映画『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』
5月31日より東宝シネマズ シャンテ他、全国順次公開
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240507/15/kyotonao/f8/5d/j/o0725102415435684166.jpg?caw=800)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240507/15/kyotonao/10/d5/j/o0640090315435684173.jpg?caw=800)
【ザ・フォーク・クルセダーズ】
京都の龍谷大学生だった加藤和彦が雑誌「MEN'S CLUB」の読書欄で一緒にフォークをやってくれるメンバーを募集。
京都府立医科大学生の北山修、浪人生の井村幹夫と芦田雅喜、高校3年生の平沼義男が集まり、5人で結成される
浪人生の井村と芦田が受験勉強のために脱退し、3人組となり関西のアンダーグラウンドで活動していた
1967年、解散記念に自主制作アルバム「ハレンチ」を制作
300枚しか制作出来なかったアルバムだったが、自作の「帰って来たヨッパライ」やアマチュア時代から歌ってきた「イムジン河」が含まれていて、地元・京都や神戸のローカルラジオで頻繁に流され、各大手レコード会社からプロデビューの話しが舞い込み始めるが、加藤和彦は全く乗り気がせず断っていたが、北山が説得し「1年限りの活動ならば」と渋々のんだ
平沼に代わる3人目のメンバーには、北山は声の良くスター性のある杉田二郎を推したが、加藤は はしだのりひこ を推しそれをプロデビューの条件の1つにした
ため、第三の男には はしだのりひこ が決定する