ブッシュ大統領に靴を投げつける事件がありました。
12月15日放送の『報道ステーション』でも報じてましたが、
その件のVTR中に流れていた、
古館氏のナレーションを引用します。
古館氏
この靴を投げつけるというそもそも行為には、実はアラブ世界独特の非常に深い意味があるそうです。5年前の映像、バクダットが陥落した時の映像です。世界に流れましたこのフセイン像が引き倒された映像ですが、この後のシーンが出てくるんですが、頭の部分を子ども達が引き摺りながらですね、手に持ってる履物で(フセイン像の)頭をパンパン叩いていると言うこのシーンです。実はアラブ世界では靴という言葉自体が、地面についている部分でもあるために、汚れ、穢れ、果ては卑しさのシンボルだとまで考えられているそうであります。ですから靴底でこのように踏みつける、靴を投げつける、といった行為はですね、アラブ世界で最大級の侮辱に当たると考えられてるんですね。えー、別なシーンもあります。実はこのシーンは、イスラエルのモスクを訪れていたエジプトの外務大臣がですね、パレスチナ人に揉みくちゃにされながらこの後気を失ってしまうというシーンが、事件がですね、2003年の12月にありました。これは、この後出てくるのわかりますかね、今一瞬出てきましたが、靴をパレスチナの人が投げつけるんです。靴を投げつけられたとわかった外相が、屈辱の仲で気を失ったというシーンなんです。今回のブッシュ大統領、とっさに身をかわしましたが、考えてみれば実弾に身をかわすことも出来ずに、どれだけ多くの人が命を失ったかと考えると、靴のサイズがわかったなんてジョークを言ってる場合でしょうか。この戦争の過ちというものをまずわかってほしいと思いませんか。
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古館さんの言いたいことはわかります。
わかるのですが・・・
どこか違和感を感じました。
それはどこだろうと考えてみると・・・
この靴を投げた記者に対する意見が無い所なのです。
話は変わりますが、
イラク国内でもTV局に〝英雄的行為〟と言う多数の声が寄せられ、
そしてバクダットチャンネルのニュース番組では、
>我々はイラク当局が拘束した記者の即時釈放を求める。アメリカはイラク国民に『民主主義』と『表現の自由』を約束した。その約束に基づき釈放すべきである。
といった放送までしてるそうです。
しかし、この靴を投げるという行為は、
〝民主主義〟でもなければ〝表現の自由〟でもありません。
〝テロ行為〟とまでは言いませんが、
単なる〝暴力行為〟であることは確かです。
記者であれば記者らしく、
〝言論〟で訴えていただきたかったと思います。
それこそ〝表現の自由〟でしょうから、
書くことを誰に非難される筋合いもないと思います。
話を戻しますが、
結局私が違和感を感じた点は、
古館さんが同じ言論を伝えることが出来る立場として、
靴を投げた記者の行為を否定しなかった所なのだと思います。
その理論だと、最終的には〝テロ〟も容認することになりますからね。
そしてもう1つ、アメリカ非難もいいですが、
中共の弾圧行為等も同じ様に非難すべきでは?
私はそう思いますが・・・
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