#7近藤俊太朗から紹介を受けた#5脇田秀悟です。彼とはボート部新歓からの仲で、マリカやスマブラ、真剣にゲームをする仲です。マリカは互角ですが、スマブラではまだまだ負けそうにないですね。一緒に#21渚を卒業までに倒そう。かの2春の頃、リーグ戦前に僕の家に来てプロスピのホームラン競争をプレイして、二人でAボタンを押して流し打ちでホームランをほりこみながら、「これめっちゃいい練習や」といって翌日、実際にヒットを放ち、「プロスピのおかげや」と言われたことで、僕は本気で1週間くらいはめちゃくちゃホームラン競争にのめり込みました。
最近久しぶりにまた一緒にやって「やっぱこれ大事やぞ」ってなって以来1日10分起きてからホームラン競争でAボタンを押すのが日課になっています。最近は山本由伸にBPをしてもらっています。心なしか三軸の真っ直ぐが遅く見えて、ハードヒット率が向上した気がします笑
一緒にベストナイン取ろうと南港帰りの電車で約束したこと、僕は本気です。やるよ!!
今どこで私がキセキを書いているかという話からしたいと思います。僕は今東京メトロ東西線大手町駅に到着した段階です。おかしいですね、関西の地下鉄なら僕が出ている広告があるのですが、関東にはないようです。
なんで私が関東に、といいたくなりますね。関東遠征中です。関東遠征に来たら、常に#10渡辺家にお世話になることになっています。朝早く駅まで送り届けてくださるお父様、朝早くからご飯の支度をしてくださるお祖母様、陽気な物言いで元気をくれる渡辺君の弟くん、#9森田さんとまさかの同じ就職先という偶然の一致のお兄様、甲子園ガールの妹さん、陽気に盛り上げてくださるお母様、いつも暖かく出迎えてくださりありがとうございます。もはや第二の実家に感じるくらいに安心できる空間があって、渡辺家への滞在は関東遠征の楽しみの一つと言えます。
???「いや遠征は楽しみに来てるんちゃうから」Good Voiceですね。その通りです。
さあここでVoiceの話が出てきましたね。このVoiceの話は今回の関東遠征で渡辺家にお世話になっている、僕、#20武村、渡辺で中心的に交わされた議論の一つです。
まず一つ目はGood Voice と Bad Voiceについてです。
昨日帰りの車で熱論になり、祥大君のお母様も「その話は夫婦関係でも大事なことだよ」とおっしゃっていました。肝に銘じます。夢庵ご馳走様でした。
(笑)
本題に入っていきましょう。まずGood Voice、Bad Voiceとは何か、ということについて私の持論、考え方を展開します。
Good Voice→前向きな気持ちになれる声
Bad Voice→後ろ向きな気持ちになってしまう声
めちゃくちゃ万人にわかりやすく、抽象的に言うとこうなるかなと思います。Good Voiceがベンチで飛び交っている時というのはやはり試合において優勢に立っている時が多く、Bad Voiceはどうしても劣勢の時に増えてしまいがちです。環境要因の観点から言えば先述のようになるのですが、私はGood Voiceを出すことで試合の流れを好転させることができるし、Bad Voiceが出てしまうとどうしても後ろ向きになってイマイチ攻めきれないというのがあると思います。いわばポジティブに行こうよ、ということですね。
言うは易しですが、これを行うのはなかなか難しいんです。実際の試合の中ではもちろんプレーに即した現実的な声を出すことが求められますが、それに忠実になってしまうとどうしてもBad Voiceが出てしまうこともありますし、現実を無視してGood Voiceばかり出していると戦う場にいるプレーヤーとして物足りなく、ほぼ草野球のようになってしまいます。ここでBattle Voiceの話を新しくしたいと思います。
Battle Voice→Bad Voiceの中でも戦うために必要な声
ひょっとすると後ろ向きな気持ちになってしまうかもしれない声だとしても時には出す必要がある瞬間はあります。現実を見てプレーや試合の流れに即して言わないといけないタイミングがありそこでこのBattle Voiceが出るチームというのがほんとうに強いチームだと思います。
これらの匙加減というのは正直、考えてできるというよりは感覚的なものだと思います。その絶妙なバランスを保っていたのが、一年前、実際にベンチに入らせてもらった慶應義塾大学の大村君を中心にまとまった1.2年生のチームだったなと今思います。基本ベンチではGood Voiceが飛び交い、大村君や何人かのキーパーソンが出すべきところで僕の言うところのBattle Voiceを出していました。大村君と話した際に、この声掛けの面で意識していることを聞いたところ「チームが落ち込んでしまう瞬間にエネルギー出してチームを鼓舞し、盛り上がっている時こそ冷静な声を出す」ということを考えているそうです。
また彼らのベンチ内コミュニケーションを見て、グラウンドに対して働きかける声以上にベンチのムードを上げることが、攻撃で自分達の勢いを作り上げることに繋がる、と感じたため、まずはこれを持って帰るのが単純でわかりやすい変化をチームにもたらせるなと京都に帰って実践しました。
しかし、今思えばここで私は少し誤解をしていたのかも知れません。結果的に実践したのは側から見れば「こいつらふざけているのか」と思われても仕方ないようなベンチ内コミュニケーションで、チームに活気はもたらせたし、ベンチのムードも上がったが、その頃から「意味ある声を出そう」という振り返りが増え出したのも事実だし、リーグ戦の関大節では、四死球が多くなったことが影響してGood Voice が転じてBad Voice が増えてしまって対戦相手へのリスペクトに欠けてしまいました。このGood Voiceのベクトルは基本自チームに向いてるうちが良い状態だな、盛り上がりと緩い雰囲気は違うな、と色々気づきは得られました。しかし、あれこれ考えた上で出すVoice はどこか仮初で、作り物で本当じゃないな、そういう受動的なものじゃなくて、もっと能動的で心の奥底から反射的に出てくるVoice がGood Voice であり、Battle Voice なんじゃないのか、とあれこれ考えているうちに私はいつの間にか近田さんに「当分声出さなくていい」と言っていただいたこともあり、その役割から逃げました。自分のプレー面での活躍が乏しかったこともそうなってしまった要因の一つとしてあったと思います。そうして僕が持ちこんだ方法論はいわば半分ちょけのような形で終始してしまい、「意味ある声」というのが全面に出ていくことになりました。
ここで次に問題となるのが「意味ある声」です。私の中での理解はグラウンド内で起こるプレーに直接的に関わる声、それもとりわけ評価や結果に対しての声ではなく、次に起こるプレーに対しての予測、準備の声、であるとこれまでのミーティングの文脈から認識しています。よく言われたのが「意味ある声を出そう、次のプレーに対しての予測、準備の声を出そう」というものです。
意味のない声、いわゆる盛り上がりの声が隆盛するベンチには意味ある声が乏しいというものです。そうして意味ある声というものが求められていくあまり、どこか自分たちの持つ勢いみたいなものに上手く乗り切れず、盛り上がり切れず、それこそどこかよそ行きな雰囲気になっている気がします。まず根底にあるのは、Good Voice によるベンチ内コミュニケーションでの盛り上がり、その中で試合の流れやプレーに応じて、Battle Voiceを出すというのが本当の意味で戦うチームだと私は思います。そらそうやろ、と思うのは思うでしょう。僕も書いていてそらそうやなと思うし、別にこの方向性にチームが向かっているとも思う。結局全てはバランスなんだなというのが結論です。
でもほんとの勝負所においてこそ、誤解を恐れずに言うならどこか仮初なムードを感じるんです。だから改めて考えてみようと思い、文字にして書き起こしました。心の底から勝ちたいと思って能動的にGood Voice, Battle Voice を出せるチームになったら接戦を制することができると信じています。
書き始めたときは最後がこんな偉そうな論調になるとは思わず、半ば物申すような形になってしまったことは恥ずかしいあまりですが、普段のらりくらりしておちょけている私はこういう時くらい真面目なことを書くことでバランスが取れるというものですよね!今回したVoiceの話もちょっと固くなってるから柔らかくなって欲しいなという思いから書き出したもので、全てはバランスです!!笑 実際関東遠征ではバランスが保たれていて良い雰囲気だったと思います!!
さあ声の話はここら辺にして次は野球の話をします。
時系列的には2夏に遡ります。2春までの僕の杜撰な取り組みは言うまでもないでしょう。2春までは話すと長くなるので4年のキセキで振り返り、これより先の後輩たちへの警鐘にしたいと思います。2夏に私は龍谷大学、慶應義塾大学に練習参加させていただくご縁をいただき、レベルの高い選手たちに刺激を受けながら、非常に野球に対してモチベーションが高まっていました。夏季オープンB戦でもコンスタントにヒットを積み重ね、「いけるぞ」という手ごたえのもと満を辞してのA帯同。関東遠征にも行き、お世話になった慶應さんとも試合をさせていただき、本来であれば、練習参加した時によくしていただいた、大村くん、木戸脇くんとお話ができればよかったのですが、変にバトルフェイスになってスカした結果、話しかけに行けませんでした。目の前にいたのに(笑)。もし僕の気まぐれロマンティックな勘違いであれば困りますが、神宮で戦うという約束をしたと記憶しています。今秋、慶應と一戦交えるのは関大ではなく、京大です。待っていてください。
念願のA帯同とは裏腹に僕の気持ちはどこか晴れませんでした。思うように来ない出場機会。周りからはVoice枠で入っているんだから仕方ない。実力はまだBの選手ということを耳にすることが多く、めちゃくちゃ悔しかった。なんでだ。一打席くらいくれたってばちは当たらないだろう。こんだけチームにコミットしているのに。明るく振る舞う反面、内心では酷く腹立たしかった。S戦としてへとへとになりながら真夏の中自転車を漕いで行った京産戦でも駿河大でも出番はなく、慶應戦も打席に立つことはなかった。同世代の選手は次々にチャンスをもらって打席に立つ。悔しい。なんでだ。苛立った。
でも同時に自分でも薄々わかっていた。まだまだリーグ戦レベルの実力もなければ、期待感のある野球センスもない。体に見合わないスイングに、野球IQの低さ。わかっていた。先輩に愚痴を吐いたり、同世代の選手に弱音を吐いてもなおわかっていた。でもその頃の私はそれを棚に上げて、比較ばかりして「あいつがもらえるなら俺もいけるやろ」と今になって思えば的外れな不満を抱いていた。それでも試合になったらそんなことは捨て置き、声、ムードメイクという役割に徹した。どんなに喉がいかれても、喉スプレーで鞭を打ち、必死で戦った。(今思い返せばこのムードメイクもまだまだ拙く、ただふざけているだけだったなと反省されるが。)
ひたすら勝ち星を積み重ねたオープン戦とは裏腹にリーグ戦では負けがこんだ。結局最後はグラウンドにいる選手がどうかなんだ、と現実を突きつけられ、そこに立てる度量もないままにただベンチで声を張り上げる自分。何をしてるんだろうと思った。
たとえるなら、戦国時代戦に出て、安全なところからただ鬨の声を張り上げる足軽といったところだろうか。世間ではスポーツにおいて控えでチームのために尽くせる選手についての美談がときたま話題になる。例を出すといくらでもある。その人たちの誰か一人でもいいからぜひ会って話したい。知りたい。心の内を。100%穏やかであるはずがないと未熟ながら似たような立場を経験した私は思う。
いや、だからこそその人の言葉や行動には人を動かす力が芽生えるのかもしれない。
そうして結局勝てないままにシーズンを終えて、私は、多少暗い気持ちになりながら、リーグ戦オフの真っ只中だったと記憶しているが、優勝決定戦の同立戦、関関戦を偵察しに行った。その日繰り広げられたのは投手戦と、ホームラン合戦だった。関大山本の覚醒、あわや新記録更新の立命角井、同点ホームランで追いついた同大知念。あまりに眩しかった。こうなりたい。好投手ひしめくこのリーグで、投手戦を制する痺れる一振り、その一振りでチームを勝利へ。そういう選手になるんだと誓った。近田さんとの面談でもそう話した。
その頃からチーム方針は低く強い打球を、3−1で一本の長打より3−2、3−3を単打でも打てる選手になろうとなっていた中でももはや、自分の欲望は止められなかった。止めることは自分のためにならないし、チームのためにならないと思った。投手戦を制するのは連打よりも一振りだと信じてやまなかった。理性的には、それは違う。チームがやろうとしていることとは。そんな力はまだない。そうわかっていた。でも、それが正しいか間違っているかは自分が証明するしかないと意気込んだ。とにかくバットを振った。日々アームマシンと向き合った。3箱4箱5箱6箱、とにかく打ち込んだ。今となってはこの時期にもっと体作りに取り組んでいれば、と悔いがある。
というのも冬が明け、始まった春リーグ、ベンチ入りは1試合にとどまり、出場は0試合。あれ、思っていたのと違うぞ。自分の見立てではレギュラーで出ているはずじゃ無かったか。勝利打点を挙げて、吠え散らかしているはずだったのに。いや、そうなることは春のオープン戦から明白だった。自己満バッティングとついてこない結果、遠征に伴う京都残留。客観的に見て、その頃の自分に期待感はまだなかった。分不相応のバッティング、未熟な守備意識。自分にできるのは近藤と一緒にスタンドを賑やかせて、渡辺を筆頭としたグラウンドの選手にやじを飛ばすことだけだった。もちろんGood Voice だが。
甲子園節でノック補助に入っていた自分が「ワッキー外しやすいから外しちゃった(๑>◡<๑)」というお言葉をもらったのもちょうどこの頃だ。不振に喘ぐ自分の予期しない勘違い、妄想だったのかもしれない。多分そうだろう。でも似たような評価は以前もらっており、「よくも悪くもバランスが取れた選手」というものだった。つまり、途中出場で出すには飛び抜けた武器がなく、スタメンで出すには総合力がない。何か起こしてくれるという期待感に欠ける。だから外しやすい、きっとそういうことなんだろう。じゃあどうすればいいのか。課題は山ほどあった。
そこで私はまず”優先的“に取り組む課題を決めるためにenergize のお話のなかにあったなりたい自分を想像した。なりたい自分とは、先ほど述べたかの角井さんのような選手。そことの違いはなんだ。まず決定的にフィジカルが違う。身長はそんなに違わない、むしろ自分のほうが大きいくらいだが、体重が違う。それもおそらく除脂肪体重に大きな開きがある。埋めるならそこからだ。体作りは早いに越したことはない。もっと早くからちゃんと取り組むべきだったとかはもはやどうでもいい。いますぐやるんだ。今の京都大学の選手は私学に比べてがっしりしたタイプが少ない。自分が目指すのはそこだ、と春先72kg近くまで落ち込んでいた身体と向き合うことにした。今は175/79の除脂肪体重68kgまできた。あったかくて汗も出やすい今この時期に体脂肪のリスクを抑えながら、秋リーグまでにあともう2、3kg増やし、動ける体を作ろうと思う。
上手く取り組みが噛み合い始めた感じがある。今までとは違った手ごたえ。あともう少しで何か決定的なものが掴める予感がする。でもそのあと少しは手元でするりと抜けていく。この感覚は中学生の頃校外学習で川でやったニジマスつかみのそれに近しい。両手で虎視眈々と狙いを定めて手を伸ばし、捕まえた!と思うとにゅるりとすり抜けていく。何回も失敗して、違うな、違うな、と工夫を凝らして、半ば偶然的にそれでいて必然的に手の中に収まる。京大野球でのやりきりといったところか。そうして苦労してとったニジマスの塩焼きは魚嫌いの私でも美味しいと舌鼓を打ったものだ。大学野球でも私はそのニジマスとも言うべきあと少しのために身を投げ打って、絶対掴み取って賞味して見せる。きっと今後人生で経験すること数少ない絶品に違いない。来年の僕のキセキは大学野球の食べログになりそうだ。⒊5を超えてくることを期待して締めくくろう。
次は#3藤巻慧秀君です。彼は「俺はおまえ(脇田)のこと好きやねん」と口では言いながら二人きりになると気まずい雰囲気を醸し出してくる瞬間が多々あります。おかしいですね。1番最初の頃は宇多田ヒカルが好きだと言う話題で盛り上がったものですが、お嫁においで2015という歌が好きだったり、趣味にかなりニッチなことが多く、だんだんと共通点が朧げになって行きました。今思いつくので言うと、❶高校時代窓際族❷弟子やったらパンパンやで❸知らざあ言って聞かせやSHOW❹モハブログ❺生粋のいん、etc
あれ、結構属性一致ですね(笑)高校時代同じクラスだったら間違いなく親友であったに違いなく、おそらく昼休みは屋上でサイファーをすることになっていたでしょうし、クラスのお楽しみ会の出し物はラップバトルになっていたでしょう、、、二人でクラスから干されることになりそうですね、会うのが大学だったのは不幸中の幸い極まりないのかもしれませんね(笑)
彼の、蝶のように舞い、ゆらりゆらり、蜂のように刺して、磨き立てtimberlandと、ボコボコのMICと、スマホに入れ込んだ彼女の証明写真で魔法陣完成〜🎵なキセキに注目です!Bring the Beat!!