その 3


「お初にお目にかかります。僕はクリークと申します。お祖母様に御用がおありだとお伺いしたのですが、その要件はお済でしょうか?お済であれば家に連れて帰りたいのですが、構いませんか?」
 丁重な言葉で言われ、賊のお頭は思わず息が詰まりそうになった。
「オ、オレはここの頭のゲオだ!すまねえが、まだ婆さんの要件は終わってねえ」
「どういったご用件で…?」
「薬の作り方を知りたいんだ」
「お祖母様は教えてくださらない?」
「ああ、くれねえどころか、兵士を呼ぶとまで言いやがる。しまいには、そのことは何の事かととぼけられてな…。下手に出ると今度は話を聞けと…」
「ほう」
「散々話を聞いてやって薬の事を言うと、また兵士を呼ぶという。その繰り返しでな。ほとほと困っていたところだ」
 クリークはゲオに近づいて気の毒そうに聞いた。
「あの昔話は、何度聞かされました?」
 ゲオは一瞬、キョトンとしたが、不意に渋い顔になった。
「今日はさっきので、計、五回目だ!」
「まだまだですね。僕は最高一日二十回まで聞かされたことがありますよ」
 いたずらっ子のように、ニンマリと笑うクリーク。
「へえー!そら凄い!!」
 ゲオとクリークは顔を見合わせると、堪え切れないかのように二人同時に吹き出した。
 横にいたヘインが、どうしたのかと不思議そうな顔で、自分の孫であるクリークを眺めていた。
 どうやら、この王子は話の分かりそうな人だということがわかると、ゲオはクリーク達のロープを解けと仲間に命じる。
 クリークはその心配は無用だというように首を振ると、ランディとエマに目配せを送った。クリークが頷くと縛られていたロープが三人同時に、はらりと落ちた。 
 動揺する周りの男達を一喝すると、ゲオはクリークに向かい、一つ頼まれてはくれまいかと言った。
 さらってきた上にこんなことを頼むのは、本当に忍びないのだが、どうしても薬がほしい。子供らを治してやりたいのだ。頼むと…。
 真剣な眼差しのゲオに、クリークは一つ返事で返すと横に座っている人物に向き直った。
「クリーク。どうしたのかい?顔がなんだかさえないね」
「お祖母様、ここが少し暗いからですよ」
「そうかい?」
 周りをキョロキョロと見渡す。
「ところで、お祖母様。お祖母様は、そんじょそこいらの、腕の立つ薬師とは違い、薬にかけては誰にも引けを取らないと、常々おっしゃられていましたが、本当にそうなのですか?」
 ヘインは薬の事になると誰にも負けないと、常々何度も自慢していたのだ。
「もちろんだよ。私ぐらい知っている者は、この国広しといえども、誰一人としていないだろうよ」
「そうでしょう。そこでお祖母様に、一つ見ていただきたい病気があるのですが…」
「誰か病気なのかい?」
「そうなんだ」
 クリークはカルロに目配せをすると、病気の子供をヘインの元へと連れてきた。
「この子なんだ」
 近くにいたエマが、すかさず壁に掛けてあったランプを手元に持ってきてくれる。
 明かりに浮かんだ四、五才の女の子は、ぐったりとしていて、息も荒く苦しそうに片手を胸のあたりで押さえていた。ヘインが全身を隈なく調べると、小さな発疹が手や足に出ている。
「これは、フィニア病だね」
「フィニア病?どんな病気なのですか?」
「傷口からバイ菌が入って熱が出る。命までは取らないが放っておくと、下手すると脳がやられるのお。なるべく早く治した方がええな」
 その言葉を聞いて、カルロのそばにいた女が思い出したように、ハッとする。
「そういえば、この病気が起こる前、川遊びをして皆が怪我をしたんだ」
「本当か、リンダ?」 
 女がそうだと頷く。
 クリークがヘインに先を促す。
「それで、この病気に聞くお薬。お祖母様は知っているよね?」
「もちろんじゃ。じゃが、沢山薬草がいるのお」
「何種類?」
「十種類じゃ!」
 そんなに…と、ゲオが呟く。
「じゃ、早速取りかかりましょう。お祖母様」
「そうじゃな。ではまず、手始めにインベル騎士団のマックウェイ殿に連絡を…」と、ヘインが言ったところで、ゲオがそれだけは駄目だと言おうとしたが、クリークに片手で止められた。
「お祖母様。どうしてマックウェイ殿が必要なのですか?」
「十種類の薬草がいる。人手がいるだろう?」
 クリークが納得するように頷く。
「確かに人手がいるようですね。でも、ここにも沢山の人手がありますよ。なんなら、ここの人に手伝ってもらいますか?」
「そうかい?そりゃあ、残念だね…。ついでにあのマックウェイ殿の顔を見たかったんだけどねえ。いまだに大酒飲みは治ってないんだろうねえ。ねえ、クリーク?おまえは知らないだろうが、御祖父様と出会うまでは、私はザルだと言われていたんだよ。あれは四十年前。私とお祖父様が出会ったのが…」
 クリークが舌打ちをする。祖父の話をしだすと、ヘインは止まらなくなるのだ。ゲオが頭を抱えてる。
「お祖母様。そのマックウェイ殿が、お祖母様が薬を作られるのを、いささか心配されていましたよ。ボケておいででは作れますまいと…」
「なんと!!あの隊長がか!年寄りを馬鹿にしおって!ならば、ぜひとも作らねばならん!」
 この際、マックウェイ殿には悪役になってもらおう。
 すぐさま、ヘインから教えられた薬草の名を聞き、書き取っていく。が、しかし、聞いたこともない名の薬草ばかりだ。
 クリークですら、三種類ぐらいは分かったのだが、その他の物はチンプンカンプンである。これでは、いちいちヘインに採ってきた薬草を見てもらわなくてはいけないし、時間がかかってしまう。
すると、「いや、その点は大丈夫だ」と、ゲオが奥穴を指し示す。
「こっちには、薬師が二人もいる」
 そういえば、薬師たちもさらわれていたのだった。いまの今まで捕らえていたのかと聞くと、(いや、そうではない)と、ゲオは言った。
 どちらが先に子供の病気を治すかで口論になってしまい、二人とも争うように薬を作り続けていたらしい。
 いい加減に帰ってもらいたいんだがな…。食料が二人分も余計にかかるんでな…。情けない顔で、ゲオが苦笑した。
そうだったのか。なんてことはない、本人たちが帰らなかっただけとは…。

薬草の名がわかると、早速、カルロ達と、薬師の者と、二手に分かれて摘みに向かうよう指示した。
 ヘインはというと、張り切って元山賊の女たちに薪や鍋を持って、私に付いといでと指示まで出している。こういう風になれば、もうヘインは大丈夫だ。
 多少はボケているとはいえ、薬の調合を間違えたことなど一度もないのである。エマも手伝うつもりでついていった。
 あらかたの者が出払ってしまい、この広場にはゲオとクリーク、そして、ランディの三人になっていた。
  
「あんたには、なんとお礼を言えばいいのか、分からない。クリーク王子。この恩は必ずあんたに返すつもりだ」
「ねえ、お頭?」
「ゲオでけっこうです」
「では、ゲオ」
「はい」
「ここの子供らは、ずっとここで育てていくつもりなのかい?」
 いえ、とゲオは言いよどむ。
「我らはずっと、そのことで悩んでおります。しかし、俺らは元山賊。どうあがいても、ここから出るわけにはいかない」
「ねえ、ゲオ。ここの人たちは山賊だよね?」
「は、はい。今は元ですが…」
「海へ出て海賊として働いた者はいないよね?」
 真剣な眼差しを向けられ、ゲオは慌てて首を振る。
「も、勿論ですとも、そんな者はいません」
「じゃあ、大丈夫だな」
 クリークがニッコリと笑う。
「海軍では今、人を募っているんだ。君らはあの山賊だった者たちの下で、並大抵じゃない辛抱をしてきたはずだ。そんな君らなら必ず海軍でもやっていけるはずだ。もしも、やってみる気があるのなら、僕が便宜を図ってやってもいい。どうだろう?」
ゲオが困惑していると、母親たちが外へ出ているせいか、何人かの子供らがクリーク達の周りに出てきて遊び始めた。
そんな子供らを見守りながら、ゲオがぼそりと呟く。
「俺らは、光りのもとへと、出て行っていいんでしょうかねえ?」
「少なくとも、ここにいるこの子らは、その権利があるとおもうよ」
 ここにいる皆の為にもそうして欲しいとクリークは願った。

ゲオにヘインの事を頼むと、クリーク達は一足先に帰ることにした。まだ、昼にはなっていないはず…。
 ヘインに挨拶をすませ、すぐに三人は近くに繋いでおいた馬に乗り込んだ。
「急ごう!!ローサには頼んでおいたけど、いつまで持つかわからない」
 二人は頷くと、先を行くクリークに続いて、朝来た道を全速力で駆け抜けていった。


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 そのころ、ヘインの家では、ローサが泣きそうな顔をして、椅子に座り込んでいた。周りには、パンラ国の兵士たちがいて、ローサを取り囲んでいる。
 そして、ローサの目の前には、パンラ国の護衛官の一人、マクエルが気難しい顔をして座り込んでいた。
「さあ、ローサ。そろそろ本当のことを話してもらおう。クリーク王子はどこにおいでになる?」
 言葉は穏やかなのだが、いかせん顔が怖い。
「で、ですから、奥様のお供でお友達のところに…」
「嘘を申すな!!」
 喋り終えぬうちに一喝され、ローサは飛び上がって肩を震わせた。それでも、ローサはクリークとの約束を必死で守っていた。
(誰にも話さないようにね。お祖母様の命がかかっているのだから・・・)
言えない。言ってはならない。
しかし、そうはいっても、なかなか王子は帰っていらっしゃらない。奥様はご無事なのだろうか?不安が止めどなく押し寄せてくる。
何かあったのだろうか?
もしも、もしも、このままお戻りにならなかったら?そう思うと、ローサの気持ちはグラグラと揺らいだ。
心細くなって、おさえていたのもが不意にこみ上げてくる。泣かまいとして必死になり、両目をギュッとつぶってみた。
その時、遠くの方で馬のいななきが聞こえたような気がした。ハッと顔を上げる。
目の前のマクエルが怪訝そうに自分を見た。
気のせいだろうか?この人たちには変化がみられない。違うのだと諦めた時、今度ははっきりとローサの耳に馬のいななきが聞こえてきた。
 兵士たちにも聞こえたのだろう。慌てて窓に駆けていく。ローサも、やもたてもたまらずに、窓にしがみつくようにして駈け寄った。
 ターニャの森を背景に青々とした草原の中を駆けてくるもの。そこにはまぎれもなく、あのクリーク王子の姿があった。
 さっそうと風を切って駆けてくる王子の表情には、凛々しさの中にスッキリとした笑みがのぞいている。
 その表情を見るかぎり、きっと奥様はご無事だ。本当に良かった。
 ローサは安心したのも束の間、極度の緊張状態から解放された為か、そこに、崩れるようにして倒れこんだ。

「可愛そうに…ローサ。散々苛められたんだね」
 ヘインの家、奥の寝台に横たわるローサを見やり、クリークは呟いた。
「苛めただなんて!!まるで私が…」
 静かに!!大声を上げたマクエルをたしなめると、クリークはため息をついて男を見た。
「いたいけな少女を、三人がかりで取り囲んで、さあ言えと脅したんだろう!」
そ、そんなことは…と、しどろもどろになりながら、マクエルは押し黙った。実際そのとおりだったから、何も言えない。
しかし、このままでは我慢がならない。大体そもそもの要因はこの人なのだ!
「だいたい、王子がここにいらっしゃらないからです!」
「お祖母様のお友達がご病気だと言っただろう!それとも何か、そんなものなど放っておいて、すぐに戻ればよかったのか?僕の信用はがた落ちだろうな…」
「そうは言っておりません。そうは言っておりませんが…」
「さっきも言ったはずだぞ!連絡しようにも手段がなかったと」
「私はただ、王子の身を案じているのです」
 王子がマジマジと顔を覗き込んでくる。
「本当に僕の身を案じてくれているのか?」
マクエルは自分の忠誠心を疑われたと思い、顔を真っ赤にして叫んだ!
「当たり前です!!!」
また大声を張り上げてしまい、今度は侍従のランディにたしなめられてしまった。目の前で王子が笑いをかみ殺している。
「お前、あんまり心配しすぎると頭が剥げるぞ!」
俺はからかわれているのだろうか?まだ十五にしかならない小僧に…。しかし、こいつは王子なのだ!ここは我慢するしかない。
「マクエル、お前の顔って表情豊かだな」
その言葉に一瞬顔が強張る。マクエルは自分の父からいつも言われていることを思い出した。
(お前は何をするにしても、すぐに顔に出てしまう。嘘がつけん。それはそれでよいことだが、いかせん、人付き合いというものではそうはいかん。敵を作ることにもなりかねん。いいか、気を付けるのだぞ)
今、それと同じようなことを言われなかっただろうか?
「そ、それは、どういった意味でしょうか?」
引きつる顔を抑えつつ尋ねる。
「ほめ言葉のつもりだったが、気を悪くしたなら謝る」
「いえ、とんでもございません」
 マクエルの引きつる顔を見て、クリークは面白い男だと思った。政治的なかけひきは無理だとしても、まっすぐな性格は、それだけで清々しい空をイメージさせる。 これで剣の腕がたつなら、きっと下にいる兵士たちの信頼を得ることもできるだろう。嘘がないということは、それだけで信頼に値するということだ。

「お前たち、朝食はまだなんだろう?」
「は、はあ」
 確かに朝早くから駆けつけてきたので、食べている暇もなかった。
「どうせ、エマがたくさん作ってくれているはずだ。共に食べていけ!」
 マクエルの顔が今度は青くなる。
「我々と食事などとんでもないことです!」
 王族の者と食事を共にとることなど、しかも、こんな下っ端の兵士とすることなどありえないことだった。
「僕が許す」
「し、しかし…」
 と、言いよどんだところで、なにやらおいしそうな匂いが立ち込めてきた。マクエルはつい、その匂いで顔がとろける。
 本当にすぐわかる男だ。
 マクエルを一睨みして、クリークは言い放った。
「では、命令だ!共に食せ!!」
 命令という言葉には弱い兵士たちだった。
「は、はあ…」
 あまり乗る気のない声がかえってくる。通常のしきたりを破るのは、やはり勇気が必要だった。
 満腹になった王子以下二人に比べて、マクエルともう二人の兵士たちは、緊張して満足に食事が喉に通らなかった。
「こういうものは慣れだ!」
 そういう王子に、マクエルはまたもや、「はあ…」と、気のない返事を返したのだった。
 マクエルには、自分が王子と共に食しているのも、信じられなかったし、クリークの侍従たちが当然のように、王子と共に食しているのも信じられなかったのである。
 喉の奥に何かが詰まったようで食欲もわかなかったが、何とか胃袋を満足させるだけは食べられたようだった。

食事が終わると、寝台に寝ていたローサが目を覚ました。
 クリークはローサの前までくると、他の者には聞こえないよう約束を守ってくれた事に感謝した。そしてお祖母様は今、知り合いのところにいるから、心配しないようにと伝えた。
「夕方にはお戻りになるはずだ。夕飯は腕をふるって用意しておいてくれとの言伝だ」
 ローサは安心したように涙をためて、小さく「はい」と、返事をした。
 クリークが今までこういったことで嘘をついたことは一度もない。王子が大丈夫だと言えば必ず大丈夫なのだ。
 どうして、そんなふうに信じられるか自分でも分からないのだが、ただ一つだけ分かっていることがあった。優しげな顔を向けて去っていく王子の後ろ姿を見ていると、この小さな胸のうちが痛むことだ。
 そして、その意味が分からないローサではなかった。

 
その 4へと続く