
家から徒歩30秒ほどのところにある「五条天神宮」という神社を見てきました。
いつも降りている「西洞院松原」というバス停の目の前にある神社です。
読み方は「てんしん」です。「てんじん」ではありません。
京都検定のテキストに載っている唯一の下京区の神社です。
かつては天使社とも呼ばれていました。
これは後で説明することに大きくつながります。
祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)、天照大神(あまてらすおおみかみ)です。
平安京遷都にあたり、空海が大和国から天神を勧請したのに始まるといわれています。
医薬の神として人々の信仰を集めていました。
現在では厄除けの神としても知られています。
毎年2月の節分祭には、参拝者に日本最古といわれる宝船図を配布しているようです。
西洞院通から取った写真です。
周りには背の高い建物が沢山立っており肩身が狭いように見えてしまいます。
そういう僕もすぐ横の8階建てのマンションに住んでいるのですが・・・
鳥居をくぐると中は駐車場になっています・・・
牛若丸と弁慶の出会いの地
五条天神宮の北側の松原通には「義経と弁慶のゆかりの街」のような案内が貼ってあります。
僕は引越してきてしばらくはその理由を知りませんでした。
しかし、最近になってその理由がわかりました。
牛若丸(源義経)と弁慶が始め出会って戦いをしたところといえば・・・
あの石像がある五条大橋?
違います。
当時の五条の通りといえば今の松原通だったそうです。
豊臣秀吉が当時の五条にかかっていた橋を現在の五条大橋の位置に架け替えたことから、五条の名前も移ってしまったらしいです。
ということで、牛若丸と弁慶が戦ったところは松原通の橋、松原橋(鴨川にかかる橋)であった可能性が高いのです。
しかし、出会いの場が松原橋ではなかったという説もあります。
義経記には今まで999本の刀を奪い取っていた弁慶が1000本まで後1本ということで五条天神に参った後にそこへの参拝者から刀を奪おうと誰か来るのを待っていました。そこにやってきた牛若丸と戦って弁慶は敗れる。
というようなことが書いてあるそうなので、五条天神宮が牛若丸と弁慶の出会いの地であるとも考えられています。
しかも、五条天神宮の境内には西洞院川が流れていたため、二人が戦った橋というものがこの川にかかっていた橋である可能性もあるそうです。
天使?
この辺りの地図を見ていると、天使突抜という町があります。
物凄く見づらくて申し訳ありませんが、赤で囲っている辺りが天使突抜の1丁目から4丁目です。
黄色い部分は五条天神宮です。
天使突抜は五条天神宮の南から六条通のそばまである広い町です。
京都の町といったら小さいイメージしかないのでこのように広いのは驚きました。
なぜ、このようなユニークな町があるのか?
決してエンジェルとは関係がありません。
五条天神宮の紹介の時「天使社」と呼ばれていたと書きました。
これが理由です。
天使社を突き抜けたから天使突抜なのです。
度重なる火災による被害や蛤御門の変で消失してしまい今の規模になった五条天神宮ですが、昔は広大な鎮守の森を有していました。
その広大な森の中に、都市計画か何かの理由で南北に貫く道ができました。
これが天使突抜通なのです。
この、天使突抜の広さから、当時の五条天神宮の広さが容易に想像できます。
- ちなみにこの天使突抜1丁目で生まれ育ったマリンバ奏者の通崎睦美さんという方が、このようなエッセイを出しているそうです。
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この方は存じ上げないのですが、名前が他人ではない感じを受けます。
自分の住んでいるところの周りを調べるだけでも色々とわかってきて楽しいものですね。




