アスペルガーの異常感覚 | kyupinの日記 気が向けば更新

アスペルガーの異常感覚

アスペルガーの異常感覚であるが、これは特殊感覚とでも言えるのかもしれない。特定の感覚が研ぎ澄まされており、特に物音に敏感で次第に妄想的に解釈するようになることがある。(もちろんそうならない人も。これは個人差がある)

僕がアスペルガー症候群の少年を個室で診ていた時、突然、「ほら、○○が自分のことを言っている・・」と、言葉を遮るようなことが何度かあった。部屋の外に出てみると人がいることもあるし、いないこともある。幻聴なのか、あるいは、本当に人の声を聴いたのか微妙だ。細かい物音に敏感で、その延長線上に、幻聴のような異常体験や被害関係念慮があるように見える。

アスペルガーの子供~青年あたりの患者さんは、家にいる時、自分の部屋の壁を殴りってボコボコにしていることがある。家具も壊している。これはいろいろな原因があるが、

① 隣の音がうるさいから殴る
② イライラのためむしゃくしゃして殴る

ぐらいが多い。人によると拳に殴りタコができているほどだ。たいてい、家族はそれを放置している。言って止まるようなものではないのがわかっているから。そういう破壊行動は入院後もある。壁やドアをボコボコにするのはまだ良いとして、ひとつずつ修理してもまた壊すので意味がない。だから僕は退院時にまとめて修理するつもりで放置していた。

本人には、「あまり殴ると拳を骨折することもあるから」くらいに言っておいた。

これはあまりにピントがずれているが、これくらいしか思いつかなかったのである。これなら2人で笑えるし。このあたりの対応は難しいが、強く叱責すると恨まれそう、というか、個人的に若い人に嫌われたくないのもある。どうしても真意が伝わらないし、コミュニケーションがズレてしまうので、僕が決定的な場面を避けていることももちろんある。つまらないことで医師・患者関係が崩れてしまうと、その後の治療が続かないから。こちらも妥協する他はない。

そうこうしているうちに、修理代がどのくらいかかるか彼の方から僕に聞いてきた。さすがに家とはちょっと違うのに気がついたか、あるいは他の患者さんが教えてくれたのかもしれない。だいぶん本人が落ち着いてから、どういうメカニズムでボコボコにしているのか、順を追って説明した。彼が理解したかどうかはわからない。

あと、かっときて他患者を殴ったときは、すぐに強く叱責して相手の人に一緒に謝りにいった。なかなか最初は行こうとしなかったけどね。壁を殴るのと人を殴るのは全く意味が違う。こういう体験が、今後どの程度意味があるのか、その時はわからないと思った。

統合失調症の人の治療との違いは、こんな時にちょっと気を使わないといけないことかもしれない。それに、僕はアスペルガーの治療経験が多くはないので、このような対応が良かったかどうかさえ自信がない。

あと、「におい」に敏感な患者さんもいる。僕は、アスペルガーの人にタバコを吸う人があんがい少ないのは、タバコの臭いを嫌っている人が多いからと思っている。僕が診た中でタバコを吸う人では、統合失調症と誤診され閉鎖病棟に10年くらいいた人がいた。これは次第に慣れていったのと周りが皆吸っていたからと思う。

アスペルガーの聴覚に関する敏感さについて、ある患者さんは「地獄耳」と言った。地獄耳というのは非常に的確なイメージで、まさにその通りだと思う。しかし、精神科医が「それは幻聴ではないのか?」と聴いたため、そういわれればそうかも?と本人は思い始めたのである。つまり、この異常体験には本質的な幻覚のクオリティがやや欠けている。

「幻聴といわれれば幻聴かもしれない」と本人は思っていた。こういう他人事風味が、ちょっと統合失調症のそれと違うと思うのである。