ある夏の日のこと。
汗が止まらなかった。
こめかみから、鼻の頭から、額から。
次々浮かんでは伝うしずくを、
ハンドタオルで押さえた。
太陽が照りつけるわけでもなく、
雲の間から時折日差しが突き刺してくる。
気温が下がることはないし、
風もない。
まるで天然サウナの中で立っているようだった。
ここで、3時間。
立ち続けなければならない。
今日の仕事はそれで給料がもらえるわけだし、
その給料がなければあたしは生活できない。
生きていけない。
不審そうな視線を投げつけながら、
通りを人々が歩いて行く。
夏休みだからだろうか、孫をつれた老婆。
友達と待ち合わせをしている女の子たちは、
タンクトップとショートパンツ。
自転車で通り過ぎる主婦たち。
あたしは黒いスーツに身を包んで、ここに立つだけ。
存在感を示すでもなく、消すでもなく。
ひとりの主婦が、こちらを見ているのに気づいた。
なんだろう。
なにをしているのか問いただされるだろうか。
あたしは視線をそらして、気付かないふりをした。
やがてその人も、いなくなった。
「ねぇ」
突然話しかけられて、振り返る。
さっきの主婦が、ミニペットボトルをこちらに差し出していた。
お茶のペットボトルは、温度差であたしに負けじと汗をかいている。
「暑いから、ね」
無愛想な表情のまま、彼女はそう言った。
あたしはさっきよりも驚いた。
さっきまで、立っているだけで迷惑だというような顔をしていた彼女。
今は、優しい表情をしてこちらにお茶を差し出してくれる。
「いえ、仕事ですから…」
決まり事のようなセリフが出た。
でも、気持ちは違う。
「ありがとうございます、でも、本当にお気持ちだけ、いただきます」
そう笑顔で言ったら、納得した様子で帰って行った。
その後も立ちながら…
思い出したら、目頭が熱くなった。
自分の仕事を、見ていてくれる人がいること。
なんて嬉しいことだろうと。
お茶なんて飲まなくても、
力が湧いてきた。