blogのお休み中に、メッセージやメールを送って下さった皆さま、ありがとうございました。

コメントもペタも閉じていたのに、皆さまの優しくて温かなお心づかいにとても励まされました。



ネタがない...なんて言ってお休みしていましたが、

ネタがないのではなく、笑顔のblogが書けなくて、それでお休みしていました。



11月18日に私の実母が右顔面の麻痺を訴え、救急車にて病院に緊急搬送されました。

そのときの診断は「脳幹出血」でした。

直ちに命に関わる重篤な状態ということでICUにて徹底管理され、医師からは辛い宣告を受けました。



一昨日、ようやくICUから一般病棟に移りましたが、これは最期を意味するものでした。



入院当初は顔面や左脚に麻痺を残しつつも、表情も明るく会話が成立していました。

嚥下障害を考慮し入院してからは食事も出来ず、日に日に点滴やその他のチューブの数が増え、

意識障害が現れると昏睡状態や錯乱状態に陥ったり、私が誰かも分からない時もありました。



母は若い頃に大病し、大量の輸血を経験していました...そのためC型肝炎のキャリアとなり、

毎年の健康診断で、いつか肝炎を発症し肝がんや肝硬変に移行してゆくと告げられていました。

5年前に肝炎が肝硬変に、そして肝がんに移行し、手術後に「あと5年」と余命宣告を受けていました。



今回の脳幹出血も肝硬変の末期に生ずる肝性脳症の一環だったのかもしれません。



一生懸命生きてきた母が寂しい最期を迎えたのは昨晩のことです。

昼間見舞った時、黄疸の症状が進み前日よりも肌の色が濃く、とても嫌な印象を受けました。

担当医に呼ばれ「お母さんはこの2週間驚くほど頑張ってこられましたが、もう限界を超えています」

...と...「肝硬変の末期症状で、肝臓が全く機能していない肝不全です」と告げられました。



覚悟はしていたものの、その時を迎えるのは酷く寂しく辛く悲しく、

未だかつて経験したことのない恐ろしい喪失感に襲われました。



魂の抜けた身体はすぐに冷たくなってしまって...冷たくなった母に触れることが切なくて...

自分が見つめている現実を受け止めることで自分も冷たくなってゆく気がして...

何にもない無の世界にほおり出された気分でした。



第1王子と第2王子を出産した病院で迎えた母の最期...生と死は本当に隣り合わせです。



母はいつも前向きで笑顔を絶やさない『ひまわり』のような人でした。

母親なのに娘みたいな眩しさに、反発することの多かった私です。



もう、母には何もお返し出来るものがないけれど、お別れのときには明るい笑顔で見送りたいです。



母が蒔いた、たくさんの優しさの種...

いつかまた『ひまわり』みたいな笑顔の花が、季節を問わずあちこちにたくさん咲きますように。



受験、地震、トリプル入学、第1王子の入院、母との別れ...何だか大変な2011年でした。



しばらくは笑えないかもしれない...

だけど、また笑顔のblogが書けるようになったら、皆さんどうかお付き合い下さいね。



ありがとう。