三年生の津田です。

ブログの投稿は二度目です。

例年通り夏の縦走に行って来たので、その振り返りをさせていただきます。

 

今回の縦走は、室堂から薬師岳や槍ヶ岳などを経由し、西穂高岳を目指すというものでした。実は室堂から槍ヶ岳にかけてはほぼ同じルートの縦走経験があるので、そのあたりのルートでは見覚えや懐かしさを感じる山行になりました。自分の一度目のブログの投稿はその縦走について振り返ったものです。二年越しに同じルートについてブログを書くことになるのは、どこか感慨深いものがあります。

 

その辺の背景はともかく、今回の縦走に話を戻します。今回の縦走で最もこれまでの山行と異なっている点、それはこの縦走が一人での山行だったことです。前々から興味はあったものの、普段の練習を含めてソロ山行の経験はありませんでした。正直なところ、特に安全面への懸念から普通に考えてあまりソロは望ましいようには思われません。いろいろと考えることもあり、準備段階では不安やら期待やらが入り混じっていたように思います。そうして実際に山に入ったわけですが、そこには初めて感じる自由と純粋な愉しさがありました。下山に楽しみを見出すことしかなかった自分が、まさか山を登っていることに愉しさを感じるとは思いませんでした。(一応断っておきますが、部が嫌いというわけではないです。外出が苦手というだけのことです。)

 

うだうだと内的なことを綴ってしまいましたが、ここからは縦走の内容を時系列に辿っていきたいと思います。

 

【〇日目(8/13)】

〇(ゼロ)日目と読んでください。この日は単に富山駅の辺りから室堂に向かい、一の越山荘に行っただけなので行程に含めないことにしました。どうでもいいことですが。本当にそれだけの日だったので、書くことがあるとすれば一の越山荘のことくらいです。初めて山荘に泊まったのですが(素泊まり)、その快適さたるや。次の日からテント泊ができないようになるかと思いました。利用者が少なく、本来複数で利用するはずの部屋を一人で利用できたのも大きかったでしょう。建物と布団、そのありがたみを実感できる機会でした。

 

【一日目(8/14)】

この日は一の越山荘からスゴ乗越小屋まで。この日は一日中濃霧で、数十メートル先の視界はずっと真っ白という状態でした。そのせいか、濃霧の中、五色ヶ原山荘までの木道をひとり歩いている時は特に、周囲の静寂さと同時に孤独感が際立って感じられました。リミナルスペースというやつでしょうか。(山はもともとそんなに人がいませんが。)不気味ながら心地よいその孤独感の中、スゴ乗越小屋に到着。到着時はかなり空いていました。テント泊の受付の際、受付の方も大学生とのことで話しかけてくださったのですが、「バイトで来てるんですよー」という気さくな声掛けに対し、自分は「あっ、なるほど」とかいう意味の分からない返答で会話の糸口を断ち切ってしまいました。後々思い返すと残念な気分になります。その後はひとり夕食を食べて就寝…といつもの流れなのですが、夕食を準備している時にガスバーナーに触れてしまい、小さな火傷をしてしまいました。火傷。一昨年の縦走でもスゴ乗越小屋のテント場で火傷をしたことを思い出しました。なかなかの偶然。いや、必然かもしれない。そのほうが面白い。懐かしい痛みと共にこの日は終了。

 

【二日目(8/15)】

この日は雲ノ平山荘のテント場まで…行きたかったのですが、入山前に予約をとれなかったのでしぶしぶ手前の太郎平小屋をこの日の目的地に設定。この日はとてもよかったです。間山から北薬師岳までの稜線歩きをしているときは特に大きな開放感があり、私は自由でした(?)。とても自分好みの縦走路という感じで印象に残るもので、これを超える体験はこれまでもこれからもなかなかないと思います。とはいえ、本来より短い行程になったため、到着もかなり早く(09:40頃)、早いうちから暇になってしまったのはこの日の大きなマイナスポイントです。地図を開く。眺める。閉じる。時計を見る。地図を……。夜の不眠につながるから過度の昼寝はできない。暇だとやたらと腹は減るものの食料の配分があるからむやみに食料には手を付けられない。その安全上の懸念もさることながら、極度の退屈さもまた、一人で山行をすることの大きなデメリットと言えるでしょう。午後にはテント数も多く賑やかなテント場になっていたので、適当に近くの方々と会話でもできればまた違うのでしょうが、「あっ、なるほど」とかいう返答をするような奴にそれはハードルが高すぎるのです。結局早めに寝ようとしましたが寝つきも悪く、この日は長い長い一日でした。

 

【三日目(8/16)】

元の予定ではこの日には槍ヶ岳山荘に到着する予定でしたが、前述のとおり計画が変わってしまっているため、この日は双六小屋まで。天気も悪くはなく、薬師沢から雲ノ平までの急登を除けば悪路でもないという日だったのですが、この日はつらかった。雲ノ平を過ぎた辺りから足取りが重くなり、視線につられてだんだんと気持ちも下向きに。この日に初めて一昨年のルートとは少し違う初見のルートを歩いていたこともあり、不安感が大きくなりました。次第に大きさを増していた「適当に切り上げて帰ってしまえよ」という(内なる)声と闘っているうちになんとか双六小屋に到着。三日目ということもあり、いよいよ帰りたくなってきました。到着も14:10頃と昨日よりは遅く、テントを設営し、夕食を食べ、葛藤する(『帰りたい』/『さすがにそれは許されない』)うちに就寝時刻となりました。

 

【四日目(8/17)】

この日は北穂高小屋まで。本来の計画では穂高岳山荘に着きたかったのですが…。05:00頃に出発しましたが、朝のうちは霧が濃いうえに風が強かったです。とても帰りたくなった。結局出発し、どうせ歩いていれば体温が上がるから、と半袖で頑張って(意地を張って)いたものの…。肌寒いどころの話ではなかったです。腕がしもやけのように真っ赤になってしまいましたが、天候は次第に回復、千丈沢乗越に着くころには霧はある程度晴れました。長い長い上り坂の後、槍ヶ岳山荘に到着。08:00頃でした。このころには晴れていて、槍の山頂はさぞいい眺めだった…のかもしれません。面倒だったので槍はスキップしてしまいました。(そもそもこの日は、本来の計画ではここからのスタートだったので、あまり時間に余裕がないと考えていたというのも大きいですが。)ここで、槍ヶ岳という大きな区切りの地点に着いたことで、内面の変容が。「長い目で見れば、山を歩いているからといって”登山”中ではなく、山に入った時点から”下山”中といえる。なんだかんだと槍まで着いてしまったので、予定していた行程くらいは完了させて帰るとしよう。」と、こういうわけです。山行に対するネガティヴな自分の考え方をより高次でポジティブな方向性へと昇華させたといってよいでしょう(バカ)。さてこの後は中岳、南岳と順に南へ進んでいったわけですが、この辺りもよかった。森林限界よりも上の開けた岩稜というのはやはりいい。開放感があります。そして大キレットへ。「なんかしばらく下ってるな…。」と思っているうちにかなり危ない地帯に入っていたという感じでした。特に長谷川ピークの周辺はやはり危ない。というか、高い。幾度かヒヤッとしたような、しなかったような…。縦走用の荷物を抱えているうえに一人なので、怖かったのは確かで強烈な体験ではあったのですが、あまり覚えていないのが正直なところです。人慣れした雷鳥(逃げないどころか、ヒトの存在をほとんど意に介さず、むしろ近づいてきた)に道をふさがれつつ、13:00前には北穂高小屋に到着。あまり時間の心配をする必要はなかったようです。槍ヶ岳…山頂を踏んでおくべきだったか。北穂高のテント場はスカスカでした。自分を含め三、四張ほどしかなく、この日の午後は静かで快適でした。夕方ごろに、北穂高の山荘からテント場までの道で警察の方々(三人)とすれ違った直後、聞こえた会話。「ロープが見つからないんですよねー。証拠隠滅かな?」。不穏、夕食、就寝。

 

【五日目(8/18)】

この日は晴れていて強い風もなくコンディションは良好、行程もジャンダルムを筆頭に危険な奥穂高岳〜西穂高岳間という、刺激的でいい一日だったように感じます。なにより、最終日です。下山日です。やったぜ。ウキウキで行動を開始しましたが、出発してすぐの涸沢岳周辺の道のりが思っていた何倍も高度感があって危ないものだったことで、すぐにウキウキは恐怖のドキドキに。正直、ジャンダルム周辺以外は普通に歩ける道だと思っていました。無事なんとか穂高岳山荘に到着し、奥穂高岳へ。奥穂高岳を過ぎるとまたすぐに危険そうな道に。特にジャンダルム直下など何か所かは道も分かりにくく、苦戦しつつも進んでいると、部の別の縦走隊の三人に追いつきました。目的地もほぼ同じで一緒に行ってもよかった(というか安全上はその方が望ましいのかもしれませんが…)のですが、どうせなら最後まで一人で行こう、と謎の意地から軽く言葉を交わしてからすぐに追い越してしまいました。さすがに一言挨拶でもしておくか…と間ノ岳手前のピークで待つことにしたのですが、思ったより差が開いており、なかなか来ないので出発。ごめんよ。ときたまヒヤッとしつつ西穂高岳に到着。その後はだんだんと道も歩きやすくなり、人も増えてきます。正午ごろに、西穂山荘を通過。より軽装の人たちともすれ違うようになる。ロープウェイ駅に到着。ここまで来ればほとんど下界。当然、”普通”の恰好をした観光客もいます。人の数が増えて賑やかになり、少し前までと違って自分が”異質”な存在になる。行程の最終盤の段階的な「山」から「下界」への環境の変化には、いつも山行の終わりを感じさせられます。そのときの妙?な寂しさが自分は好きです。その後ロープウェイに乗車し、縦走が終了。

 

これにて行程の振り返りは終わりです。

 

縦走の途中、何度か「帰りてえなあ」という意識が薄れたり、消えたりしました。冒頭にも書きましたが、この縦走には自由と愉しさがありました。自分にしかわからないことですが、自分がこう感じられたことはすごいことです。一人だったこと、刺激的で開放感のあるルートだったこと、この二つが主な要因でしょうか。とてもいい山々でのいい縦走でした。

 

間違いなくこれまでの人生で一番強烈で印象に残る、鮮烈な体験でした。これだけの規模の縦走をすること(しかも一人で)はもうないと言っていいように思います。こうした体験ができたことを嬉しく思います。

 

だらだらと書くうちに長くなってしまいました。

それでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。