最近、母絡みの話を随分聞くようになった。そこで、普段ぼんやりと考えていたことを、ここに書きとめておこうと思う。結構真面目な内容。ご了承下さいませ。
先日、私の母の誕生日だった。
3月3日。ひなまつりの日。
ある意味、女性としては願ったり適ったりの日に生まれているんだろうな、と思う。
ささやかながら誕生日のプレゼントを送って、翌日電話をした。
直径30センチくらいの、ちょっと腰のある素材のクッション。少しは座って休んで、というつもりで買って送ったのだけど。
母「あれどうやって使うの?」
私「は?」
母「いや、見た目何だかわからなくて」
私「いや、クッションなんだけど。」
母「あ~そうかあ。そうじゃないかとは思ったんだけどさ。やっぱりそうか。」
私「ほかに何があるっていうんだよ?」
母「そりゃそうなんだけどね~」
というピンボケ会話。いつものこと。判らん振りして会話にしてしまう。
話好きな母はとにかく長電話。実家に戻ったときにも「5分だけ付き合え」と言って、結局は30分以上も色んな話をする。近所の人の話、お花の話(一応華道の先生)、昔の出来事の話、孫とか家族の話・・・。
その中で、ちょっとザワつく話もある。
『あと少しで、母の亡くなった年に追いつくよ』
・・・私から見れば祖母、私の母の母親。
母はずっと「自分は母の年齢を越せない」と言っていた。こんなことを考える人、結構いるようで、俳優の中井貴一も、自分の父の年齢を超えられないと思い込んでいたらしい。母も祖母が亡くなってから、ずっとその話をしていた。
『私は母が亡くなった歳までは生きられない。ぽっくり逝くから』と。
私はその話を聞くのがすごくいやだった。どうして死という重いことを軽々しく口にするんだろう?誰も貴方にいなくなって欲しくはないのに、どうして自分からそんなことを言うんだ?
いつもその話をする度、「頼むからやめてくれ」って言っていた。
最近思っているのは、母はもしかしたら予行演習をしてきたんじゃなかろうか、ってこと。
自分の母(祖母)が亡くなったとき、母はとても辛かったと思う。子供には、少しでも辛い思いをさせたくないって思うだろう。だから自分がいなくなることをずっと口にしてきたんじゃないだろうか。そのことを具体的に考えさせる為に。本当にそうなる前に、予感を感じるよりずっと前に、何回も何回も。多分、無意識のうちに。
ならば私が出来ることは。
『その事実をあるがままに受け入れること』
なんだろう。
辛いと思うのは、どこかでその事実を受け入れたくなくて抵抗するから。
思いを拭い去ろうとし続けるのは、見ることでまた辛くなるから。
そして受け入れられないことを認めてしまうから。自分が弱いことを肯定してしまうから。
母も今年の誕生日で70になった。祖母が亡くなった歳まで確かあと数年。
相変わらず家の中、華道、庭の木々、観葉植物、猫4匹、父と孫の世話に明け暮れてるけど。
決して体の問題がないわけじゃない。それを目の当たりにする度に感じる。
この存在を失う日はいつかくる。
だからその時までに。
寂しいとか悲しいとか辛いとか、言ってられない。勿論そういう感情はあるけど、それもひっくるめて。
目の前にくる事実を、感情を、受け入れる準備をしておこう。そう決めた。
多分、それが今の私に出来る親孝行の一つなんだと思う。
それから。私は明らかに母似だってこと、受け入れようと思う。
前はそれが嫌で嫌で仕方がなかったんだが。
貴方の息子であることに、初めて感謝してる。