パンラ国物語 第5巻 その16
その16
「逃げ足だけは速そうだな・・・」
男は一度体制を構えなおすと剣を空振りさせ、今度は一気に走って突っ込んできた。
クリークは剣を使わずに、男の剣を後退しながら左右に避けた。
「どうした!もうおしまいか?」
さらに、振り下ろされた剣を、真正面で受けてしまいクリークは必死で耐えた。
徐々に押され気味になり、あっという間に地面に押さえられる格好となる。男はさらに力を加えてきた。
力が違いすぎる。押さえきれない!!
刃を噛みしめ押し戻すが、びくともしない。腕が痺れてきた。一か八か相手の懐に入り込むか?だが、危険すぎる。
迷っていると急に男の顔が歪み、力が弱まった。ここぞと一気に剣を退け、瞬時に離れて間合いを保った。
相手をようやくまともに見られるようになって気づいた。
男が左腕を押さえて後ろを振り返っている。
見ると、男の腕には一本の矢が突き刺さっていた。
一体、誰が!?
男の背後から現れたのは、シス城で何も言えずに別れた、キジュの姿だった。その横には自分を警護してくれていたファスナの姿もある。ついさっきランディから聞かされてはいたのだ。
見たところ、二人は怪我を追っている様子もない。ホッと息をつく。
今のところ、エマにどやされる心配はないな。
男は腕に刺さった矢を無造作に引き抜くと、クリークに笑いかけた。
「お仲間らしいな。よかったな、おまえ。寿命が少し延びた。しばらくそこで見物しているんだな!」
クリークには見向きもせずに、キジュ達の下へと男は歩き出した。
剣を構えたキジュと、弓をもったファスナが戦闘態勢になる。
クリークはたまらずに、男の後ろをめがけて飛び出した。
エマの姿が浮かんだのだ。一人でのうのうと見物などできるものか!
クリークの動きに気づいて、男が振り向きざまに剣を受け止める。男の目に一瞬強い光りが生まれた。
「小僧、死にたいのか!?」
「死ぬかどうかなんて、やってみないと分からないぜ!」
「そうか、ならばやってやろう。いままでが遊びだったと思い知るがいい」
一瞬、男が消えたと思った。次の瞬間すぐに男が現れ、剣が飛んできた。受け止めきれずに横へ逃げる。
「どうした、逃げるのか!」
そんな馬鹿な!見えなかった!奴の動きが早すぎて、目が追いついていかない!
「王子!!」
キジュの叫びが聞こえたところで、後ろから剣が飛んできた。必死で逃げたが駄目だ。追いつかれる。斬られる!そう思った時、後ろから、ギャン!と、犬のような鳴き声が響いた。
パサリと何かが地面に落ちる音がして、クリークは振り返った。茶色の狼が微かに唸り声を上げながら、地面に転がっている。
驚いているクリークを尻目に、男はヒクヒクと動いている狼をめんどくさそうに見、剣を突きたてた。
キジュ達はその合間に早々と駆けつけてきた。
二人の服装の荒れ具合から察すると、ここに駆けつけてくるのもあまり簡単ではなかったらしい。
男を見据えてキジュが身構える。
「王子、こいつは?」
「闇の仲間であることは確かだ!」
男はその会話を聞きながら、チラチラと新しく現れた二人を眺め、余裕の表情をしていた。
キジュは今の今まで、闇と呼ばれる者達と戦っていた。なので、もしあれが闇の者ならば、宝剣が使えると知っていた。
ファスナが小声でキジュに聞いた。
「宝剣は使えるんでしょうか?」
「分からんな。やってみるしかないだろうな。だが、相手に当たらなければ意味がないぞ、気を付けろ!」
「はい」
確かに当たらなければ意味がない。しかし、闇の者であるならばなんとなく剣を交えた感覚でファスナにはわかるようになっていた。宝剣を握りしめて構える。
「気をつけろ!ファスナ」
頷いたファスナが男を睨むと、一気に飛び出した。
新しく現れた敵に男は薄笑いを浮かべると、正面からファスナを向かえた。
二つの剣が暗い月空の中、怪しく光りながら重なり合う。
何度か剣を交えてから、ファスナにはこれは闇の者ではないと確信した。この男が人間であるなら宝剣は使えない。使えないどころか、このままだと剣の方が折れて危険を伴うことをキジュ達も身を持って分かっていた。
案の定、相手の強さに宝剣が耐え切れず、激しく剣を交えたところで宝剣が折れてしまった。
そのままなら当然男に切られるはずだったファスナのすぐ後ろから、キジュが割り込んできた。
「ファスナ、のいていろ!」
新たに切り込んできたキジュの剣を、男は機敏に受け止めた。
「あんな剣を使うなんざ、余程腕の方がからっきしだとみえるな!」
せせら笑う男に、キジュは表情一つ変えなかった。
「減らず口をたたいてないで、さっさとかかってこい!!」
「何!?言わせておけば!」
男は手に入れた力を見せつけるように、剣に力を込めた。しかし、キジュが焦ることなく同じような力で押し返すと、男は意地になりさらに力を込める。
キジュが口の端で笑った。
「そんな馬鹿力をいつまでも使っていると、剣の方が駄目になって使えなくなるぞ!!」
「うるさい!!黙れ!」
剣を突きはなし、男が飛ぶようにキジュから離れた。
キジュは構えを解くと、男を見据えた。
「剣を使う者として、当然知っていて当たり前のことだ!それすらも知らないのならば、お前はたいした奴ではないな」
「なにを!!今に思い知らせてやる!!」
「来い!」
男に血が上ったのをみて、キジュはクリーク達がいない方へと走り出した。
男がそれを受けて飛び出した。
激しく打ち合うキジュ達を尻目に、クリークがすでにこと切れていた狼の側へ歩み寄ると、そこへファスナが近づいてきた。
「王子、ご無事で・・・」
「その王子ってやつはもうやめてくれ。本当のことを聞いたんだろう?」
「俺にはよく分かりません。キジュが・・・頭がそう呼んでいるなら、俺には変える理由がありませんから」
「そうか。お前は相変わらずだな・・・」
クリークが笑う。
「ところで、あの男は何者ですか?なんというか一度剣を交えただけですが威圧感を感じるんです」
「ああ、騎獣の力ってやつを手に入れたらしい・・・」
クリークは簡単に騎獣の力の話をした。
「後は俺にもわからない。だが、あの男の強さは本物だ!」
「騎獣ですか?もしかして、さっきの鳥のような声の?」
「馬鹿デカい鳥のような獣だ!そういえば騎獣の声、聞こえなくなったな」
「確かにそうですね。あの光りの後からですよ、静かになったのは」
光り・・・?下から突き上げるようなあの光りか?
一体、あそこで何が起きてる?
クリークはファスナと共に、キジュと男のはげしい剣のせめぎ合いを食い入るように見ていた。
その17へ続く