今日1月19日は先日亡くなった母の本当の四十九日...

この日は祖父の命日でもあり、昨日1月18日は父の命日でした。

示し合わせたような日取り...もしかしたら、なにか意味があるのかしら?



お仕事終了後、母達が眠る墓所にお参りに行ってきました。



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母には、仏花ではなく華やかで鮮やかな献花を手向けました。



母と仲良しだったお仲間の皆さんも墓参して下さったようで、お花がいっぱい飾られていました。



今日は、また悲しいニュースが私のもとに届いたんです。

幼稚園から高校まで、同じ時間を一緒に過ごした幼なじみが...亡くなっていたんです。

知らされた時はものすごいショックで、何を聞いているのか分からなくなるほどでした。

男女間の友情は成立しないと世の中では言われていますが、

彼と私は性別を超えた友情で繋がっていました。



中学や高校の頃は「つきあってるんでしょ?」とよく冷かされましたが、全然そんなんじゃなく、

兄弟みたいな、もしくはソウルメイトのような、良いことも悪いことも一緒なふたりでした。



そのせいか、10歳年下の彼の奥さんは、いつも私を意識して気にしていたみたいで、

今回のことも私には知らせてくれなくて...母の友人から、今日知らされました。



1月4日に突然亡くなったそうです...予期せぬ突然死は、家族にとって大きなショックだったでしょう。

私も母の死を受け止め、ママ仲間の死を受け止め...今度は幼なじみの死を受け止め...

大事な人に会えなくなってしまうことの悲しみに、心が切り裂かれていくような思いでいます。



母に話していなかったこと、友達に伝えていなかったこと、幼なじみと語り合いたかったこと...

まだいっぱいあったのに、もう届けられません...私、なんで黙っていたんだろう。



もっといっぱい迷惑かけて、心配してもらえばよかった...だってもう心配してもらえないんだもの。

もっと一緒に泣いたり笑ったり美味しいもの食べたりしたかったのに、もう会えないんだもの。



今日は人恋しくて、誰かに会いたかったけれど...

誰もいないお墓で、祖父と祖母と父と母にたくさん話しかけて、大きな声を出してワンワン泣いて、

ひどい顔をしたまま、幼い頃を過ごした上野の町を闊歩してきました。



生まれ育った家の跡は小料理屋さんになっていて、隣近所の家々も様変わりして、

大きな商店街だと思っていた町並みは、ほんの小さな路地だったことに気づき、

よく遊んだ公園にも最新の遊具が並んでいて、小学校があった場所には病院が建っていました。



ほとんど地上げにあったようにビルが建ち並ぶ中、昭和のままの姿を残す家並みもチラホラ。

子どもの頃のままのタバコ屋さん、理髪店、魚屋さん...跡を継いだ友人の家々です。



そして、今はもうおじさんもおばさんも亡くなってしまって誰も住んでいない幼なじみの家の前に立ち、

懐かしい『〇〇時計店』の看板を見上げ、静かに合掌してきました。



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北の玄関、上野駅...エキナカはとても便利になったけれど、この風貌は変わらずにあってほしいです。



今日は、母が私を上野に呼んだのかな。



今まで溜め込んでいたけれど、今日はいっぱいいっぱい本気で泣きました。

だけど立ち止まってはいられないから、向かい風に煽られても、顔を上げて前進していかなくっちゃ。



泣きたい時こそ笑おう...そんな風に思っているけれど、どこまで前進していけるかな。