中江藤樹(なかえとうじゅ)は,近江の国(いまの滋賀県)の人です。
「近江聖人」(おうみせいじん)と呼ばれます。日本で「聖人」と呼ばれる人は,めずらしいそうです。江戸時代の最初の頃の人です。
日本における陽明学(ようめいがく)の開祖と言われることがあります。ただし,朱子学でも正しいことは正しいと言っています。藤樹の立場は「心学」といえるでしょう。
とにかく立派な人で,庶民から慕われ,中江藤樹が立派な人だというエピソードは現代にも伝わり,教科書にも載っていました。
9歳の時,祖父の養子になり,近江から米子へ,後に愛媛県の大洲へ移ります。大洲は伊予の小京都と呼ばれる所でテレビドラマ「おはなはん」の舞台でもあります。
11歳の時,『大学』を読んで感銘しました。『大学』には,学ぶことでどんな身分の人でも聖人になれると書かれていました。藤樹の一生は,このことを目指しました。師匠に当たる学者が大洲にはいなかったので,自分で『四書大全』を求めて,『大学』『論語』『孟子』の順に独学しました。はじめは朱子学に傾倒しました。
中江藤樹の人生を3期に分けると,このころが思想を追い求めた第1期になります。
第2期が,挫折を経験し,ヒューマニストとなる時期。
母に孝養を尽くさんがために,大洲藩を脱藩していますね。
近江に帰って,師弟や庶民の教育に力を注いだ時期でもあります。
学問的には,朱子の格法主義に疑問を抱き,『論語』について新しい見方をするようになります。
「愛敬」の語をよく使うようになります。「愛敬」は『孝経』に書かれていることばです。
主著である『翁問答』もこの頃に書かれたようです。
『翁問答』は,聖人と弟子の問答形式で,生き方や学問についての様々なQ&Aが書かれています。全部学ぶのは大変だから,まずは『易
経』を学ぶと良いなど具体的です。
『翁問答』の要点は,
①「孝」は「愛敬」に帰着する
②学問は聖賢の心(四書五経)を鑑としてわが心を正すこと。
③「権」は聖人の心の自由はつらつとした働きであり,「経」も「礼法」もじつは「権」の一部。
④初学者も「権」を目指して良い。
⑤「儒道」は人間の理想を目指す。「士道」と親和性が高い
などのことです。
第3期が,さらに聖人を目指し,人間普遍の道を歩もうとし,主体的な行動をするようになる時期です。
藤樹晩年の「心学」は「格物致知」によって「誠意(意を誠にする)」を行い,「致良知」を実現する学とされています。(けっして「知行合一」を説いているのではないのです。もっと,「唯心論」的なもののようです。だから,単純に「陽明学」というわけではない)
私は,川越の梶浦真先生から中江藤樹の教えについてお話を聞くことができ,自分なりに上記のようにまとめました。以上は,渡部武著「人と思想 中江藤樹」からの受け売りです。