#5脇田から紹介を受けました3回生内野手の#3藤巻慧秀です。寂しい高校時代からヒップホップまで共有できる数少ない友達で彼のことが大好きなのですが、「俺はお前のことが大好きなのに」と伝えてもいつまで経ってもわかってくれなさそうです。何かと議論がヒートアップすれば「黙れ!」「当たり前じゃろがい!」とモラ気質が窺い知れるので少し怖いです。脇田とは一年生の頃からアツいsoulをscreamし合ってきたので、今回のキセキに感動しました。彼ならTOKONA-Xくらいデカなって、二つの意味のアツさを見せてくれるでしょう!




今年のキセキもなかなか面白いものが多く#34金澤#23松原悠のが今の所1番のお気に入りです。一方、暫定で#10渡辺の「お蔵入り」が去年の僕の「鴨チルのすゝめ」のように憂き目を見ることが半ば確定してきたようで、渡辺「俺を超える駄作用意してくれ」と持ちかけてきましたが、僕は去年の汚名を払拭するべく躍起になっているので聞かなかったことにしておきます。僕は渡辺のキセキ結構好きなんですけど、本人に「それは感性おかしいわ」と言われてしまいました。




#7近藤が入り込んでいますが、彼とはセレブレーションを練習中です。リーグ戦で披露できるように仕上げていきたいですね。)

 

「僕の感性はおかしいのでしょうか?」

 

僕は大学に入ってから何かと「逆張り」と言われることが多くなりました。確かに、ワールドカップは見てないし、スラムダンクでお気に入りキャラは水戸洋平。「君の名は」は見たことなくて、トイストーリーも見たことないです。Back numberはほぼ聞かずandymoriをよく聞きます。しかし、「地面師たち」「サンクチュアリ」「ガス人間」は全部見たし、今年の夏の「VIVANT」を心待ちにしています。好きな野球選手はサトテル、マックで一番好きなメニューはビッグマックです。このキセキでは僕が逆張りなのか、そうじゃないのかを白黒つけて、アイデンティティを確立させていきたいと思います。

 

やはり現代、人間の趣味趣向が一番反映されているのはSNSで何をフォローしているかどうかでしょう。僕のお気に入りアカウントを通して僕の感性を客観的に評価していきたいと思います。

 

1. うどんそば 関西 Udonsoba(youtube)

このチャンネルは関西のうどん屋さんや蕎麦屋さん、定食屋さんの厨房から客席まで垂れ流ししてくれるチャンネルです。「凄まじい爆食いアニキ達」「極みのどんぶり玉子名人」とサムネで勝負してきてますね。内容も豪快な調理過程から、勢いよく胃に流し込むお客さんの姿で見応え抜群で非常におすすめです。2時間超の動画もあるので勉強中に音楽代わりに聞くのもおすすめです

評価:メジャーな食べ物についてのチャンネルだし登録者数も90万人越えなので、判定はNO逆張りです。圧倒的な王道と言えるでしょう。




 

2. 格闘技マン(tiktok)

「10秒で覚える格闘技テックニック」をテーマに毎日投稿してるアカウントです。「11秒で学ぶソ連ボクシングコンボ」「10秒で分かるロシア式ジャブの仕組み」など漢なら画面に釘付けになるようなコンテンツばかりです。見るだけで強くなれるだけでなく、ボクシングスタイルの国別の特徴についても豊富なので世界に出ても通用する内容です。海外旅行に行くなら全動画を5周してから行くのが賢明でしょう。時間がなかったら「被弾したくないなら覚えるべきヘッドムーブ三選」「初心者が知らない被弾せずに打つ方法」をチェックしておけばOKです。

評価:フォロワーは3000人ですが、メジャーなスポーツについてのチャンネルなのでNO逆張りです。実用性も非常に高いのも高得点ですね。



結論、厳正な評価過程を経て僕は逆張りではなく、王道人間だと言うことが証明されました。スッキリして非常に気分がいいです。これで#21渚#20たけむー「逆張りしたいだけやん」とはもう言えないですね。

次は#42藤田さんです。学生コーチから選手に転向して、超高級グラブを着けて、ありえない腰の低さでボールを捕っては、高い声をグラウンドに響かせています。溜まりに溜まったバイト貯金をこれからどう使っていくのか注目の4回生です。藤田さんには2年間たくさんのノックを打ってもらったし、選手に転向してからは一緒にノックをたくさん受けてきました。最後のキセキとは感慨深いですね。4回生最後のキセキは基本的にスカし厳禁でお願いします。

#7近藤俊太朗から紹介を受けた#5脇田秀悟です。彼とはボート部新歓からの仲で、マリカやスマブラ、真剣にゲームをする仲です。マリカは互角ですが、スマブラではまだまだ負けそうにないですね。一緒に#21渚を卒業までに倒そう。かの2春の頃、リーグ戦前に僕の家に来てプロスピのホームラン競争をプレイして、二人でAボタンを押して流し打ちでホームランをほりこみながら、「これめっちゃいい練習や」といって翌日、実際にヒットを放ち、「プロスピのおかげや」と言われたことで、僕は本気で1週間くらいはめちゃくちゃホームラン競争にのめり込みました。


最近久しぶりにまた一緒にやって「やっぱこれ大事やぞ」ってなって以来1日10分起きてからホームラン競争でAボタンを押すのが日課になっています。最近は山本由伸にBPをしてもらっています。心なしか三軸の真っ直ぐが遅く見えて、ハードヒット率が向上した気がします笑

一緒にベストナイン取ろうと南港帰りの電車で約束したこと、僕は本気です。やるよ!!




 今どこで私がキセキを書いているかという話からしたいと思います。僕は今東京メトロ東西線大手町駅に到着した段階です。おかしいですね、関西の地下鉄なら僕が出ている広告があるのですが、関東にはないようです。

 

なんで私が関東に、といいたくなりますね。関東遠征中です。関東遠征に来たら、常に#10渡辺家にお世話になることになっています。朝早く駅まで送り届けてくださるお父様、朝早くからご飯の支度をしてくださるお祖母様、陽気な物言いで元気をくれる渡辺君の弟くん、#9森田さんとまさかの同じ就職先という偶然の一致のお兄様、甲子園ガールの妹さん、陽気に盛り上げてくださるお母様、いつも暖かく出迎えてくださりありがとうございます。もはや第二の実家に感じるくらいに安心できる空間があって、渡辺家への滞在は関東遠征の楽しみの一つと言えます。

???「いや遠征は楽しみに来てるんちゃうから」Good Voiceですね。その通りです。

 

さあここでVoiceの話が出てきましたね。このVoiceの話は今回の関東遠征で渡辺家にお世話になっている、僕、#20武村渡辺で中心的に交わされた議論の一つです。

まず一つ目はGood VoiceBad Voiceについてです。

昨日帰りの車で熱論になり、祥大君のお母様も「その話は夫婦関係でも大事なことだよ」とおっしゃっていました。肝に銘じます。夢庵ご馳走様でした。

(笑)


本題に入っていきましょう。まずGood VoiceBad Voiceとは何か、ということについて私の持論、考え方を展開します。


Good Voice→前向きな気持ちになれる声

Bad Voice→後ろ向きな気持ちになってしまう声


めちゃくちゃ万人にわかりやすく、抽象的に言うとこうなるかなと思います。Good Voiceがベンチで飛び交っている時というのはやはり試合において優勢に立っている時が多くBad Voiceはどうしても劣勢の時に増えてしまいがちです。環境要因の観点から言えば先述のようになるのですが、私はGood Voiceを出すことで試合の流れを好転させることができるし、Bad Voiceが出てしまうとどうしても後ろ向きになってイマイチ攻めきれないというのがあると思います。いわばポジティブに行こうよ、ということですね。


言うは易しですが、これを行うのはなかなか難しいんです。実際の試合の中ではもちろんプレーに即した現実的な声を出すことが求められますが、それに忠実になってしまうとどうしてもBad Voiceが出てしまうこともありますし、現実を無視してGood Voiceばかり出していると戦う場にいるプレーヤーとして物足りなく、ほぼ草野球のようになってしまいます。ここでBattle Voiceの話を新しくしたいと思います。


Battle VoiceBad Voiceの中でも戦うために必要な声


ひょっとすると後ろ向きな気持ちになってしまうかもしれない声だとしても時には出す必要がある瞬間はあります。現実を見てプレーや試合の流れに即して言わないといけないタイミングがありそこでこのBattle Voiceが出るチームというのがほんとうに強いチームだと思います。


これらの匙加減というのは正直、考えてできるというよりは感覚的なものだと思います。その絶妙なバランスを保っていたのが、一年前、実際にベンチに入らせてもらった慶應義塾大学の大村君を中心にまとまった1.2年生のチームだったなと今思います。基本ベンチではGood Voiceが飛び交い、大村君や何人かのキーパーソンが出すべきところで僕の言うところのBattle Voiceを出していました。大村君と話した際に、この声掛けの面で意識していることを聞いたところ「チームが落ち込んでしまう瞬間にエネルギー出してチームを鼓舞し、盛り上がっている時こそ冷静な声を出す」ということを考えているそうです。


また彼らのベンチ内コミュニケーションを見て、グラウンドに対して働きかける声以上にベンチのムードを上げることが、攻撃で自分達の勢いを作り上げることに繋がる、と感じたため、まずはこれを持って帰るのが単純でわかりやすい変化をチームにもたらせるなと京都に帰って実践しました。


しかし、今思えばここで私は少し誤解をしていたのかも知れません。結果的に実践したのは側から見れば「こいつらふざけているのか」と思われても仕方ないようなベンチ内コミュニケーションで、チームに活気はもたらせたし、ベンチのムードも上がったが、その頃から「意味ある声を出そう」という振り返りが増え出したのも事実だし、リーグ戦の関大節では、四死球が多くなったことが影響してGood Voice が転じてBad Voice が増えてしまって対戦相手へのリスペクトに欠けてしまいました。このGood Voiceのベクトルは基本自チームに向いてるうちが良い状態だな、盛り上がりと緩い雰囲気は違うな、と色々気づきは得られました。しかし、あれこれ考えた上で出すVoice はどこか仮初で、作り物で本当じゃないな、そういう受動的なものじゃなくて、もっと能動的で心の奥底から反射的に出てくるVoice がGood Voice であり、Battle Voice なんじゃないのか、とあれこれ考えているうちに私はいつの間にか近田さんに「当分声出さなくていい」と言っていただいたこともあり、その役割から逃げました。自分のプレー面での活躍が乏しかったこともそうなってしまった要因の一つとしてあったと思います。そうして僕が持ちこんだ方法論はいわば半分ちょけのような形で終始してしまい、「意味ある声」というのが全面に出ていくことになりました。


ここで次に問題となるのが「意味ある声」です。私の中での理解はグラウンド内で起こるプレーに直接的に関わる声、それもとりわけ評価や結果に対しての声ではなく、次に起こるプレーに対しての予測、準備の声、であるとこれまでのミーティングの文脈から認識しています。よく言われたのが「意味ある声を出そう、次のプレーに対しての予測、準備の声を出そう」というものです。


意味のない声、いわゆる盛り上がりの声が隆盛するベンチには意味ある声が乏しいというものです。そうして意味ある声というものが求められていくあまり、どこか自分たちの持つ勢いみたいなものに上手く乗り切れず、盛り上がり切れず、それこそどこかよそ行きな雰囲気になっている気がします。まず根底にあるのは、Good Voice によるベンチ内コミュニケーションでの盛り上がり、その中で試合の流れやプレーに応じて、Battle Voiceを出すというのが本当の意味で戦うチームだと私は思います。そらそうやろ、と思うのは思うでしょう。僕も書いていてそらそうやなと思うし、別にこの方向性にチームが向かっているとも思う。結局全てはバランスなんだなというのが結論です。


でもほんとの勝負所においてこそ、誤解を恐れずに言うならどこか仮初なムードを感じるんです。だから改めて考えてみようと思い、文字にして書き起こしました。心の底から勝ちたいと思って能動的にGood Voice, Battle Voice を出せるチームになったら接戦を制することができると信じています。


書き始めたときは最後がこんな偉そうな論調になるとは思わず、半ば物申すような形になってしまったことは恥ずかしいあまりですが、普段のらりくらりしておちょけている私はこういう時くらい真面目なことを書くことでバランスが取れるというものですよね!今回したVoiceの話もちょっと固くなってるから柔らかくなって欲しいなという思いから書き出したもので、全てはバランスです!!笑 実際関東遠征ではバランスが保たれていて良い雰囲気だったと思います!!

 

 

さあ声の話はここら辺にして次は野球の話をします。

時系列的には2夏に遡ります。2春までの僕の杜撰な取り組みは言うまでもないでしょう。2春までは話すと長くなるので4年のキセキで振り返り、これより先の後輩たちへの警鐘にしたいと思います。2夏に私は龍谷大学、慶應義塾大学に練習参加させていただくご縁をいただき、レベルの高い選手たちに刺激を受けながら、非常に野球に対してモチベーションが高まっていました。夏季オープンB戦でもコンスタントにヒットを積み重ね、「いけるぞ」という手ごたえのもと満を辞してのA帯同。関東遠征にも行き、お世話になった慶應さんとも試合をさせていただき、本来であれば、練習参加した時によくしていただいた、大村くん、木戸脇くんとお話ができればよかったのですが、変にバトルフェイスになってスカした結果、話しかけに行けませんでした。目の前にいたのに(笑)。もし僕の気まぐれロマンティックな勘違いであれば困りますが、神宮で戦うという約束をしたと記憶しています。今秋、慶應と一戦交えるのは関大ではなく、京大です。待っていてください。


念願のA帯同とは裏腹に僕の気持ちはどこか晴れませんでした。思うように来ない出場機会。周りからはVoice枠で入っているんだから仕方ない。実力はまだBの選手ということを耳にすることが多く、めちゃくちゃ悔しかった。なんでだ。一打席くらいくれたってばちは当たらないだろう。こんだけチームにコミットしているのに。明るく振る舞う反面、内心では酷く腹立たしかった。S戦としてへとへとになりながら真夏の中自転車を漕いで行った京産戦でも駿河大でも出番はなく、慶應戦も打席に立つことはなかった。同世代の選手は次々にチャンスをもらって打席に立つ。悔しい。なんでだ。苛立った。


でも同時に自分でも薄々わかっていた。まだまだリーグ戦レベルの実力もなければ、期待感のある野球センスもない。体に見合わないスイングに、野球IQの低さ。わかっていた。先輩に愚痴を吐いたり、同世代の選手に弱音を吐いてもなおわかっていた。でもその頃の私はそれを棚に上げて、比較ばかりして「あいつがもらえるなら俺もいけるやろ」と今になって思えば的外れな不満を抱いていた。それでも試合になったらそんなことは捨て置き、声、ムードメイクという役割に徹した。どんなに喉がいかれても、喉スプレーで鞭を打ち、必死で戦った。(今思い返せばこのムードメイクもまだまだ拙く、ただふざけているだけだったなと反省されるが。) 


ひたすら勝ち星を積み重ねたオープン戦とは裏腹にリーグ戦では負けがこんだ。結局最後はグラウンドにいる選手がどうかなんだ、と現実を突きつけられ、そこに立てる度量もないままにただベンチで声を張り上げる自分。何をしてるんだろうと思った。


たとえるなら、戦国時代戦に出て、安全なところからただ鬨の声を張り上げる足軽といったところだろうか。世間ではスポーツにおいて控えでチームのために尽くせる選手についての美談がときたま話題になる。例を出すといくらでもある。その人たちの誰か一人でもいいからぜひ会って話したい。知りたい。心の内を。100%穏やかであるはずがないと未熟ながら似たような立場を経験した私は思う。


いや、だからこそその人の言葉や行動には人を動かす力が芽生えるのかもしれない。


そうして結局勝てないままにシーズンを終えて、私は、多少暗い気持ちになりながら、リーグ戦オフの真っ只中だったと記憶しているが、優勝決定戦の同立戦、関関戦を偵察しに行った。その日繰り広げられたのは投手戦と、ホームラン合戦だった。関大山本の覚醒、あわや新記録更新の立命角井、同点ホームランで追いついた同大知念。あまりに眩しかった。こうなりたい。好投手ひしめくこのリーグで、投手戦を制する痺れる一振り、その一振りでチームを勝利へ。そういう選手になるんだと誓った。近田さんとの面談でもそう話した。


その頃からチーム方針は低く強い打球を、3−1で一本の長打より3−2、3−3を単打でも打てる選手になろうとなっていた中でももはや、自分の欲望は止められなかった。止めることは自分のためにならないし、チームのためにならないと思った。投手戦を制するのは連打よりも一振りだと信じてやまなかった。理性的には、それは違う。チームがやろうとしていることとは。そんな力はまだない。そうわかっていた。でも、それが正しいか間違っているかは自分が証明するしかないと意気込んだ。とにかくバットを振った。日々アームマシンと向き合った。3箱4箱5箱6箱、とにかく打ち込んだ。今となってはこの時期にもっと体作りに取り組んでいれば、と悔いがある。


というのも冬が明け、始まった春リーグ、ベンチ入りは1試合にとどまり、出場は0試合。あれ、思っていたのと違うぞ。自分の見立てではレギュラーで出ているはずじゃ無かったか。勝利打点を挙げて、吠え散らかしているはずだったのに。いや、そうなることは春のオープン戦から明白だった。自己満バッティングとついてこない結果、遠征に伴う京都残留。客観的に見て、その頃の自分に期待感はまだなかった。分不相応のバッティング、未熟な守備意識。自分にできるのは近藤と一緒にスタンドを賑やかせて、渡辺を筆頭としたグラウンドの選手にやじを飛ばすことだけだった。もちろんGood Voice だが。


甲子園節でノック補助に入っていた自分が「ワッキー外しやすいから外しちゃった(๑>◡<๑)」というお言葉をもらったのもちょうどこの頃だ。不振に喘ぐ自分の予期しない勘違い、妄想だったのかもしれない。多分そうだろう。でも似たような評価は以前もらっており、「よくも悪くもバランスが取れた選手」というものだった。つまり、途中出場で出すには飛び抜けた武器がなく、スタメンで出すには総合力がない。何か起こしてくれるという期待感に欠ける。だから外しやすい、きっとそういうことなんだろう。じゃあどうすればいいのか。課題は山ほどあった。


そこで私はまず”優先的“に取り組む課題を決めるためにenergize のお話のなかにあったなりたい自分を想像した。なりたい自分とは、先ほど述べたかの角井さんのような選手。そことの違いはなんだ。まず決定的にフィジカルが違う。身長はそんなに違わない、むしろ自分のほうが大きいくらいだが、体重が違う。それもおそらく除脂肪体重に大きな開きがある。埋めるならそこからだ。体作りは早いに越したことはない。もっと早くからちゃんと取り組むべきだったとかはもはやどうでもいい。いますぐやるんだ。今の京都大学の選手は私学に比べてがっしりしたタイプが少ない。自分が目指すのはそこだ、と春先72kg近くまで落ち込んでいた身体と向き合うことにした。今は175/79の除脂肪体重68kgまできた。あったかくて汗も出やすい今この時期に体脂肪のリスクを抑えながら、秋リーグまでにあともう2、3kg増やし、動ける体を作ろうと思う。


上手く取り組みが噛み合い始めた感じがある。今までとは違った手ごたえ。あともう少しで何か決定的なものが掴める予感がする。でもそのあと少しは手元でするりと抜けていく。この感覚は中学生の頃校外学習で川でやったニジマスつかみのそれに近しい。両手で虎視眈々と狙いを定めて手を伸ばし、捕まえた!と思うとにゅるりとすり抜けていく。何回も失敗して、違うな、違うな、と工夫を凝らして、半ば偶然的にそれでいて必然的に手の中に収まる。京大野球でのやりきりといったところか。そうして苦労してとったニジマスの塩焼きは魚嫌いの私でも美味しいと舌鼓を打ったものだ。大学野球でも私はそのニジマスとも言うべきあと少しのために身を投げ打って、絶対掴み取って賞味して見せる。きっと今後人生で経験すること数少ない絶品に違いない。来年の僕のキセキは大学野球の食べログになりそうだ。⒊5を超えてくることを期待して締めくくろう。

 

次は#3藤巻慧秀君です。彼は「俺はおまえ(脇田)のこと好きやねん」と口では言いながら二人きりになると気まずい雰囲気を醸し出してくる瞬間が多々あります。おかしいですね。1番最初の頃は宇多田ヒカルが好きだと言う話題で盛り上がったものですが、お嫁においで2015という歌が好きだったり、趣味にかなりニッチなことが多く、だんだんと共通点が朧げになって行きました。今思いつくので言うと、❶高校時代窓際族❷弟子やったらパンパンやで❸知らざあ言って聞かせやSHOW❹モハブログ❺生粋のいん、etc


あれ、結構属性一致ですね(笑)高校時代同じクラスだったら間違いなく親友であったに違いなく、おそらく昼休みは屋上でサイファーをすることになっていたでしょうし、クラスのお楽しみ会の出し物はラップバトルになっていたでしょう、、、二人でクラスから干されることになりそうですね、会うのが大学だったのは不幸中の幸い極まりないのかもしれませんね(笑)

彼の、蝶のように舞い、ゆらりゆらり、蜂のように刺して、磨き立てtimberlandと、ボコボコのMICと、スマホに入れ込んだ彼女の証明写真で魔法陣完成〜🎵なキセキに注目です!Bring the Beat!!

 

#10渡辺から紹介を受けました 3回生オールラウンダーの#7近藤俊太朗です。渡辺君はパチ組ではない安定感が強みです。安心して遊びに誘えます。3年春リーグの開幕前には、電話越しに「一旦ベストナインとってお前(近藤)焦らすわ」と言ってきたことは忘れていません。これ以上野球面でいじるとピキらせてしまうのでやめておきますが、再びリーグ戦の舞台で共闘できるのを僕は楽しみにしています。まずは悪運のかかっリストバンド返してくれ。



↑天王寺で衝動買いをしてしまった渡辺


では本題に入ります。実質2浪の野球人生について書きたいと思います。僕は1浪を経て京大に入りました。この時点でまず1浪です。そして大学2年春リーグ後に怪我をし、まだ復帰できていないのでちょうど1年2ヶ月プレーできていません。これが野球人生における2浪目です。

今回はこの2浪目について、怪我中どんな気持ちで何をしていたのかを簡単にお伝えします。今後怪我をする人たちの役に立てば嬉しいです。怪我しないことが一番ですが。


時系列に沿っていきます。

目次

2年秋リーグ戦中

2年冬

3年春リーグ戦中

現在


①2年秋リーグ

春リーグ中に怪我が悪化していて、春リーグ最終戦を機に戦線離脱を決意しました。

秋には間に合うと思っていました。でも全然良くならず夏は、吉Gで審判・補助の日々でした。練習の日は、打撃練習の補助でマシン入れを嫌というほどやっていました。時には朝5時からの練習で100分休みなしでただマシン入れをしたこともありました。本当に辛かったです。当たり前にいつもやってくれている学生コーチには本当に頭が下がります。#Staff大西さん#42こうせい(選手?)、#Staff芳野さん、そして#Staff國分#62兼岩(選手)、#Staff近藤遼本当にありがとうございます。ちゃんと勝たせたいです。


秋リーグを前に「やってやるぞ」と目を光らせて練習するみんなの補助をすればするほど、自分の現状への辛さが増していきました。自主練もできないので、グランドから逃げるようにすぐ帰ってドラマを見まくりました。マリオカートもしました。マリオカートだけとても上達していきました。定期的に今の3回生で集まってマリオカートをしているときは、みんな練習時とは違って野球の話が少なくなるので気が楽だったと思います。

またマリカしよう#5脇田、渡辺、#12加藤、#39咲#21渚はスマブラね。


そんなこんなで怪我が治らないままリーグ戦を迎えました。なぜかスタンドによくい#3藤巻鬱憤を晴らすかのごとく騒ぎ倒しました。これ以来京大スタンドは強くなった気がします。スタンドは普通、どんよりした選手が多くなりがちですが、本当にやってられないのでその分騒ぎ立てるしかありません。結果的に盛り上がればと思います。でも10試合は長いです。試合を重ねるたびに声量は小さくなっていきます。仕方ないですね。こうして2年の秋リーグ戦を逃しました。ベストナイン狙えると本気で思っていたの喪失感は半端なくありました。積み上げてきたものを失う瞬間でした。涙も出ません。ただ野球への気持ちに何かぽっかりと穴が空いてしまいました。怪我も良くならず、ジョギングしては痛みを感じる日々でした。には「お前の弱音気悪いわ」とか言われることもありました。ライブ BP でぼこぼこにしてやります。弱音吐かしてやります。


② 2年冬

ジョギングできないのは将来公園で遊ぶのもできないねと医者に言われ、手術しました。年越し入院はなかなかできない経験だったと思います。一人の人間として強くなれました。チャンスで打てると思います。そんなこんなでリハビリ期間に入り、やっぱり野球やりたいという気持ちが強くなりました。



↑4度の手術でおなじみ#11たにむー東京駅で自撮りをする醜態を晒しています。


③ 3 年春リーグ

冬の時点でもう春は間に合わないと分かっていました。でもいざ春リーグ戦が始まると悔しさがこみ上げてきました。開幕戦はスタンドで見ることすらできませんでした。駐車番の仕事でした。#30高山と二人で寒さに凍えながら球場の車出入り口で駐車券を渡し続けました。「ほんまになにしてんねやろな」と話しながら開幕戦を終えました。「この景色忘れんとこ」と言いながら高山と撮った写真です。覚えてるか高山




なんともいえない写真で申し訳ありません。


2節目には甲子園での試合がありました。甲子園でプレーするという夢も叶いませんでした。新歓担当で、新入生を連れて甲子園に行き、勧誘をしました。みんなが甲子園で楽しそうにプレーするなかでの辛さはやっぱり相当なものでした。でもその当時

来ていた#49吉満#61高橋#70髙田入ってくれたので帳消しです。新入生も続々入ってきて、本当にもう自分の出る幕は無いのではないかと思いながらも、リハビリを続けました。リーグ戦期間一緒にリハビリした#36拓歩、ありがとう。心の支えになりました。


④ 現在

野球の動作に入ることができるようになりました。怖さが残るので徐々に復帰していこうと思いますが、それは多少多めに見てもらえると嬉しいです。


今の目標はとにか野球を楽しみ、優勝に貢献することです。個人タイトルは本当に何もいらないです。チャンスで1本出せるように秋まで準備していきます。たくさんの方々の支えがあって野球ができていることを痛感しているので、感謝の気持ちを持って結果で恩返しします。


あと、トレ室にいるみんなには頑張ってもらいたいです。みんな辛い中頑張っているのは一緒だと思うので。ちなみに#15JP さんにはその他諸々感謝しています。


次は、3回生外野手の脇田です。彼とは苦楽を共にしてきました。春のリーグ戦では約束して正装(ジャケット)を羽織って最前列に並び、グランドの選手の目を惹くことに成功しました。また、駅から南港球場までの道で蜂に出会い、二人して長時間立ち往生してしまったことも懐かしいです。フレスコの前ですれ違ったことも僕は忘れません。これ以上は彼のためにも控えておきます。彼のエゴイストなキセキを是非お読みください。