早3ヶ月。
昨日、Cさんを偲ぶ会が開催された。
未完の脚本のリーディング、舞台映像などを織り交ぜ、皆でCさんを懐かしんだ。
でも。
不謹慎だけど。
私は懐かしむ気持ちにはなれなかった。正直。
私の心情に一番近い言葉を選ぶとこれなのだ。
まだ、偲ぶ気になれないだけ。
偲ぼうとすればするほど、悲しい気持ちが呼び覚まされる。
判ってる。
この会が必要な人たちがいる。
Cさんのことを忘れたくないから、繰り返し思い出して。
絶対忘れないように焼き付けたい人たちがいる。
悲しみばかりじゃ先に進めないから、笑って思い出を語りたい人がいる。
その人たちの為に、出来ることはした、つもり。
自分の思いはひとまず奥底にしまいこんで。
未完の脚本のリーディングは、見ていて強烈に切なくなった。
Cさんらしいロジックの塊。
この続きがどうしても見たい。
どんな話を紡ぎ出そうとしていたのか知りたい。
喉の奥底で、つい「この先どうなるんです?」と、問いたくなる。
Cさんがまだその辺にいる感覚。
油断してると、ふと目の前に出てきそうな、感覚。
つい問いかけたくなる。
でも、その答えは返ってこないことも判ってる。
行き場を失った言葉が、私の中でぐるぐると回り続ける。
第3部の飲み会の席で、形見わけでCさんの普段着ていた衣服をもらった。
ちょっと大きめだから十分着られる。
でも、当分壁の飾りになるかも。
まだその辺にいそうだから、着て歩いたら、いたずらされそう。
ホント、困った人ですから。
リーディングの仕込みの時にも、いたずらされたと思う。
吊りこんだ照明が2台付かず、調べたらどっちも電球ゆるみ。
ありえないって。
絶対、やらかしたでしょ。
渡しそびれていた写真、昨日ようやくFちゃんに渡した。
多分新年会の写真。
カメラ目線でCさんが軽く微笑んでる写真。
改めて見たら、やっぱり泣けてきた。
・・・やっぱり、偲ぶ気にはならないなあ。当分。
理性では十二分に判ってるんだけど。
貴方と一緒にやりたいことが、たくさん、たくさんあるんです。