ドパミン過感受性精神病 | kyupinの日記 気が向けば更新

ドパミン過感受性精神病

前回の記事の後半、薬をシンプルにしてほしいという希望(外来編)の前に、前回(病棟編)の記事の補足しておきたい。この記事の中で以下の文章が出てくる。

 

結果は火を見るより明らかだった。普通、重い精神病の人で薬を減らしてくれと訴える人は精神症状が悪いことが多い。そういう患者さんの薬の減量をしたら、必然のように悪化していたのである。僕とオーベンはその外勤先で、病棟婦長の要請で、いったん減量された薬を元に戻す処方変更ばかりしていた。当時、院長が薬を減らしたら、逆に良くなることもありそうだが、ほとんどないことに驚いた。

 

なぜ、薬を減らしたら逆に良くなることもありそうなのに、実際にはほどんどなかったかである。その理由の1つは、当時の薬物治療には非定型抗精神病薬、とりわけエビリファイ(アリピプラゾール)が未発売で、D2遮断作用が高い薬が、大量に投与されていたからである。

 

恒常的にD2レセプターを十分かつ強力に遮断すると、生体内のフィードバックによりD2レセプターのアップレギュレーションが生じる。もう少しわかりやすく言えば、D2レセプター数がかなり増加する。この状況では、D2レセプターに親和性を持つ抗精神病薬の用量変化に極めて過敏になり、僅かな減量に対しても症状悪化を来たしやすくなるのである。

 

この病態は、「ドパミン過感受性精神病」と言われている。当時の精神科病院では処方はセレネース(ハロペリドール)が主体だったため、この病態の人たちばかりだったと思われる。

 

ドパミン過感受性精神病を来たした当時の薬物治療は、致し方なかった部分はかなりあると思われる。初回の増悪はともかく、何度も再燃増悪を繰り返すと、治療に必要な抗精神病薬の用量が増えざるを得ない。その理由は、前回に軽快した用量だと十分に効かないことが多いからである。再燃・軽快を繰り返しているうちに次第に抗精神病薬の用量は増えていき、ドパミン過感受性精神病の病態に至りやすくなる。

 

現在、非定型抗精神病薬は、D2以外のレセプターへの作用を通じて抗精神病作用を発揮するものも多くなっているし、D2に関わるものでも、エビリファイのようにパーシャルアゴニスト作用によりドパミン過感受性を生じにくくする抗精神病薬が増えている。

 

したがって、現在はかつての定型精神病薬のように、次第に増量のパターンになりにくいのである。しかし、非定型抗精神病薬の中で上限の高いリスパダールは12㎎近くを長期投与すると、同じ機序でドパミン過感受性精神病に至るであろう。

 

当時の精神医療では、「ドパミン過感受性精神病」は知られていなかったので、そうならないように治療時に注意することもできなかったし、その病態になりにくい抗精神病薬もほとんどなかった。

 

ドパミン過感受性精神病は、当時のまだ洗練されていない抗精神病薬治療の負の遺産のようなものだ。

 

いったんドパミン過感受性精神病が生じたら、それを回復させることは結構難しい。薬物的にはエビリファイ、クロザリル(クロザピン)、あるいはセロクエル(クエチアピン)に切り替える方針が良いと思われる。

 

しかしながら、いったん生じたドパミン過感受性精神病に、D2遮断作用の強い抗精神病薬からエビリファイに切り替えることは一時的な大規模減薬に等しいので、精神病状態が悪化しやすい。

 

このようなことから、エビリファイに切り替える手法では、前薬がいかなる薬理特性を持つかが重要である。少なくとも、タイトにD2を遮断する抗精神病薬からエビリファイに切り替えた時、大きく悪化したとしても、見た目通りは信用できない。(本当にエビリファイが合わないのか判断できないという意味)。

 

この切り替え期の病状悪化の波乱場面に、最も有用な方法はおそらくECTであろう。ECTを実施することで、治療の空白状態を安全に避けることができる。その理由は、ECTは精神病そのものに治療的なので、処方内容の変更の際の悪化も避けられるからである。

 

現在の例えば以下のような併用処方。

ロドピン    200㎎

エビリファイ  24㎎

 

このような2剤併用処方は、精神科医でさえ全員はどのような意味があるのかわかっていない。僕も十分に理解しているわけではないが、概ねこのようなことだろうと言う推測はしている。

 

まず、この併用処方は、エビリファイのオーグメンテーションというには用量が大きすぎる。この処方の順番は、最初のエビリファイ24㎎を処方し、不穏状態が十分に収まらないのでロドピンが200㎎ほど追加されたものである。したがって、むしろロドピンの方がオーグメンテーション的処方といえる。

 

この処方は、D2レセプターに関してエビリファイがロドピンより遥かに親和性が強いので、結果的にD2のパーシャルアゴニストという薬理作用を通じてD2レセプターを守っている治療イメージである。

 

一方、ロドピンはD2レセプターにあまり関与できないが、それ以外のレセプターへの親和性を通じて抗精神病作用を発揮している。このロドピンがジプレキサだったとしてもこの関係は同じようなものである。

 

長期的にはこのロドピン&エビリファイ処方は、ちょっとした飲み忘れの際の悪化率を下げるであろう。この併用は用量変化への耐性をアップさせているように見えるのである。

 

したがってこの併用処方なら、治療変更時の用量調整、特に減量に関して悪化のリスクを下げるであろう。マイナス点は、ロドピンの抗精神病作用に対しエビリファイが干渉して弱めていることだと思う。ロドピンはエビリファイ併用より、単剤で投与した方が真の抗精神病薬作用を発揮できる。

 

ロドピン&エビリファイ処方は、一見、おかしな処方に見えるが、抗精神病治療の自由度を高めているし、安定性を増しているといったところだと思う。

 

一方、以下のような処方は同じ併用でも少し意味が異なる。

 

リスパダール 10㎎

エビリファイ 24㎎

 

実は、このような大量の併用処方が実在するのか自信がないが、エビリファイが強力な抗精神病作用を持つリスパダールの薬効を減弱させている組み合わせである。これだと、単にリスパダールを減量しリスパダール単剤の方が良いじゃないと思うかもしれない。例えば、上記の処方ではなく、

 

リスパダール 6㎎

 

のようなシンプルな単剤処方である。これだと、上記のエビリファイが入っていないケースに比べドパミン過感受性精神病に至りやすいように思われる。

 

しかし、リスパダール単剤の方が、リスパダール10㎎+エビリファイ24㎎に比べむしろ治療効果が高いことは十分にあり得る話である。

 

一般に抗精神病薬が多すぎて、パーキンソン症候群やジストニアが生じているような状況では、精神症状は落ち着いていることが多い。この治療手法が、かつての定型抗精神病薬大量処方であった。

 

リスパダールの高用量に対しエビリファイを追加することで、ドパミン過感受性精神病に至りにくくし、その後の薬物変更をしやすくなっているという臨床感覚である。(それでもリスパダール10㎎は相当に多いのでこの高用量併用は問題が多い)

 

つまり、長期的治療を考慮すると、D2に対し強く遮断する抗精神病薬は、少量ならまだ良いが、量が多くなればむしろ単剤で処方すべきではなく、ある程度のエビリファイを併用した方が良いといったところだと思う。

 

このようなことを考えていくと、エビリファイのD2レセプターへの親和性が他のほとんど全ての抗精神病薬に比べずば抜けて高いことは偶然であろうが、極めて良くできていると思う。(エビリファイのD2親和性を超える薬物にはロナセンがある)

 

まるで、ドパミン過感受性精神病をなるだけ避ける目的で開発されたようにさえ見えるからである。