松塚晋輔。女子大から共学へ転職

松塚晋輔。女子大から共学へ転職

公務員研究会の案内ほか

イスラム教が日本の文化社会と軋轢を見ています。

路上など公共空間での集団礼拝,学校へのスカーフの着用,ハラル給食の要求。

政教分離原則の日本では許されません。

特定宗教を助長援助するからです。

判例上,公有地に神社施設が立っていたため,違憲状態とされたケース。

神社のお祭の時,知事が公金で玉ぐし料を支出したことが違法とされたケース。

日本の政教分離原則は厳格なのです。

反対に,エホバの証人信者たる公立高校生が剣道授業を拒否し,卒業要件を満たせず,退学処分が違法とされたケースがあります。

高校生に実技以外の代替措置を講じなかった拙速さが違法原因です。剣道授業が問題ではありません。

剣道が暴力であって,同宗教と相容れないというのが生徒の主張でした。

私見では,剣道を暴力とみなす点,誤解も甚だしい。

剣道連盟は反論すべきです。

剣道はスポーツであり,殺人技ではありません。

かくして,生徒がやりたくないといえば,やらなくていいという優しい教育の流れがつくられました。

勉強に反対する宗教が出てきたらどうしますか。学習は人類を破滅させるからといって。

水曜休息日(仮定)の信者が学校を毎水休んだらどうしますか。

欠席連続で授業を受けたことにならないでしょう。

個々の家族で,教義と照らし合わせつつ,自分で妥協の道を探るべきです。

本来,決められたことをやらせることが教育です。教育を受けさせることは親の義務です(憲法26条)。

宗教教義と憲法のどちらが優位しますか。憲法に決まっています。

また,公立でも高校は義務教育でないから,憲法の義務の問題でないと反論されるかもしれません。

その論理なら,剣道なしの高校に転校すればいい。

 

さて,学校で宗教的衣服の着用を許可し,特別の給食を用意することはその宗教だけを助長します。

例外の一端を開くと,さらに要求が加速し,他の宗教も便乗します。学校がカオスです。

宗教信者の教員が宗教的衣服を着て授業するなんて(欧州で問題となっている),点で話にならない。

よって,公共空間では政教分離原則を鉄則とすべきです。

法学者でこのことを強弁する方が少ない。

戦後法学が,人権過保障,公序軽視でやってきたからです。残念。

 

また,フェミニストはイスラム教の教義が女性抑圧なのに,批判しないのですか。

日本法における夫婦同氏強制,男系天皇よりも女性抑圧が甚だしいですよ。

別の法学会がありました。テーマは差別問題です。

今フランスが暴動で燃えていますが、同学会でも不法な移民への対処には言及されませんでした。

フランスの高校生のデモが暴動の発端だとしても、移民が加担して、略奪をしているのは連日の映像でわかります。
日本も移民(外国人労働者)を大量に入れています。

日本の政府は何か堂々と発していますか。

一般国民から離れた言論空間では議論が建前化します。

一方、トランプ大統領は移民国家アメリカから発言しています。

移民を規制せよと、明白に忠告しているのです。

こういう発言をなぜ日本の政府はしないのですか。

一生懸命やっているというつもりでしょうが、国民は不安です。

必要時、必要な声明を出すのが政治家の役割です。

 

当然、悪い移民を排除するのは国民の当然の希望です。

良い悪いが決められないのは、政治家が軟弱であるか、移民ビジネスの利権を得ているかどちらかでしょう。

良し悪しが決められないならば、移民の総量規制をして国民を安心させるべきです。

他方、官僚には期待できません。

彼ら彼女らは、上を見て仕事をします。

上が移民推進派であったら、その方向で仕事をせざるを得ません。

 

質疑では、日本の自衛権について議論しました。

学生2人は武力を充実させるという意見、残り2人はこれに反対でした。

反対意見によれば、軍備の乏しいおかげで、日本は戦闘に駆り出されることがないという理由です。また、こんな武力の乏しい国(日本)があってもいいのでは、とも言います。

私は教員ですから、反対意見の学生を問い詰めることはしません(戒め)。

かえって正直な意見が聞けて有意義でした。

つまり、20歳前後の学生が従来受けてきた教育内容をうかがい知れます。

軍備が不十分であれば、兵員として駆り出されることがないというのは、憲法9条大好き護憲論者の常套句ですが、隣国を利する論理にしか過ぎません。

武力がない国には容易に侵略出来るからです。

軍備が乏しい=戦争に行かなくてよい=隣国が容易に侵略=家族恋人が殺されても何も出来ない=国民は隣国の奴隷に=隣国病人のために臓器を抜かれる=抵抗の言論をしたら公開銃殺(1989天安門事件の如く)。

奴隷になるのと、戦争に行くのと、どっちがましか。

学生は考えたことがなかったのでしょうか。

あるいは、若者は前線に立つリスクが高いから、解答が難しいのかも知れません。

又は、どっちも嫌だと(利己心)。

それならば、軍備を整えようとする人々の尽力を妨害してはいけないはずです。

周りが軍備を整えることと、上の利己心は矛盾しないからです。

つまり、生存可能性は周りの人々が軍事力で高めてくれるからです。

前線に立たされることも奴隷化されることも、そのリスクは減ります。

よって、利己的な人ならば、軍事にコミットせずとも軍備拡充に反対しなければよいのです。そうすれば拡充された軍備体制で守られます。

 

しかし思うに、学生は従来、武力がなければ、狂った隣国が容易に日本を蹂躙するという思考はしなかったのでしょうか。

とりあえず、授業では私見を述べておきました。

武力を蔑ろにして、生存できた国家は存在しないと。

特に元寇に対し北条時宗はよくやってくれました。