主治医の声で幻聴が聞こえてくる | kyupinの日記 気が向けば更新

主治医の声で幻聴が聞こえてくる

ある時、幻聴が主治医の声に取り込まれ、次第に診察が受けられなくなるという患者さんを診ることになった。この人は、うちの病院の全ての医師が順番に主治医になったが、全て同じ経過になったのである。

 

いったいそんな人が実在するのか?という話である。

 

本来、中核的な統合失調症では環境とか生育的なものの影響を受けにくい内容の幻聴が生じることが多い。(例;「ソ連が攻めてくる」「お前は超能力者だ」など。)

 

近年は幼少時からずっといじめを受けていて、次第にそれが声になって聴こえるという幻聴も診ることがあるが、これはむしろフラッシュバック的な幻覚体験で器質性の色彩が強いと言える。つまりその人が統合失調症と診断されていたとしても。現代風に言えば広汎性発達障害的なのである。

 

もう院長先生が診るしかありませんと外来婦長さんが言った。

 

彼女を最初に診た時、断続的に幻覚があるようで一時もじっとしておれず外来で泣き出すような状態であった。振戦やアカシジア副作用も結構出ていたので、薬理効果・副作用のバランスをとりながら治療を進める方針でいくことにした。彼女はデイケアにも時々来ていたので、その際も必ず自分の診察を受けるよう指示したのである。(指示した相手は外来受付、外来ナース)

 

「いったいそんな人が実在するのか?という話である」というが、この考え方は非常に重要だと思う。そんな人は精神科医になって以来、診たことがなかった。(次から次に担当医の幻聴が聴こえ始め診察できなくなる人)

 

この患者さんは狭義の統合失調症ではなく広汎性発達障害でもない。彼女は実は中毒性の精神疾患であった。(証明されていないが成育歴的にほぼ確実。なお覚醒剤、シンナー、向精神薬ではない)

 

最初の感覚に沿えば、彼女は侵襲性の少ない抗精神病薬と抗てんかん薬で治療するのが良さそうだが、副作用を減じる目的でリボトリールなどの併用も重要である。

 

僕が診始める前年くらいはリスパダール2㎎で治療されていた。しかし振戦やアカシジアが酷く持たなかったようであった。その後、処方薬は変遷し仕方なく少量のロナセン(4㎎)で治療されている時に自分が担当医になった。

 

抗てんかん薬はガバペン、デパケンを選んだ。その他、振戦、アカシジアを緩和するために、同じ抗てんかん薬のリボトリールを併用している。また簡単に振戦が収まらないのでインデラル30㎎とアキネトンも0.5㎎だけ併用した。抗精神病薬の主剤は感覚的にはジプレキサが良さそうである。

 

前薬のロナセンからジプレキサに切り替えつつ、上記のような抗てんかん薬を併用したところ、次第に足踏みするような不穏状態は収まって来て、遂に幻覚が消失したのである。しかし断片的な幻聴は残遺していたが自分の声ではなかったので、主治医交代が必要にはならなかった。

 

彼女の言う幻覚とは例えば「何かがぺったりと体に張りつくような感覚」らしい。このような奇妙な感覚がなくなっただけでもかなり良いと話していた。ここが平凡な統合失調症的ではなく器質的なのである。(なお、次第に主治医の声が幻聴に取り込まれるのはフラッシュバック的)。

 

これで長い期間、安定し大きな精神症状のブレもなく入院治療の必要もなかった。なお、使っていたバルプロ酸は400㎎、ガバペンは400㎎、ジプレキサは5㎎である。

 

ジプレキサ5㎎で幻聴以外の幻覚を遮断していたが、これ以上増やしても効果の上昇はなく副作用が増えるだけなのでこの人にとって実用的な用量は5㎎だと思われた。

 

かくして、主治医の変遷は終止符を打ったのであった。

 

(おわり。この話には続きがある)