#69南光から紹介を受けました、2回生内野手の#66崔 賢宇(さい ひょぬ)です。
南光は今年の3月に入部したばかりですが、今年の開幕戦でリーグ戦デビューし、140キロをたたき出していて、すでに大物になる予感が漂っています。イケメンで性格もよく、同期ともすぐに打ち解けた彼の今後の活躍にご期待ください。
軽く自己紹介させていただきますと、兵庫県出身で、中高は甲陽学院中学、高等学校に通っていました。ちなみに、甲陽学院高校硬式野球部は今でこそ県大会一回戦勝ったらネット記事にされるほどのレベルですが(僕らの代は6年ぶりに夏の県大会1回戦を突破したためしっかりネット記事になりました)、かつては春8回、夏4回甲子園出場経験があり、また第9回大会において甲子園優勝したこともある古豪です。甲陽学院に関しては面白い歴史やエピソードがたくさんあるのでもっと書きたいことはありますが、ここでは割愛して今後入ってきてくれた甲陽学院出身の人に託したいと思います。
名前からわかる方もいらっしゃるかもしれませんが、国籍は韓国です。しかし生まれも育ちも日本なので日本語しか話せません。ただ今年の部員紹介では頑張って韓国語を覚えて自己紹介したのでまだ見てない方はぜひ見てみてください。(頑張った割に伸びなかったのでお願いします...)
そろそろ本題にうつりたいと思います。
下宿先選びでよく大学の近くに住むとたまり場になるからやめておいたほうが良いといわれます。現在僕は京大まで自転車で数分の場所に住んでいます。最初はたまり場なんかなるわけないだろ、と思う時期もありましたが、野球部の同期に家の場所がばれた瞬間、見事にたまり場になりました。なにかみんなで集まってやりたいことがあれば僕の家が候補に真っ先に上がることがあるくらいに、です。
なので、今回はそんなたまり場の一年間のキセキをお送りしたいと思います。
まず、僕の家で最初に同期で集まったのは、昨年の7月です。その日は練習があった日なのですが、前日に#23松原が、豚足があるからみんなで集まって食べたいといったところから始まりました。そこで僕は「俺の家広いから10人くらいなら集まれるよ」と話してしまい、その場の何人かで話し合った結果、僕の家で豚足パーティーをするという結論に至りました。しかし豚足だけではさすがにみんなのおなかは満たせないということで僕の家にたこ焼き機があったため、たこ焼きもすることになりました。(結果的にたこ焼きがメインにはなりましたが笑)
これはその時の写真です。最初話していた時は7,8人くらいかなと言っていたのですが結果的に12人くらい集まってタコパをしました。練習後だったので20時くらいにスタートして、普通にわいわい盛り上がっていたのですが、一つ問題が発生しました。その日は、7月の下旬だったこともありかなり暑い日でクーラーもかけてはいたのですが12人いたこととたこ焼きを焼いていたこともあり部屋が全く涼しくなりませんでした。窓を開けたりしてなんとか暑い中やっていたのですが、途中で#37和輝がすこし軽い熱中症気味になってしまい途中で帰ることになりました。幸い家に帰ってクーラーをつけたら回復したみたいだったので、よかったですが、あまりに暑かったため、次の日から崔の家はクーラーが効かないという事実と異なることを言われだしました(普段はしっかり涼しいので問題はないです)。結局タコパは12時くらいまで続きました。
そのあとは大勢で集まるとかはなかったですが夏休みに入るとオフの日や朝練の後とかに数人が僕の家に集まって何かすることが増えました(#32髙井、#34金澤、#36拓歩などがよく来てました)。僕の家にSwitchがあるため、みんなで午後から集まってマリオカートや桃鉄をしてそのままご飯を食べて解散したり、夜の南川さんのセッションに行ってそのまま外食して帰るみたいな生活をしていました。ある日にはみんなでカレーを作って食べたり、ある日には何人かで集まっていたら、突然#6田澤と#27山下が訪問してきて、ソファーで二人仲良く寝るだけで帰った日もありました。
僕的にはみんなで集まってゲームしてご飯食べるというのが普通の大学生っぽくてうれしかったので、結構オフのたびに人を呼んでいたためたまり場になっていることはそこまでいやではなく、逆にめちゃくちゃ楽しんでいました。
ただ、このころから僕の家に寝泊まりする輩が出てきました。二浪の金澤君です。彼は当時、三条(自転車で15分くらい)に住んでいるにもかかわらず、自転車を持っていなかったため、帰りが遅くなったり、帰るのがめんどくさいと思ったりしたときに京大側に住んでいる部員の家に泊まっていました。京大近くに住んでいる僕の家にも当然彼は泊まりに来て、タダで僕の自炊飯を食い、シャワーを浴び、寝て、翌日もそのまま居候する生活をよくしていました。彼は当日に急に泊まりに来ると言ったり、片づけをしないところ以外は特に問題はなかったのでそこまで嫌ではなかったです。ちなみにこのころ彼は僕の家と髙井の家と#30高山の家をはしごして居候して自分の家に全く帰らない時期があったそうです。(帰るのは洗濯するときくらいだったらしいです)。
ただ彼も夏休みの終わりくらいに#5脇田さんから自転車を譲ってもらったおかげでやっと自分の家に帰るようになりました。(自転車の乗り方に関しては僕と髙井が一から教えました)
こういうことがあったため、このころから僕は“お母さん”と呼ばれ始めました。ちなみに金澤も同期最年長が部員に手取り足取り私生活のお世話をしてもらっていたことから“おじいちゃん”というあだ名がつけられました。
後期授業が始まり、秋のリーグ戦も終わり、新チームが発足したころ、毎週水曜日の練習が全体での朝練になりました。下宿している人たちは朝早くてもグラウンドに行けるので特に問題はなかったのですが、実家暮らしで電車通学している人たちは始発で来ても間に合わないため、前日から部員の誰かの家に泊まる必要が出てきました。もちろん僕の家にも泊まる人がいます。落とし物をして先輩のせいにしたとの噂のもつ#25白井くんです。彼は必ず前日までに連絡をくれて、バスタオルも持ってきてくれて、さらにはお世話になったからと年末に菓子折りを持ってきてくれたりと、とても律儀です。なのでいつでも泊まってくれて大丈夫なのですが、彼が先に寝ると彼の鼻による夜の大演奏会が開かれて眠りづらくなるのでそこだけ何とかしてほしいとは思っています。今年も朝練があると思うのでできるだけ彼より早く寝るようにはしたいと思います。
これは11月祭の野球部企画の参加賞だったチョコバットが郵送されてきたときの写真です。誰の家に届けるかってなったときに、#13窪が真っ先に僕の名前をあげやがりました。まああれだけ近いと当然でしょう。ちなみにこの写真に写っている金澤君はしっかりこのあと泊まっていきました。そして翌朝僕の作ったフレンチトーストを食べて帰っていきました。
12月24日には彼女のいない同期何人かで集まってクリスマスパーティーを開催しました(上の写真はその時の写真(まだ窪しか来てない時)です)。夜ご飯を食べた後にそれぞれが飲み物やら食べ物やらを持ち寄って集まりました。僕は、なんとなくやる気になったので人生で初めてケーキを作りました。
スポンジは買ってきたのですが、マスカットを中に入れて、クリームを頑張って作って、塗りたくって、クッキーでデコレーションして、作りました。初めてにしてはなかなかうまくできたんじゃないかなと思います。(2時間かかりました)このころからことあるごとに“パティシエ”と呼ばれ始めました。
そしてパーティー自体はみんな用事があったりしたので来る時間はばらばらだったのですが、窪がピザを買ってきてくれたり、和輝が飲み物を持ってきてくれたりして、22時から水ダウの名探偵津田を見ていたら、バイト帰りの髙井が来たり、と徐々に人が集まってきて結局7人くらい集まりました。そして全員集まった23時くらいに、最後僕のケーキを食べて解散しました。(ケーキはものすごく好評だったので来年もぼっちならまた作ろうかなと思います。)
春休みは夏休みほどは集まらなかったですが、南光の入部直後に鍋パをしたり、ある日には巻き寿司したりとちょくちょく集まりました。
僕のたまり場の一年間のキセキはこんな感じでした。家が近くかつ何人か集まれるスペースさえあれば、こんな感じでたまり場になってしまうのでたまり場になるのが嫌な人は家選びを慎重にすることをお勧めします。
ただ先ほども述べた通り、集まってわいわいするのは嫌いじゃないので、今後とも同期のみんなはぜひ来てください。
次は2回生外野手兼学生審判の#62兼岩慶太です。彼は昨冬に学生コーチから選手に転向した期待の外野手で、ほぼ一年半のブランクがあったにもかかわらず春のOP戦で結果を残し、今春のリーグ戦で見事デビューを果たしました。また、今年からリーグ戦の学生審判もやってくれていてマルチに活躍しています。
2回生唯一の文学部で、思想が少し強いらしく、海外の議会の動画や、政治事件などを夜な夜なスマホで見て爆笑し、傑作を選手に見せてくる趣味を持っています。
そんな彼ですが、今年の関東遠征終わりに、遠征に行っていた2回生9人全員を実家に誘い、人工芝の広い庭でBBQをしたのちに全員を泊めてあげたらしく顔が細いのとは裏腹に実家が太いことがばれたとか。
そんな彼のキセキもぜひご覧ください。