自閉性スペクトラム障害と注意欠陥多動性障害の併存の考え方
今回は、自閉性スペクトラム障害(ASD)と注意欠陥多動性障害(ADHD)併存の考え方について。
従来、広汎性発達障害(PDD)と呼ばれていた概念は、DSM5では自閉性スペクトラム障害(ASD)という診断名に変更されている。ただしICD10ではまだ以前の診断名のままであり、自立支援法や精神障害者福祉手帳では広汎性発達障害やアスペルガー症候群などの診断名が使用されている(ICD10のコードも必要。普通、DSM5のコードは公式な書類では使わない)。
DSM4以前は、自閉性スペクトラム障害と注意欠陥多動性障害の重複診断ができなかったが、DSM5以降、それが可能になった。ただし操作的診断法で重複診断ができなかった当時も、併存を考慮した疾患把握はされていたように思う。
このエントリではこの2つの疾患が併存することで、どのような影響があり、精神症状が脚色され、例えばその疾患らしさが薄れてしまうなどの考察である。今回の内容は、きっと誰か既に語っているように思うが、過去の記事を踏まえこのブログ風に検証したい。
臨床現場では、ASDとADHDは50%前後に併存がみられるように思うが、スペクトラム障害なのでどの程度を疾患的と診るかでこの比率は異なってくると思う。
ローナウィングによる自閉症の三つ組
○対人関係(社会性相互交渉)の障害
○コミュニケーションの障害
○想像力の障害
ASDとADHDについてだが、ASDの非社交性が、併存するADHDによる多動性のために、その特性が薄れてしまうことがある。またADHDの注意の散漫が、ASDのこだわりや過集中的な没頭により緩和することがある。
つまりASDとADHDの特性が相互に打ち消しあうのである。このようなことにより、診断しにくかったり、典型的ではないと判断されたりする。これらは時に疾患の規模を軽いと判断される原因にもなるが、同時にそれぞれの疾患がある程度、軽くないと生じないことでもある。
だいたい、精神科臨床場面でピュアなADHDの所見のみで受診する人はかなり少ない(学校で忘れ物が多いだけで受診しないと言う意味)。二次障害(うつや不安あるいは双極性障害、統合失調症様の精神症状)が生じて初めて受診するのである。
過去ログにアスペルガーの人は、黒などモノトーンの色彩の服を好む傾向があると記載している。これもADHDの併存がある人は原色など派手な色彩を好む傾向があり、その特色が薄れてしまうため一様ではない。
また、「アスペルガー症候群の人には創造性があるのか?」と言う議論もこのような考え方で説明しやすい。過去にアスペルガー症候群(と思われる)人で偉大な発明や発見、業績を残した人がいる。ローナ・ウィングはアスペルガー症候群は創造性が欠如していると言うが、これは狭義のASDのサイドからしか診ていないからだと思われる。自閉症の3つ組に彼女自身が「想像性の障害」を挙げている以上、創造性があるとは言いにくかったのではと思う。
ADHD的な進取の気性、新しい奇抜な試みなどと、ASD的な強いこだわりや長い期間、同じ業務に携われる持続力などが融合し、偉大な業績を残すことがある。これもある程度、それぞれが社会的に軽いレベルでないと難しいと思われる。
しかしながら、ASDとADHDが併存することでかえって社会適応を改善するケースがあることは重要だと思われる。
かつて、NASAには広汎性発達障害ばかりだとか言われていたのは、ちょうどこのようなタイプの人たちが多くいるからではないかと想像している。
また、もう少し理系的な解剖学的視点でも説明できる。障害の座による特性の相違である。脳の障害のあり方により、相対的に他の部分の特性が強く表れる。いわゆるASDの凸凹である。
アスペルガー症候群と呼ばれていた疾患は、相対的に左脳が優位のように思われる。まずASD的なこだわり、つまり「やりだしたら最後までやらないと気が済まない」「正確さにこだわり仕事が終わらない」などが挙げられる。彼らの仕事は職人芸というか、正確で出来栄えも素晴らしいが時間がかかるのである。物事に積極的な姿勢、「新しいことを知りたくて仕方がない」も彼らの特性である。これは拙くすると大学で教官を質問攻めにし、講義が進まないという事態になる。
また、自閉症、高機能自閉症タイプは右脳優位に見える。彼らは、5感が敏感で微妙な変化がわかりすぎる。その結果、混乱を来すこともある。5感が敏感で繊細な変化がわかる特性が生きて職人的職種で成功するケースもある。ただしこれもある程度、疾患が軽くないと難しいと思う。彼らは記憶力に優れており一瞬で全体を記憶するなど常人離れしていることもある。
一方、ADHDは前頭葉優位のように見える。少なくとも、ASDは前頭葉は機能不全傾向があるので、全てではないにしろ、ADHDはその視点でもASDの特性を打ち消すように働いている。ADHDの人は細かい無駄な動きが多いものの、多弁で愛想良く笑顔を絶やさず笑う。これがASDの特性に相反しており診断に紛れが生じるのである。同時にこの精神所見は双極性障害的でもある。
彼らは多趣味でエネルギーがあふれている上、次々と新しいことに挑戦し続ける傾向がある。狭義のADHDは根気が続かないので途中で飽き放り出してしまいかねないが、ASDの要素が加わるとその欠点が緩和するのである。また、行動はピュアで損得とか途上のリスクや結果を考えない面があり周囲(特に配偶者)にとって迷惑な話になることもある。
上のように考えていくと、ASDとADHDの併存による特性の在り方がイメージできるのではないかと思う。
参考