように突き刺さった。
闇の中、突き飛ばされるように倒れ込んだ男はそれっきり動かなくなった。
「やれやれ」
マーサが気がついて上を見上げると、青白い光りが空にふわふわと飛んでいた。
「ん?なんだい、あれは・・・?成る程、男が急に変わったのは、あれのせいだね!クッ!忌々しい巫女めが!!」
マーサは黒水晶を取り出すと、なにやら呪文を唱え始めた。
その20へと続く