こんにちは。

けんでぃーどです。

 

みなさん、お元気でしょうか。

日本では GW もウィズ・コロナということで、東京・大阪などで緊急事態宣言が出されているようですね。

 

フランスのほうでは、徐々に普通の生活への回帰(retour à la normale)に向けた動きが進んでいるところです。

現在施行中のロックダウンも五月頭までで終わり、月半ばにはレストランなどが一部再開する見込みです。

 

私のほうはといいますと、最近は論文執筆のかたわらイタリア語をかじったりしているのですが、そんななかで改めてフランス語の文法、特に動詞の活用規則について考える機会があったので、覚書きをかねて徒然なるままに書いてまいりたいと思います。

 

タイトルにも書きましたが、フランス語を学習するなかでぶち当たる矛盾のひとつとして、単純過去が単純じゃない問題があります。

 

そしてあまりにも単純でないがゆえに、国内外のフランス語教育では、「現在は一部の書き言葉でしか使われていなくて、あまり見なくなってきているんだけどね」と、ことさらに非有用性を強調したうえで教えられる傾向があるように思います(フランスの語学学校にも通った経験がありますが、やはりきちんと例の枕詞を吐いてから本題に入るのです)。要は、難しいので、このような些末な点で学習者につまずいて欲しくないわけです。

 

そんなに使われないのなら教えなければいいのにと思ったりもしますが、たとえばシャルル・ペローの童話集で『赤ずきんちゃん』(« Le petit Chaperon rouge »)などを読んでみると、ごく普通に使われています。一応童話なので、小さい子どもが自分で読んだり読み聞かせてもらったりするものなのですが…[1]

 

したがって単純過去は、他の時制と比べて相対的に重要度は高くないけれども、それでもやはりある程度知っておいたほうがいい時制と理解するといいのだと思います。そして個人的経験も踏まえると、特に読んで意味が分かるというのが重要なのかなと思います(自分ではほとんど使いません)。

 

ここで問題なのは、なぜそのようなやっかいな時制に単純過去といういかにもミスリーディングな名前がついているのかということです。

 

結論を先に言ってしまえば、これは文法用語と日常的な用語法との乖離からくるものです。一般的な意味で「単純」といえば、「簡単」といった具合の意味になりますが、フランス語の文法用語でいう「単純」というのは、単純時制のことを指し、複合過去などの「複合」時制に対する概念として使われます。

 

「複合」は composé の訳であり、「(複数の要素で)構成された」という意味になります。なるほど複合時制では、avoir や être を助動詞にとったうえで、動詞の過去分詞をもってきます。この助動詞+過去分詞という2要素の結合が複合時制の本質的特徴です。

 

一方の単純時制では、助動詞をとることなく、動詞の活用形がそのままポンと置かれます。これが単純時制の特徴です。ポンと置くといえば簡単に聞こえますが、活用形を逐一覚えていないといけないので、(avoir や être の活用さえ覚えてしまえばあとは各動詞の過去分詞を覚えるだけという)複合時制に比べて難しいのです。

 

この単純時制と複合時制の考え方はフランス語の動詞活用を攻略するうえでかなり有用です(他方でフランス語教育の場ではあまり強調されていない気もします)。というのも、この2つはセットになっており、ある単純時制に対して、それを複合時制に直した時制が必ず存在するからです。この考え方でいくと単純過去のペアは前過去になります(ハイッ、テスト出ません!)。

 

左に単純時制、右にペアとなる複合時制を置いて、以下の通り簡単に表にしてみます。

 

〈直説法〉

現在   複合過去

単純未来 前未来

半過去  大過去

単純過去 前過去

 

〈条件法〉

現在 過去

 

〈接続法〉

現在  過去

半過去 大過去

 

こうして理解すると少しすっきりするかと思います。左に置いた単純時制は残念ながら一から活用を覚える必要があります(規則動詞、助動詞として用いる avoir や être、主要な不規則動詞については唱えて暗記してしまうのもいいですが、その他の不規則動詞については文章を読んでいく中で少しずつ形に馴染んでいくほうが心理的負担が少なくおすすめです)。

 

一方、右に示した複合時制は、ちょうどその左の単純時制から作ることができます。例えば直説法「現在」とペアになる直説法「複合過去」は avoir ないし être の直説法「現在」+過去分詞といったように、ペアとなる単純時制の時制が、そのまま複合時制の助動詞の時制になります。

 

したがってこの単純時制と複合時制の対応関係が頭に入っていれば(あるいは表に書き出して机の前に貼っておけば)、動詞を活用させるときにかなりスムーズにいくはずです。なによりも、左側の単純時制だけ覚えてしまえばよいということが視覚的にクリアになるので、学習のうえでの心理的負担がぐっと減るのではないかと思います。

 

今回のお話は、イタリア語でも同様のことが言えます(イタリア語の場合はフランス語と一致する部分がかなり多いですが、それでも使われる文法用語が少し変わってきます。個々の時制の名前に惑わされないよう、この時制はあの時制の複合形だといった具合に理解するとスッキリします)。また、英語でもそうですね。英語の場合は複合時制という言葉は完了形という用語でほぼ置き換えられていて、より対応関係がクリアになっている印象です(現在>現在完了、過去>過去完了、未来>未来完了)。

 

長くなってきたので、今日はこの辺りにしたいと思います。

いかがだったでしょうか。今回は動詞活用の話ということであまり楽しい話題ではなかったかと思いますが、この面白くないところをいかに(単純に!)切り抜けられるかって学習の持続可能性という面で結構大事だったりします。拙い説明ですが、何かしら役に立てば幸いです。

 

それでは、体調に気をつけてお過ごしくださいマセ。

チャオチャオ。

 


[1] といいつつも、ペローの『童話集』(Histoires ou contes du temps passé, 1697)は、子ども向けのおとぎ話という枠を超えて、古典古代の文学と近代の文学の優劣を問うた17世紀末~18世紀初めの新旧論争という真剣な文学的議論の文脈で捉える必要があるという話を伺ったことがあります。