漢字で書けば街歩きなんですが、
あえて平仮名で表記してみました

今日は、実母の職場仲間だった素敵なマダムお二人から召集がかかり、
お母さんのようなお二人と一緒にランチをいただいてきました

待ち合わせは学士会館

昭和の建物はカッコイイです

色味もデザインも本当にお洒落で上品です

...野球も、です

お料理は、ランチコースをお魚でオーダー

前菜・桜海老のサラダ
メイン・スズキのポワレ バターソース
デザート・カスタードプリン
コーヒー
お料理の写真は...とてもとても撮れるような雰囲気ではなかったので、
ひたすら上品に美味しくいただきました

お母さんのようなお二人の勤務先は学士会館からすぐのところで、
時間に余裕があるからって、場所を変えて大人の女子会がスタートしました

話題は母のこと...
母は向日葵のような人だったので、母の知人の皆さんの心の中には、
いつもキラキラとニコニコと笑っている母の姿が残っているそうで...
そんな母ですから、最期の入院の時には、
お見舞いにいらして下さるという方がたくさん連絡を下さいました

でも...向日葵ではなくなってしまった母に会っていただくのは、
何か、母の気持ちに背いてしまうような気がして、
お見舞いをお断りしていました

ICUから一般病棟に移れた頃...もうこれは最期を意味するものだったので、
私も意を決して、本当に仲良くしていただいた方のみお声かけしました...
でも、お別れに来ていただく予定だった日の前日に、
母は空に飛び立ってしまいました

お母様方はこの事を、◯◯さんらしいわって言って下さいます

ある日突然倒れて入院してしまうまでの間、
会社の組織編成に合わせて仕事を片付けていたこともありますが、
自分の仕事の持ち分を少しずつ周りの皆さんに分担してもらい、
身辺整理みたいな事を、母は進めていたようです...
倒れる前日には会社のパーティーに出席し、
普段あまりお話ししないような方々が代わる代わる母の席近くにやってきて、
たくさんの方々とお話ししては、向日葵のように笑っていたそうです...
今思えば、まるで全て分かっていて、
そのために少しずつ準備を進めていたかのようで、
そう考えると全て辻褄が合う様にも思えるし、
美しく散るためには、散り際を誰にも見られたくなかったのかもしれないねと、
お母様方が私に話してくれました

確かにその通りで、母の最期は...母は苦しんで苦しんで亡くなりました...
最期は私が誰なのかも分からない状態だったので私も辛かったけれど、
息を引き取った後の母の表情はとても穏やかで綺麗でした





6年経ちます...
思い出すとまだ涙が溢れます...
私を気遣って下さる優しいお母様方に、感謝の気持ちでいっぱいです

こんな機会でもないと都心に出てこなくなってしまった私...
たまには街歩きしなさいって、母からのメッセージだったのかもしれません

帰りは御茶ノ水まで歩いちゃいました

若い頃はこの界隈をよく闊歩したので、いっぺんにリフレッシュ出来ました

やっぱり、母からのメッセージだったんですね

なんだか元気が湧いてきました



















