「信念を曲げる勇気が出ない」
先日、とある知人からのメールにあった言葉。
メールの経緯はここでは詳細割愛。
この、勇気、という言葉が引っかかって離れなかった。
勇気がないのではなく、勇気ありすぎなんじゃかろうか。
曲げまいと勇気を振り絞ってるのではないかなあ。
漠然と、そう感じた。
多分、知人の内側には、本当はこの信念を曲げたい欲求があって。
他人には想像出来ないくらい、強いものが。
だから信念にしなければいけなかった訳で。
想像するに、言葉とは真逆の状態。
そこまで自らを律し、欲求に抗い続けてる知人に、尊敬の念を覚えた。
でも、これは苦行も同然じゃなかろうか。
人間の欲求って、そう簡単には消えることはないから。
これからも、自分の欲求にずうっと抗い続けることになるんだよなあ。
辛いんじゃないのかなあ・・・。
ま、これは私の単なる想像であって、ホントのことは、判らないけど。
その知人には、メールで返信する時に、一言添えておいた。
「もっと緩~く生きましょうよ」
そのあと、自らを省みてみた。
私には、知人みたいに何か信念はあるんだろうか。
そこまで、強い思いがあるんだろうか。
・・・多分、ない。(^^;)
自らの信念を押し通すより、他人の信念に押し通される方が多いな。
確実に。
・・・弱。
あ、一つ曲げたくないもの、あるじゃんか。
「演劇を続けていくこと」。