その 2


 不審な音に目を開けると、ランディは目をじっと闇に慣らすように辺りを探った。
寝台の上に座り込んで動きのなかったクリークが、こちらへと目を向ける。
眠ってはいなかったようだ。 
目配せをして、クリークが裏手の方を示す。 
ランディが頷き、息をひそめて裏手の扉に近づいた。
前の表口からも気配がする。
エマが気付き素早く動く。
ランディとエマが身構えた。
もし、罠を通り抜けてくるようなら、腕づくで倒さなければならない。
周りの空気が張り詰めた時、微かな物音がして突拍子のない声が上がった。
「うわあー!」さらに、「ひえー!」
風の切る音が聞こえてくる。
その声にランディはやれやれと、肩を竦めた。つくづくさっきの緊張感は何だったのだろうと言いたくなる。
なんだってあんな子供だましの罠に引っかかったんだろう。心の底から腹が立ってきた。 
クリークも肩を竦めてみせる。
「エマ、あのうるさい奴の口をふさいできてくれる?近所迷惑だ!」
「はい。ランディはあっちね」
 エマから指示された方に、渋々ランディが歩いてゆく。
 クリークはさっきの声で、隣のご夫婦とローサがびっくりしてないかと気になった。
暗い中表に出ると、案の定この騒ぎに明かりが灯っていた。
 事情を説明に行き、そして、クリークが戻ってきたときには、すでに猿ぐつわを噛まされた男達が、表玄関にグッタリと倒れていた。
「どうゆう説明をされてきたんですか?王子」
「大きな猪が罠にかかったとね…」
 ランディには、本当にそういう説明をしてきたとは心底思えなかった。
「猪?子犬の間違いじゃないんですか?」
「たしかにね。あんな旧式の罠に引っ掛かるなんて、僕も思わなかった」
 思ってなかったのかと!突っ込みを入れたくなったランディだったが、すぐに気を取り直した。
「クリーク王子?この男達を人質にして、ヘイン様を返してもらうおつもりですか?」
「ううん。エマ、僕はこの人たちと話がしたかったんだ。でも、一人余計だね。ランディ、エマと二人で、この男達の一人を森へ運んでおいてくれる?」
「逃すんですか?」
「ああ、話しを聞くのは一人で十分だ。それに、大の男を二人連れて歩くのには、無理がある」
 確かに少々危険かもしれない。ランディとエマは一人の男の両手を片方ずつ引きずっていき、近くに森へと連れて行った。勿論、すべての縄を外して…。
 しばらくすれば、意識も戻るだろう。
 二人が出ていった後、クリークはもう一人の男へと近づき、猿ぐつわを外し、そいつの肩を掴んで力を入れてやった。その途端呻き声を上げて、男は意識を取り戻した。
 自分の首筋にあてられたものを見て、男は思わずギョッとし、声を上げそうになった。
すんでのところで手が伸びてきて、その口を塞ぐ。
「声を出すな!!出せばその首に穴が開くぞ!」
 喉元に剣を突きつきられて、ドスの効いた声がこだまする。
 男はここに来るべきではなかったと、心底後悔した。
 コクリと頷くと口元から手が離れていく。だが、剣は男の喉元で相変わらずに光っていた。
 クリークは男の耳に口を近づけた。
「お前達がさらっていった、お祖母様は元気だろうね?」
 語尾を上げ気味に言うと、ビクリと男が震え上がった。
「まさか、殺してはいないよね?」
 男は恐怖のあまり声が出ない。懸命に首を横に振る。
 身体が小刻みに震えているのがわかって、クリークは思わず苦笑した。
 ここまで怖がる男も珍しい。
 クリークはしばらく、この男で遊んでみることにした。
 
「王子!もうその辺で、そいつを弄るのはよしてください」
 気がつくと、表にランディたちが帰ってきていた。さも、残念そうに肩を竦めると、クリークは男に突きつけていた剣をあっさりと引いた。
 命の危機が回避されて、男はホッと安堵する。
 今まで、後ろから俺を脅していたのは、さぞかしいかつい顔をした奴だろうと、そっと見上げた男は、あんぐりと口を開けた。
 さっきの険悪な空気とは対照的に、幼さの残る顔をしている奴は、どうみても十四、五才ぐらいの少年だったのだ。
「は、はあ?」
 思わず言葉が漏れる。
 そ、それに…。今、何と言ったんだ?外から入ってきた男がたしか、王子と言わなかっただろうか?
 まさか、あり得ない…。
 男は真っ向から否定した。
 さっきまで脅していたクリークがそばを離れると、代わりにそこに、ランディが取って代わった。
 自分より遥かに年上であろう男を、ランディは無表情のまま上から見下ろした。
「あんた、あの人が誰だか知っててさらったのか?」
「誰って?ただの婆さんだろ?」
「やはり、知らないんだな。知ってたら、手なんか出しちゃいないだろうし…もし、このことが公になれば、お前の首一つじゃすまない」
「・・・」
 絶句した男に、奥にいたクリークが笑いながら、実に淡々とした口調で、喋りだした。
「君たちがさらった方は、この国の王妃のお母君だ。僕からみればお祖母様にあたる方だ!!」
 男の顔が歪みに歪み、さらにわらわらと震えだした。
「嘘だと思うなら、これが証拠だ!」
 クリークは、金と銀の見事な細工が施されている腰の剣を、こちらに放り投げた。
 ランディが心得たようにそれを受け止める。
 男の目の前に差し出された剣の柄には、男が見たこともないような複雑な模様があり、その中央にはパンラ国の紋章がしかと施されていた。
 さっきから震えていた男は、それを見た途端、今度は感情のこもらない声で笑った。
笑った瞬間に、いきなりその場にひれ伏した。と言っても、縄で縛られているので頭を床につけるだけであったが…。
 その後、男は喋られるだけのすべての言葉を、どとうのように喋りだした。
 まず、俺たちは、半年前に捕まった山賊の生き残りだと語った。
「恨み?とんでもない!あの時、俺たちだって、本当は殺されるところだったんですぜ。それが、サンドラー王子の温情で、下っ端の者達は解放されたんだ。恨みなんて…。今いる奴らは、あの山賊が捕まったことに感謝していますぜ。独断で強硬派のお頭達は、下々の俺らの事なんて、お構いなしだったんです。どんだけの奴らが死んでいったか…。いや、本当です。解放された後、下っ端の奴らを集めて、この森にあるわずかな食料で今まで何とかやってきました。ですが、今年の冬、食料が足りてなかったんですかね?春に入った頃から、俺らの子供が妙な病で倒れたんですよ。助けてやりたくても俺らは元山賊だ。その上お金なんて持ってない。しかし、いまさら山賊はもうこりごり。でも何とか子供らを救いたくて…」
その気持ちはよく分かった。親が子供を救いたいと思うのは当たり前だ。
 クリークは男の前まで来ると、悪戯っぽい笑みを浮かべて聞いた。
「それで、薬師を捕まえてきたわけだ。薬師なら医師と違って、警護なんてついてないからな!」
「へえ。あっ!いや、はい!」
「だけど、治せなかった?」
「は、はい!」
「それで今度は噂に聞いた、昔、薬師をしていて、今は民間療法をしているお祖母様に目を付けた」
「その通りで…」
「では、なぜさらった?」
「なぜって…」
「わざわざ病気の子供まで連れて行ったんだろう?さらう気はなかったはずだ。それにお祖母様はお優しい方だ。教えてほしいと言われれば、教えてくださったと思うんだけど…。それとも、教えてはもらえなかったのかな?」
 男がコクリと頷く。
「へ、へえ。それどころか兵士を何人か連れてくると言われて、これはヤバいと思いまして、大慌てでさらって逃げたんです」
 男から知っていることを聞き出すと、クリークはしきりと考え込んだ。
「おかしいな?どうしてお祖母様、教えてあげなかったのだろう?」

「はい、気つけ薬よ。」
 エマがカップを差し出した。
 立ち上る香りでアルコールだということがわかる。喋りっぱなしだったので喉が渇いていたし、それに、どうやら命がとられることはなさそうだと安心した。
 その時、すぐ横にいたランディが剣の柄を握り、それを抜き放った。
 すくみ上った男に言い放つ。
「手を出せ!それでは飲めんだろう?」
「は、はい」
「さっさとしろ!俺はお前に飲ませてやる趣味はない!」
「右に同じ」
 エマが手を上げてニコリと笑うのを見て、男はホッとし、縛られた手を差し出した。風を切る低い音がして、男の縄がほどける。
 その縄と共に、どうやら緊張も少しほぐれたようだった。
エマのくれたカップを受け取ると、男は美味そうに一気にあおった。
 酒なんて何か月ぶりだろう?半年前から数えるほどしか飲んでない。久しぶりのアルコールが身にしみて、思ったよりも酒のまわりが早い。俺もとうとうヤキがまわったなと笑っていると、急に身体が傾いていき意識が遠くなっていった。
「やっぱり、お祖母様に直接聞くしかないな」
 クリークは床にゴロリと転がった男を横目で見ながら呟いた。

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「カルロ。はい、これ!」
「へ?」
 王子からロープを突き出されて、カルロと名乗った男は困惑した。
 次の日の朝早く、三人は男に案内されて、彼らの住処である洞窟の近くまで来ていた。
「へ?じゃなくて。僕たちを縛るんだ!」
「ちょっと待ってくだせえ!なんでそんな事するんで?」
「ここはいわば、敵の本拠地だ。そのまま入っていったら、君等の仲間が大騒ぎになると思うんだけど。ぼくたちは一応剣も持っているし…、縛ってあれば何とかごまかしも聞くと思うんだけどね」
 カルロは、王子とランディという男が持っている剣に目を向けた。
確かにすぐ見れば分かってしまうだろう。
誰かが襲い掛かって怪我でもさせたら…。そう思うとゾッと血の気が引いた。
だが、その王子に縄をかけるなんてもってのほかだ!
「そうか。君が駄目だというなら、ランディに頼むとしよう。どちらにしても同じだと思うんだけどね」
 そうはいっても、カルロは首を縦には振らなかった。
 しかたなく、クリーク達は自分ですることにした。
「さあ、カルロ。行こうか!」
 軽やかな声でクリークが促すと、男は渋々三人を連れて、彼らの住処である洞窟へと入っていった。
 
 自然にできた洞窟にしては、その穴はよくできていた。洞窟といえば、暗いのが通常だが、割れ目から微かに光りが差してくる。
 さらに奥に入ったところで、一人の男がこちらに気付いた。カルロの姿を見つけ、大急ぎでかけつけてきた。
「カ、カルロ!無事だったのか!?」
 すこしとぼけたような、間抜け面の仲間、ロスが出迎えてきた。
「まあ、何とかな…」
 顔が引きつりながらも答えた。
「あいつは帰ってきたのか?」
 あいつとは、一緒に捕まっていた仲間の事だ。
「ああ、なんか道に迷ったらしくてな。さっき、帰ってきたんだ。お前が捕まったと血相を変えていたが…違うらしいな」
 どうやら王子の言ったとおりに、仲間は無事のようだ。
 ロスはさっきからカルロの後ろにいる三人の男女を、怪訝そうに見やった。
 なにやら、縄で縛られている。
「おい。こいつらなんだよ!」
「あの婆さんの親戚らしい…」
「親戚?息子じゃなかったのか?しかも、なんで三人も連れてくるんだ?」
「あとの二人が無理やりついてくると言ったんだ!しょうがないだろう!!」
 おもわず怒鳴った。ロスに責められて、カルロは自棄になっていた。なんでこの俺が、こんな目に合わなければいけないんだ!!
「そんなに怒鳴らなくたって…」
 すごい剣幕にロスは縮こまってしまう。
「ともかく、お頭の所に連れていく!」
 きっぱりと言い切ると、カルロはなんだかホッとした。後は山となれ川となれだ!
「それじゃあ、その中の一人は、あの婆さんの息子の薬師なんだろう?」
 ロスの疑問に返事を返したのは、カルロではなかった。
「正確には孫かな」
 さっと、ロスが三人を振り返る。
三人のうちの一番若い少年が喋ったらしい。その少年がニッコリと笑いかけてきた。
 ま、孫?そういえば息子らしき男はこの中にはいそうにない。戸惑っていると、カルロが三人を連れて、さっさと早足で奥へと連れて行ってしまう。
 気を取り直して後ろからついていくと、前を歩く男の腰にさも立派な剣が下がっている。
 はて?こいつらは一応、カルロに捕まったのだよなあ?剣など物騒なものは取り上げなくていいのだろうか?
 ロスは首を傾げながら、それでいいのだろうと思うことにした。
自分が出しゃばったら、いつもろくなことがおきないのだ。難しいことは苦手なのだからしょうがない。
 後ろを振り返り、外の方へ目を凝らす。誰もいないことを確かめると、ロスはカルロ達の後を追った。
 洞窟は奥へ入っていくと、さすがに光りが届かないらしく薄暗い。
周りを照らすランプはあるものの、たくさんは置かれてはいなかった。
 油だってただではない。貴重なものだ。そう簡単には手に入りにくい。見ただけで、ここの生活がいかに質素なものかということはすぐに分かった。
 さらに進んでいくと、急にポッカリとした広場に出た。
左右に同じぐらいの穴が二つほどあり、そこで数人の者達が暮らしていた。女もいれば子供もいるようだった。 カルロ達が入っていくと、そこで遊んでいる子供らを母親がすぐに奥へと連れて行った。
左右の穴の奥にもまだ穴が続いているらしい。
 広場に先には、小さな舞台のように一段と高くなったところがあり、そこに、ここの元山賊のお頭であろう、がっしりとした男が座っていた。
 すぐそばに、小柄な女性がちょこんと座っている。縄で縛られたようすもなく、熱心に男と話しているのは、まぎれもなくクリークの祖母ヘイン、その人であった。
 カルロの後ろについて歩きながら、クリークは周りの様子を、つぶさに観察していった。
カルロが言ったとおり、十四、五人ぐらいの者達が暮らしているようだった。
時折、独特の臭いが鼻につく。これが所謂、狼の臭いなのだろう。
一番奥の真ん中に、お頭らしき男が陣取り座っていて、その側で、この洞窟とは不釣り合いなほどの白とピンクの服を着たヘインを見つけた。
それ程、心配はしていなかったが、元気そうで安心する。そして、安心すると同時に苦笑した。
お祖母様がお元気であるなら、その存在に迷惑しているのは、むしろ、元山賊の方かもしれない。
現に、お頭であろう男の顔が微妙に引きつっているようだ。
やはり、ここは、助け船を出さなくては…。
カルロが声をかけようとする前にクリークが先に声を上げた。
「お祖母様!ここだったのですね!」
 その声に、周りの者とヘイン、そして、お頭の男が初めてこちらに気付いた。
「なんだ、カルロ!!おまえ無事だったのか?な、なんなんだ、そいつらは!?」
「へ、へえ。それがですね…」
 さすがにずばりとは言いにくいのか、カルロはしどろもどろになっている。
 ヘインは、どこかで聞いた声だと首を傾げた。はて、今の声はクリークではなかっただろうか?目を後ろに向けると、黒い服を着た男の後ろに、まぎれもなく孫のクリークが笑顔でこちらを見ていた。
「ク、クリーク?クリークじゃないの?」
 ヘインはおっとりとした動作で立ち上がると、いつもそうしているように、両手いっぱいに手を広げた。
 「御無事で何よりです」
 クリークは、周りの者達に見向きもせずに、まっすぐにヘインのもとへと歩いて行った。
 呆気にとられたのは、お頭と周りにいる者たちである。
「お、おい!!」
 男達がとめる間もなく、クリークはヘインの腕にしっかりと抱きとめられていた。
「捜しましたよ、お祖母様」
「そうかい」
 ハッと我に返ったお頭の男は、おい!と皆の者に号令をかけた。周りの者たちが殺気立ち、取り押さえようとして身構えた時、カルロがそれを止めた。
「動くな!!皆、動くんじゃねえ!!」
 その声に皆、一瞬固まったように動けなくなった。
なぜ?その疑問の目にカルロは意を決すると、皆に向かいその疑問の答えを大声で張り上げた。
「こ、こちらの少年は、このパンラ国の王子である、クリーク王子様だ!!そして、俺たちがさらってきた、その婆…いや、ご婦人はクリーク王子様の祖母にあたるヘイン様だ!!!」
 呆気にとられたのは、元山賊の男達だけではなかった。
ランディもエマも、そしてクリークも、まさかいきなり自分たちの事をバラすとは思ってもいなかったのである。
 開いた口が塞がらないとはこの事だ。
「クリーク王子!?」
 すっとんきょうな声を上げて、真ん中に座っていたお頭が、カルロとクリークを交互に見る。
「間違いありやせんぜ!お頭!王子の腰に下がっている剣はまぎれもなく、この王国の紋章!」
 一気に、クリークの剣に視線が集まる。
「ほ、本物だ!!」 
 誰かの声が聞こえた途端、側にいた何人かの男達が一気に向きをかえ、逃げ出したのである。
 さすがに、カルロとお頭は身動きもしなかったが…。
 クリークが落ち着きはらって逃げていく男達に言い放つ。
「子供らは、置いていくのかい?」
 その言葉は呪文のように、逃げ出した男達の身体を硬直させた。
「お、お前ら!こいつの言うとおりだ!置いて逃げるとはどういうことだ!!」
 賊のお頭だけあってさすがに、他の者たちとは違い、王族の者だと知っても多少は落ち着いていた。
 クロークは縛られたままの姿で、その賊の頭に向き直ると、ニッコリと笑顔で挨拶をした。


その 3へ続く