五条天神宮3

家から徒歩30秒ほどのところにある「五条天神宮」という神社を見てきました。

いつも降りている「西洞院松原」というバス停の目の前にある神社です。

読み方は「てんしん」です。「てんじん」ではありません。

京都検定のテキストに載っている唯一の下京区の神社です。


かつては天使社とも呼ばれていました。

これは後で説明することに大きくつながります。


祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)、天照大神(あまてらすおおみかみ)です。


平安京遷都にあたり、空海が大和国から天神を勧請したのに始まるといわれています。


医薬の神として人々の信仰を集めていました。

現在では厄除けの神としても知られています。


毎年2月の節分祭には、参拝者に日本最古といわれる宝船図を配布しているようです。


五条天神宮5

西洞院通から取った写真です。

周りには背の高い建物が沢山立っており肩身が狭いように見えてしまいます。

そういう僕もすぐ横の8階建てのマンションに住んでいるのですが・・・



五条天神宮6


五条天神宮2

五条天神宮1
上の3つは松原通側から取った写真です。

鳥居をくぐると中は駐車場になっています・・・




牛若丸と弁慶の出会いの地

五条天神宮の北側の松原通には「義経と弁慶のゆかりの街」のような案内が貼ってあります。

僕は引越してきてしばらくはその理由を知りませんでした。

しかし、最近になってその理由がわかりました。


牛若丸(源義経)と弁慶が始め出会って戦いをしたところといえば・・・


あの石像がある五条大橋?


違います。


当時の五条の通りといえば今の松原通だったそうです。


豊臣秀吉が当時の五条にかかっていた橋を現在の五条大橋の位置に架け替えたことから、五条の名前も移ってしまったらしいです。


ということで、牛若丸と弁慶が戦ったところは松原通の橋、松原橋(鴨川にかかる橋)であった可能性が高いのです。


しかし、出会いの場が松原橋ではなかったという説もあります。


義経記には今まで999本の刀を奪い取っていた弁慶が1000本まで後1本ということで五条天神に参った後にそこへの参拝者から刀を奪おうと誰か来るのを待っていました。そこにやってきた牛若丸と戦って弁慶は敗れる。

というようなことが書いてあるそうなので、五条天神宮が牛若丸と弁慶の出会いの地であるとも考えられています。

しかも、五条天神宮の境内には西洞院川が流れていたため、二人が戦った橋というものがこの川にかかっていた橋である可能性もあるそうです。




天使?

この辺りの地図を見ていると、天使突抜という町があります。


天使突抜
物凄く見づらくて申し訳ありませんが、赤で囲っている辺りが天使突抜の1丁目から4丁目です。

黄色い部分は五条天神宮です。

天使突抜は五条天神宮の南から六条通のそばまである広い町です。

京都の町といったら小さいイメージしかないのでこのように広いのは驚きました。

なぜ、このようなユニークな町があるのか?

決してエンジェルとは関係がありません。

五条天神宮の紹介の時「天使社」と呼ばれていたと書きました。

これが理由です。

天使社を突き抜けたから天使突抜なのです。

度重なる火災による被害や蛤御門の変で消失してしまい今の規模になった五条天神宮ですが、昔は広大な鎮守の森を有していました。

その広大な森の中に、都市計画か何かの理由で南北に貫く道ができました。

これが天使突抜通なのです。

この、天使突抜の広さから、当時の五条天神宮の広さが容易に想像できます。





ちなみにこの天使突抜1丁目で生まれ育ったマリンバ奏者の通崎睦美さんという方が、このようなエッセイを出しているそうです。
天使突抜一丁目―着物と自転車と/通崎 睦美
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この方は存じ上げないのですが、名前が他人ではない感じを受けます。



自分の住んでいるところの周りを調べるだけでも色々とわかってきて楽しいものですね。

昨日、夏季の集中講義の「歴史・観光都市としての京都文化」という授業が終了しました。

京都検定を行っている、京都商工会議所の協力講座ということで、それだけではないんですけど京都検定に直結した講義を受けられました。

京都・観光文化検定試験公式テキストブック/森谷 尅久
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その講義で教科書として使用したのがこの「京都・観光文化検定試験公式テキストブック」です。


京都検定の勉強をするには欠かせない本の一つだと思います。


歴史、建築、文化、祭り、神社、仏閣、ことば・・・と京都についてありとあらゆることが書いてあります。


正直なところ、初めてこの本を手にして読んでみたときは、物凄くわかりにくかったです。


あまり図や写真等がなく、文字ばかりでイメージが湧きにくかったですし、ありとあらゆることが書かれすぎているので、全部覚えるのはきついことだと思いました。



では、これを使ってどのように学んでいくか?


僕が大学入試の日本史の勉強でやったことと似ているのですが、


物事を関連付ける



というのがいいのではないかと思います。


集中講義でもそのように言われました。


祭というものを見ても、それには何らかの神社や仏閣に対する信仰があって始まります。また、そのときに食べたり、食べてはいけなかったりするものがあります。


ある分野から他の分野に広げて覚えていくことで理解が広まっていきます。



上賀茂神社をから色々関連付けて考えていくと以下のようになると思います。

(全部書いてしまうとカテゴリを神社仏閣にする必要があるのでさわりだけですが・・・)


正式には賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)といいます。

下賀茂神社とあわせて賀茂社と呼ばれます。


上賀茂神社の祭神である賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)の母と祖父は下賀茂神社に祀られています。


上賀茂神社の本殿や権殿は三間社の流造の代表例です。

下賀茂神社の東本殿、西本殿も同様の三間社の流造で、そのほかにも平野神社の本殿は比翼春日造(平野造)、八坂神社は祇園造、松尾大社は両流造という方法を取っています。



上賀茂神社下賀茂神社を関連付けたり、建築方法のつながりで他の神社とつなげて考えたり、さらに例祭である葵祭から京都のを調べたり、そして祭からそのときのについて・・・



何か自分で一つ決めてそこから横断的に関連付けていくと面白く勉強できると思います。



僕はこの方法でやってみたいと思います。







今日からアメブロでブログを始めることにしました。


テーマはずばり、京都検定です。


僕は今、京都の某大学の3回生です。


京都市内には今年度から住み始めました。



色々珍しいものがあるんですよねー。


町のいたるところに「○○跡」とか言う石碑があったり、町屋がいたるところにあったり、地名も普通ではない。


さすが「」ですね。



なんか、「京都」ってものに興味が湧いてきました。



今も、大学の夏休みの集中講義で京都について学んでいます。


そこでも色々と面白いことを学びました。



これは京都検定を受けるしかない。


ということで、12月に行われる京都検定の3級と2級の合格を目指してみたいと思います。