『「知の衰退」からいかに脱出するか』 大前研一 光文社を読んだ。
従来の学校教育は明治維新当時の欧米列強に対抗するための殖産興業政策には
極めてマッチし、日清・日露戦争の勝利によって大成功を収めた。
今は新たなアウトプットをすることをしないばかりか、身の回りの状況をインプットする
ことすら面倒なことに成り下がってしまっている。
悪政(とあえて書くが)が行われていても、大抵の日本人はしばらくたつと「忘れる」
ので、淡々と生きていってしまう。
プラザ合意後からの金利の急上昇後、バブル崩壊から金利が劇的に下がり、その後
世界でも稀に見るゼロ金利政策が施行された。
そんな中でも倦まずたゆまず努力を続けてしまう国民性。
人の好さ。
バブルのツケは日本人がほぼ全て支払い、その影響を他国に及ぼすことはなかった。
今回の金融危機では、アメリカが他国に大きな損害を与えているのを見ると、国際的
に見れば、「なんとお人よしなんだろう」と言われても、何とも思わないのだろう。
それに対して自ら考えて、自らを経済主体としてしっかりと認識し、自覚的にリスクを
とり、リターンを得るための行動をとらなくてはならないという警世の書である。
バブルのつけを支払い終えた後、その後の景気改善局面では太ったのは企業。
労働分配率を徹底的に下げ、雇用を非正規化し、一方で役員などの高待遇を許した。
こうした状況をしっかりと認識した上で、
「じゃあ自分はどう考え、経済主体としてどのような行動をとるか」という観点から
日常生活を考え直さなければならないということだ。
全国民的にアウトプットをしなくなった。
ということは。
逆を言えば、アウトプットができる人間がきわめて高い生産力を持ち、生活水準を高める
ことができるということ。
昨年から始めた投資だが、例の金融危機で資産が傷んでいる。
致し方ないが、プラスマイナス0になってきたら、少し考えてインデックス運用のみならず
機動的な投資に切り替えるつもりだ。
その中で、経済状況に対して自分なりの仮説を持ち、成果を上げるためにはどんな運用
を行えばよいのかを考えて実行する。
トライアル・アンド・エラーで少しずつ経済主体としての自覚を持てるようにしたい。
2009年は、それができるようにするために、
頼む。株よ。
上がってくれ。