店はシャッターが閉まっていて 


『臨時休業』 の張り紙がしてあった…



「ソンミナ…待ったね、 ごめん…」


暗がりに その顔をのぞき込んだ


「…キュヒョナ…謝るのは僕なのに…」


コツンと 俺の肩に額をのせて ソンミンは もたれかかった…


その肩を抱きしめ 安堵の溜息をひとつつく



「寒かったろ? 車に乗って…」 


「うん…」


二人 車に乗り込んだ


「キュヒョナ…連れてって欲しいとこがある…」


「どこ…? 言って…」


「海…江原道の…道教えるから…」


「…江原道…わかったよ…」


ここからは かなり距離がある


でも ソンミンが行きたいって言うなら 何処へでも…



国道をひたすら走る間 訊きたい事は山ほどあったが


ソンミンが話しだすまで 何も聞くまいと決めていた



「…キュヒョナは いつも何も聞かないんだね…」


ソンミンが ポツリと言った


「聞いたほうがよかった…?」


俺の考えは 間違ってたのか?



「…はじめは 何だか淋しいなって思った…


 聞かれないのは 関心がないのかと思って…


 でも 聞かれないと 逆に話したくなるって 気付いた…」


ソンミンの 囁くような声が 胸をくすぐる


「ソンミナの言いたい事だけ 言ってくれたらいいと思って…」


「優しいね キュヒョナ…」


「優しくなんてない…ただ…君が好きなだけ…」


本音が こぼれた…



「…ハンギョンのお父さんが 病気で倒れたって連絡があって…


 急だったけど ハンギョン中国に帰るって…


 戻ってこれるか分からないって…


 僕のことは愛してるけど 連れてはいけないって…」


ソンミンの横顔を チラッと見た


暗がりで その表情は分からなかった





「…ソンミナ…大丈夫?」


「…苦しくて…


 みんな そうやって 僕を置いて行くんだ…何故…?って…


 でも キュヒョナが 『愛してる』って 電話で言ってくれた時


 声が…キュヒョナの声が 抱きしめてくれるみたいだった


 誰もいなくなっても キュヒョナは…キュヒョナだけは愛してくれる


 キュヒョナが必ずいてくれると思うと 逃げずにいられた


 ありがとう キュヒョナ…」



それが本当なら 何よりもうれしいよ…


ソンミナ… 君を幸せにしたい…


君を幸せにするのが 俺だったら どんなにいいか…




「ハンギョンが もし帰ってこなかったら 店はどうするの?


 放っては行かないだろ?」


常識で考えればそうだろう…俺は尋ねた


「新しい店長が 入るんだ…ハンギョンの知り合いの中国人みたい」


「…そうなんだ…」


「もう帰らないんだろうなって…そう思わない?」


俺は 何も言えなかった


改めて ソンミンを置いて行くハンギョンが恨めしい…そう思った




真夜中の道は すいていて 思いのほか早くに着きそうだった




「そこを入ってくれる…」


細い脇道に入った 


この先に 本当に海があるんだろうか…?


「そこに停めて…」


荒れ地のようなところに 車を停めた


「ここから 少し歩くけど…いい?」


ソンミンの声が 暗いのが気になった


「いいよ…もちろん 」



まだ夜明け前の暗い闇の中 足元もおぼつかない中を


俺は ソンミンの後に付いて歩いた


海の匂いがして


波の音がして


まるで森の中みたいだけど


この先に 海があるんだなと分かる



ソンミンの 歩く速度が 急に落ちる


「ソンミナ…大丈夫?」


俺が尋ねると


「…手を握って…」


そう言って 振り返った


俺は黙ってその手を握った


柔らかい 小さなその手は 氷のように冷たかった



「もうすぐ…見えてくるよ…」


その言葉を聞いたその時 目の前に一面の海が広がった


しかしそこは 予想とは違って 砂浜じゃなかった



「ソンミナ…」 


海に向かって立ち尽くすソンミンに 声を掛けた…



「…ここで 父さんと母さんは死んだんだ…」



海からの風に吹かれて じっと 彼方を見つめるソンミンに


俺は 掛ける言葉を無くしていた…