こんにちは、はじめまして。
キュイと申します。
このブログを書こうと思ったのは
私の決意になります。
私は北海道で生まれ、子供の頃は健康体でしたが
乾燥肌がもとでアトピーになりました。
包帯を巻きながら、幼稚園、小学校と
過ごしてきたそうです。
本人はあまり記憶がなく、両親の気持ちを考えると
悲しかなります。
今でも母は私がアトピーになったことを
自分のせいだと思っています。
当の本人もそれはそれで辛いですが、見ている方がもっと辛いですよね。
みんなと同じようなことができなくて
それを申し訳ないと思っていると思うと
涙があふれます。
でも私の家系でアトピーの人はいません。
私だけです。
これでアトピーは遺伝でないことがわかりますね。
私の幼少期はずっと弱いと言われていた
ステロイド軟膏でした。
かいては塗りかいては塗りを繰り返し
私の人生でアトピーと薬と肌トラブルは
ずっと切り離せないものでした。
というのも北海道で生まれ大自然で育ち
空気もすんで、人も多くなかったため
(それでもアトピーは少々ありましたが)
転勤で小学校3年のときに現在の東京へ引っ越してきて
ストレスやら環境の違いから
肺炎になりほとんど学校へ行けない日々が続きました。
それでも明るくめんどうをみてくれる
両親には一生頭が上がりません。
なんだかんだステロイドの軟膏を
だましだまし使いながら
中学に入り、また環境の変化に悪化を繰り返し
写真はほとんど見たくないほどになりました。
それでも中高一貫に入ったため
高校になれば生活にも慣れ、ほとんどアトピーのことは
忘れていたくらいでした。
(少し悪くなればステロイドでごまかしていました)
大学に入り、新しい生活にそれなりのストレスは
あったものの、私なりに完治したと思っていました。
ただ、去年の就職活動に直面したとき
大爆発しました。
おかしいなと思ったのは3月を過ぎたあたりから。
徐々に赤みをおびていき、かゆみが広がり
気づけばもうステロイドではだませないほどに
なっていました。
そこで新しい治療法を探していたところ
大泉学園で有名な医師の脱ステロイド療法に出会いました。
ステロイドを塗ったぶんだけ時間はかかる。
そう医師は言い、それはそれは過酷な日々が始まりました。
脱ステロイド、脱保湿というのは
基本的にはなにもしない。
なにもしない。それは今まで抑えられていたものが
一気にあふれ包帯ぐるぐる巻きの毎日が始まりました。
大学はなんとか通っていましたが
夏休みはほぼひきこもっていました。
みるみるうちに自分の顔、姿が変わっていく姿を
毎日見続けるのは本当に生き地獄でした。
友達とも遊びに行けず、外に出るのにも気を使い
毎日生きた心地がしませんでした。
かなり省略しますがそんな日々が
10月くらいまで続き、11月の中頃には
今までとは比べ物にならないくらい綺麗になりました。
この絶望の日々はまたあとで詳しくお話しますが
ほとんど記憶がありません。
毎日なにも変わらないからです。
ゆっくりゆっくり、ということなのですが
あの頃は本当に人生が終わったと思っていました。
と、ここまで長々とかきましたが
今に至るまでもう少しあります。
また次回更新します。
このブログを書くことで、一緒に頑張ってる人
誰かのお役に立てればと思います。
もちろん一番は自分の記録のため。
今現在アトピー大爆発中の私ですが
完治させる気でいます。
これで最後にするのです。
なので完治までのブログ、というのを目標に
かいていきたいと思います。
キュイ
