先日ここでも書いた親友の結婚式に参加し、祝辞を述べさせてもらった。


新婦側の上司の方、新婦のお友達に加え、自分は新郎の友人としての祝辞。


事前に立ち位置を探った。


①新婦の上司の方

おそらく教訓であるとか、社会的に地位のある方特有の、しっかりとしたお話だろう。

新婦の職場での人間像を教えてくれるだろう。


②新婦のお友達

おそらくいい思い出を感動的にお話ししてくれるだろう。


ということは…。


③新郎の友人たる自分は…。

やんちゃした思い出を語ることだろう。

羽目を外さない程度に、若干3の路線で行くことが求められるだろう。


ということで、1か月くらい、さまざまな時間尺でシミュレーションしながら過ごした。


いろいろと思い出があるが、酒の話を中心に述べさせてもらった。


周囲が不快になることなく話せたと思う。


与えられた立ち位置を読み、それに応じた役割を果たす。


立ち位置を把握すること自体難しい。自分の立ち位置を鳥瞰図の中にプロットすることは、


主観まみれの自分にとっては、難業だ。


仮にできたとしても、立ち位置に込められた役割期待に応えられることができるか、という


問題が別次元のものとして横たわっている。


今回は自分が楽しんで語れ、若干の笑いがとれたから、よしとしたい。


日常のことでも、立ち位置の把握と、それに応じた行動をすることは求められるし、


それに慣れてきている自分がいることも理解している。


全てがうまくいくとは限らないが、役割期待に応じてふるまい、それに対するフィードバック


を得ることができる状況は、


かなりいいと思うし、自己成長につながる。


というか、概して社会に生きる者にとってみれば、それは本質的なものだ。


自らのやりたいこと・意志もきわめて重要だが、他者からの期待に応えることなくしてそれを


実現することは不可能に近い。


ハレの日のことをケとつなげて考えてしまうことはいただけないが、書いておこう。