今日、心に感じた思いを、忘れたくないから、ここに書く。

 

 

今日ね、2年半ぶりに中学校で英語の授業をしました。

 

もうさ、めっちゃ楽しかったの!!

 

子どもとやりとりをする空間、

 

35人がそれぞれ見せる全く違う反応、表情。

 

授業は、生もの。

 

生きている。

 

そこにさ、人を感じて、生命を感じるから、エネルギーをもらうのです。

 

 

 

 

自分の心は何を感じているか?

 

よりも、

 

まわりの人に怒られないか?悪い奴だと評価されないか?を基準に生きている大人とは違う。

 

でも、自分の心よりも先生の評価、親の評価を優先して生きることがちょっとずつ癖になりつつある年頃でもある。

 

そんな自分の本音とマスクをかぶった自分が見え隠れしていました。

 

 

 

今日授業をした生徒は、ザ・中2だった。

 

反応がいい子もいれば、無反応の子もいた。

 

目を見て話しを聞いてくれる子もいれば、まったくこちらを見ずに読書している子もいた。

 

背筋を伸ばして聞いてくれる子もいれば、肘をついてしまう子、顔を伏せてしまう子もいた。

 

この先生おもしろそう!と目をキラキラ輝かせてくれる子もいれば、「誰こいつ?」的な目を向けてくる子もいた。

 

 

子どもは素直です。

 

自分にとって興味があれば、そういう態度で聞くし、

 

つまらなければ、そういう顔をする。

 

 

大人のように、つまらなくてもまるでおもしろそうに聞く術や、大して興味ないのに話を合わせるということを知らない。

 

そして、今の私はそれでいいと思うのです。

 

(以前の私だったら、「私の話を聞け、コノヤロ~」的な態度をとっていたでしょう。)

 

そもそも、私のことを全く知らないのに、50分も私と一緒に授業を受けたということだけでも、これは本当にすごいことなのです。とてもやさしい子たちです。

 

 

 

中米で活動していた時、私の話を聞く人の態度は、日本の常識からしたら、あり得ないものでした。

 

遅刻してくるのに謝らない(1時間とか)

 

人の話を聞かない

 

おしゃべりしてうるさい

 

話している人の前でケータイ

 

終わっていないのに勝手に帰る

 

など。

(これ、大人の教員の話ね。)

 

 

でも、楽しむときには全力で楽しみ、

 

感謝する時は、心から感謝できる。

 

心に嘘をつかないのです。

 

心に感じた思いをそのまま表現するのです。

 

 

そして、私はそれが人間らしいと思いましたし、そんな風に生きられる彼らがうらやましいと思いました。

 

 

 

そんな生き方を知った後で、疑問がわいたのです。

 

 

日本人って、なんのためにそんなに我慢しているの??

 

 

学校でも、

 

仕事でも、

 

家庭でも、

 

人間関係でも、

 

 

日本人はたくさんの我慢をしていますよね。

 

自分の心に沸く感情は、リアル。

 

それに嘘をつくことなんて、本当はできないんです。

 

 

それを認めてあげること、受け止めてあげること、

 

それが、子どもと関わるときの最初の土台になるんじゃないかなぁと思うようになりました。

 

 

 

 

今日は、いろんなタイプの中学生をみました。

 

やっぱり人間っておもしろい。

 

一人一人、その中に何を秘めているの?

 

どんな未来を描いていくの?

 

私には、まったく想像できないけれど、そこに十人十色の無限の未来が広がっていることは確かなのです。

 

それを、思うと、自然と笑みがこぼれるのでした。

 

 

 

今日は、一日中ニコニコしていました。