僕は推理小説が大好きである。海外では、クリスティー、クイーン、カー、ポー、ドイル、アシモフ、ルルー…、ガードナーなど。

日本語の訳は難しい。特にクリスティーの日本語訳を巡っては、誤訳が指摘され、その誤訳指摘本の誤訳も指摘されたりしている。

そこで、試しに、アガサ・クリスティー【そして誰もいなくなった】の日本語訳にチャレンジしてみようという壮大な計画を立てた。誤りがあれば、ぜひぜひ指摘してほしい。

 

なお、元本は、講談社RUBY BOOKであり、難しい語句に日本語のルビがふってあり、辞書を引かなくても速読できるという本である。

日本語訳は、早川書房のハヤカワ・ミステリ文庫(清水俊二訳=旧訳と称す)と早川書房のクリスティー文庫(青木久惠訳=新訳と称す)の二冊で、それぞれがベースとする版が異なるから、訳に相違がでて当然の部分もある。根本的な相違は、旧訳はインディアン島版であり、新訳は兵隊島版であることである。

参考文献は、「明るい館の秘密」(若島正さん)、ブログ「カンガルーは荒野を夢見る」(アスランさん)、ブログ「海外クラシック・ミステリ探訪記」(S・フチガミの読書備忘録)である。

 

AND THEN THERE WERE NONE

 

【原文】Ⅰ In the corner of a first-class smoking carriage,Mr.Justice Wargrave,lately retired from the bench ,puffed at a ciger and ran an interested eye through the political news in the Times.

 

【ルビ】smoking carriage(喫煙車)、Justice(判事)、lately retired(近ごろ隠退する)、the bench(法廷)、puffed(くゆらす)、the Times(ロンドンの日刊紙)

 

【検討】①最初の一行から難しい。In the cornerを何と訳すか?直訳すれば「一等喫煙車の隅で」となるが、「隅の席で」のほうがわかりやすいが、「隅で」と「隅の席で」はどう違うか。前者は単に列車の隅だが、後者では「隅の座席に座って」と読める。

②Mr.Justice Wargrave,lately retired from the benchは、英語表現では「ウォーグレイヴ判事は、最近法廷から隠退したのだが、…」という順番だが、日本語に翻訳すると「最近、法廷から隠退したウォーグレイヴ判事は、…」のほうが読みやすい。「法廷から隠退」はわかりにくく、法廷に立たなくなった意味であれば、「現職から引退」(旧訳)または「公職を退いた」(新訳)のほうがわかりやすい。

Mr.Justice Wargraveは、retireしたのだから、今はJusticeでないはずだが、原文でも引き続きMr.Justice Wargraveが使われ、訳も「判事は」とされている。「元判事は」ではないのかな?とも思う。旧訳では「現職から隠退したウォーグレイヴ判事」とし、新訳では「公職から退いた判事」と訳している。法廷に立たなくなっただけで、まだ身分上はJusticeだとしたら、「法廷現場に立たなくなった判事」なのか。イギリス裁判制度に無知なので、ご教示を!

また、Justiceの「J」が大文字であることから、ニックネーム的に判事と称しているのかも。

➂puffed at a cigerのcigerは葉巻たばこで、puffは吸う、ふかす。puff a ciger、puff at a ciger、puff on a ciger などの表現があるようだが、違いはあるのかどうか不明。旧訳も新訳も「くゆらす」という言葉を使っているが、この言葉は現在一般的なのか?くゆらす【燻らす】とは、煙を(ゆるやかに)立てることとある。

➃ran an interested eyeは、直訳すると「興味深い目を走らす」となるが、「熱心に読みふけっていた」(旧訳)となると行き過ぎか。この文章は、第三者が、ウォーグレイヴ判事の様子を描いているのだから、「興味深そうに目を走らせている」のほうが適切で(見た目は興味深そうで、目は記事を追っているが、本当に読んでいるかどうかはわからない、別のことを考えているかも?)、本当に読んでいるか心の中はわからないはずなのに「読みふける」とするには行き過ぎの訳ではないか。また、「目は…追っている」(新訳)は、「interested」を訳していない。

➄the Timesは、イタリック体で書かれている。イギリスの世界最古の日刊紙で、論調は保守派。このことからMr.Justice Wargraveは保守的な性格ではないかと推測できるかどうか。

【試訳】一等喫煙車の隅の席で、近頃法廷現場から退いたウォーグレイヴ判事は、葉巻をふかし、《タイムズ》紙の政治記事に興味深そうな目を走らせた。

 

【追記】このペースだと、一生終わらないかも。