私は先日の「母の日参観」で、既にがっつり母の日を満喫させてもらいましたが・・・
私自身から実母・義母に「母の日」に感謝の気持ちを伝えたのは、もう何年も前で終了しました。
実母に「ありがとう」って伝えたい気持ちはあるけれど、自分が自称ACと気付いてしまってから、実母の存在自体が疎ましく思えてきた。
サイテーな娘だ。
私も幼かった頃保育園や小学校で、きっと今回私がプレゼントを貰ったのと同じように、「母の日」のプレゼントを作ったり母の似顔絵を描いたりしたんだろうな。
全く記憶にないけれど。
それをプレゼントした時、実母はどう思ったのかな?
私はその時、素直に感謝の気持ちを持って母に伝えたんだろうか?
園・学校行事として、義務的に感謝を伝えただけなんだろうか?
私は両親にとってどんな子どもだった?
かわいかった?
それともただただ疎ましい存在だった??
所用で実家と電話連絡をすると、実母は今でも必ず実父に対する愚痴を延々言い続ける。
はけ口が私しかないのは十分承知してる。
私は成人してから、実母をモラ父から救うべく色々手を尽くした。
「実父が嫌なら、モラに耐えられないなら、その家を出ておいで。
母一人くらい、私が働いたら養える。
だから、その家を出て実父と離婚して。」
何度も言った。
だけど、その都度世間体やら地元を離れられないという事を理由にして、私の思いに応えてくれる事はなかった。
もう、モラの呪縛から離れられないんだろう。
実母の場合、単にモラ父に対する共依存というだけでなく、どちらかといえば実父と対等にいがみ合っているんだけどね・・・
愚痴を言う実母は、悲劇のヒロインに酔いしれているとしか思えない。
今、自称ACに酔っている私と同じように。
実家のモラは、30年以上前から日々同じことの繰り返し。
私に出来る事は、もう何もないよ。
実母の話を「ふーん」って、話を聞く事は出来ても、もう救う事は出来ない。
本当は、実母の愚痴を聞くのもイヤ。
「私には私の生活があるんだ!」って割り切る事が出来ないのはまだ私の弱い部分であり、私自身が実母に共依存しているからなのかもしれない。
心から親に感謝できる日、この先私にやってくるのかな?
こんな事を考えるのは私くらい??
酷い人間だな。