ヴィクトリーネ・ツァック | kyupinの日記 気が向けば更新

ヴィクトリーネ・ツァック

ハンス・アスペルガーは、病棟での主任看護婦、ヴィクトリーネ・ツァックを天才と呼んでいた。彼女の直感的診断力と治療の成果は伝説的だったと言われている。

ハンス・アスペルガーは彼女から影響を受けた経験の1つとして、パニックに襲われた幼児の破壊的かんしゃくの真っ最中に、それを落ち着かせるのを目撃したことを挙げている。

彼女の治療(看護)プログラムはリズムと音楽を用いた体育課題や、行事、歌などの演劇的な表現活動だったようである。


しかし、ヴィクトリーネ・ツァックは1944年、連合軍により病棟が爆撃された際、亡くなっている。

ヴィクトリーネ・ツァックはレクレーションを治療に取り入れていたが、その他、言語的な治療も試みていたようである。

うちの病棟にはこのヴィクトリーネ・ツァックのようなセンスを持つ看護師さんがいる。最初に正看護師と准看護師の説明をしておきたい。

現在、日本の看護師制度の資格は、正看護師と准看護師の2つがある。このいずれでもない看護的病棟スタッフは看護助手とか補助看護師と呼ばれる。補助看護師は特に資格がなくてもなれるが、給与は看護師に比べかなり低い。

准看護師は制度的には成立しているが、今後比率的に正看護師がずっと増え、かなり少ない職種になっていくように思われる。現在は正看護師まで目指す人が多いからである。

正看護師と准看護師では初任給が違うため、もちろん准看護師の方が給料は安い。しかし1回の夜勤手当はたいして違わないか同額なため、それらを加えると若い頃にはそれほど給与差がない。これは若い頃は役職がないこともある。

しかし、それに甘えて正看護師の資格を取らないのはお薦めできない。なぜなら、将来、准看護師の資格が過去の遺産になり陳腐化する可能性もないとは言えないから。

精神科病院の場合、年配の看護師さんは準看護師のまま長く仕事を続けている人たちもいる。准看護師は、一般的に正看護師さんから低く見られており、特に正看護師養成の教育機関の人たちにその傾向が強い。

准看護師の人たちは、正看護師になるため学校に行くの諦めたわけで、学力や向上心という点で劣る人たちもいるが、家庭の事情などで行かなかった人もいるのである。だから、全ての准看護師が劣っているとはいえない。

このブログを読んでいる特に看護学生ないし高校生くらいの人たちに言いたいが、これからは准看護師で終わらず、正看護師まで資格を取るべきである。それは正看護師でないと、大きな地域の中枢的な病院に勤めにくいし、長く勤めても婦長(師長)までなれないからである。

また精神科に限っても、訪問看護やデイケアのスタッフなどには正看護師は必要だが、准看護師は必要ない。(准看護師は訪問看護ができないわけではないが診療報酬が低い。准看護師でもデイケアのスタッフになることは可能。ただし補助的人員)

だから、准看護師は一般の個人病院はかえって勤めやすい面があるが、大きな病院では昇進や役職で制約が大きいのである。

うちの准看護師さんで、極めて看護の才能のある人がいる。彼女は表情が硬まっているような患者さんをうまく笑わせる天才である。その看護能力は経営者にも高く評価されており、ボーナスなども正看護師と遜色ない。しかし、長く勤めても婦長にはなれないのである。それどころか病棟主任にもなれない。

彼女は役職こそないが、精神病院のレクレーションプログラムや運営のリーダー的存在であり、なんだかヴィクトリーネ・ツァックさんに似ている。

理事長の話では、まだ彼女が中学生を卒業した頃、田舎から預かり、補助看護師をさせながら准看護師の資格を取らせたという。その後(病院がお金は出すので)正看になるように言ったが、本人が断ったたらしい。

いつだったか、○○さんはなぜ正看護師にならなかったのですか?と冗談交じりに聞いたところ、

私はバカですから・・

と笑いながら答えた。謙遜しているが、もし正看護師であれば、間違いなく何年も前に婦長になっていたであろう。精神科の看護能力的に彼女より劣る婦長もいるくらいだからである。

ただ、彼女は全く後悔している風でもない。報酬的にはある程度見合ったものを貰っているので、意外に気楽に仕事をしているのでは?と思ったりする。

ある時、彼女自身が、ある広汎性発達障害の患者さんの看護の際、固まって動かな状態だった若い男性患者さんに背中をさすりながら、いろいろ話しかけていたところ、突然、スイッチが入ったようにスイスイ動き始めた話をしていた。彼女が、

不思議ですねぇ・・

と言うので、

それはローナ・ウイングがずっと前にアスペルガー症候群のカタトニアとして記載している。

と話した。カタトニアはかつては統合失調症(緊張型)でよく言われていたが、広汎性発達障害でも生じる精神所見。そこまで疾患特異性はない。カタトニアでフリーズしていて、全く動けないのに、何かの拍子に動き始めるのは時々見られる。

また、病棟内で(色がついた誘導)線が横切れずそのまま静止したりするのもカタトニアで見られる所見である。つまり、統合失調症で言われるカタトニア(悪性カタトニアと呼ばれる悪性症候群を除く)とは強迫の色彩の濃さや持続性などで若干異なる、などと説明した。

彼女はこの説明を聞いて理解できる准看護師である。また、彼女は看護記録の記載も秀逸なのである。実によく観察している。

これだけの文章では彼女の才能全てはうまく表現できない。

今回のエントリはややまとまりを欠くが4つのポイントがある。1つはハンス・アスペルガーにはヴィクトリーネ・ツァックのように才能溢れる看護師がいたこと、今の若い人は看護を志すなら是非、正看護師までなってほしいこと、広汎性発達障害にはカタトニアのような特殊な病態があること、また精神科病院には役職に関係なく才能がある人がいることである。