~~~~初盆記念に義理父に贈ります~~~~
2010年 11月25日の朝の出来事
「お父さんが帰ってこない!」
朝10時半頃、寝起きの電話の第一声で嫁の妹の奈都子がそう叫んだ。
「え・・・?」
一瞬意味が分からなかったが、奈都子の声の震え方で頭のてっぺんから足のつま先まで目が覚めた。
「なんだって!?」
「昨日出て行ったきりお父さんが帰ってこないんよ!」
隣で寝ていた嫁の明日香も何かとんでもない事が起きているのを感じて俺を心配そうに見つめていた。
電話を切って状況を説明した。起こるはずがないその事態に明日香は混乱していた。
「取りあえずバサラカに行ってみよう」
膨れ上がる不安を押さえ、橋本ファミリーが経営しているバサラカラーメン屋へ明日香と、生まれて半年の娘の優奈(ゆうな)を連れて車を飛ばした
この時車の中ではほとんど会話をしていない。
とにかく、この話は間違いだったと只祈らずにはいられなかった。
到着するとそこには奈都子がその年生まれたばかりの娘、結月(ゆづき)をおんぶして呆然と座っていた。
改めて状況を聞いた。
どうやらお父さんは前日、ラーメン屋の定休日の夕方頃、妻のまり子お母さんに
「お風呂に行ってくる」と一言告げそのまま帰ってこなくなったらしい。
僕たちがラーメン屋につく頃にはお母さんの姿はなかった。
お母さんと弟の天平は警察署に捜索願いに行っていた。僕は陽なた家に電話をして、今伝えられるだけの状況を伝え、少しの間お父さんのための時間をいただいた。
そして、陽なた家ファミリーの会長の永松孝幸会長に電話した。
会長は心配して飛んで来てくれ、これからのアドバイスをたくさんいただいた。
そして僕の両親にも連絡をした。
その時、警察から新たな情報が届いた。
お父さんの車が発見されたのだ。
場所は、ラーメン屋から近くにある山、「求菩提山(くぼてざん)」で、
車で行けるほぼ頂上付近。車のナンバーが「7777」だったため、その日の朝にそこを通りかかった警察官が何となく気にして覚えててくれたみたいだ。
お母さんと天平はその足で警察署から現場へ向かった。
お母さんからはお店で待機しておくように言われた僕たちだったが、居ても立ってもいられないとはこの事だろう、
「じっとしていられない」のである。
そのまま後を追って明日香と奈都子、そして小さな赤子二人を車に乗せ、山へ向かった。
現地に着くまでは約30分かかる。さほど高くもない山だが、昔から信仰の山として知られ、お寺もいくつかある。それに天狗が現れるという言い伝えがあり、路面沿いに天狗の像があるほどだ。その他温泉に絶景スポット、秋には紅葉、そして蛍が現れ人々を楽しませてくれる場所だ。そして、その日は11月25日、紅葉も終盤にさしかかり、今年最後の彩りを飾っていた。
道中の車内、姉妹二人は色々な、想像を膨らませていた。
「お父さんに限って自殺なんてないと思うけど・・・。」
「女つくって逃げたのかな・・・まさかね」
「天狗って本当にいるのかな。連れ去られてたらどうしよう。でもお父さんなら案外仲良くやってそうだけど・・・」
「どんくさいお父さんだからどっか足引っ掛けてどこかでうずくまってるかもしてない・・・」
・ ・・
状況がわからないと、したくない想像やあり得ない事などをどこまでも膨らませてしまうものだ。とにかく見えないことが一番怖い。
どこまでも続く紅葉がとても切なくキレイだった。
お父さんの車がある場所に着いた。
場所は山道を車で行けるほぼ最後の駐車場で、その先には民家風レストランが一軒あり、その先は登山コースがある、駐車場のそばには緩やかな河川が続いていた。
お母さんたちは車の中の状況による警察の事情徴収をはじめていた。車内は特にいつもと変わらない様子だったが、一つだけ無いものがあった。
それは、お父さんがいつも持ち歩いているリュックサックだった。そのリュックには、画材道具とインスタントカメラがはいっている。
水彩画が好きなお父さん。
お父さんはもしかしたら、絵を描きに来たか、絵を描くための写真を撮りに来たのかもしれない。
大きな手がかりをつかんだ。
警察官の捜索がはじまった。十数名の警察の方々のが山を捜してくれた。
僕もお父さんを単独で捜しにいった。
色んな想像をかき立てながらの捜索。人に恨みを買うような人でもないし、お金に困ってた様子もなかった。お母さんに聞いても特にお金に関する問題もないようだった。やっぱり大好きな絵を描くための景色が目的なはず。しかし難点なのは、お父さんにとっての景色は一見何気ないようなところでも景色として描写してしまう。お父さんがスケッチするための写真で、「かかし」があったのを見てそう思った。
可能性は[山の隅から隅]なのだ。
それから色んな所をまわった。民家、河川、田んぼ、林、橋の下、温泉。時には進入禁止のロープを超えて進んだりもした。
(本当に山にいるんだろうか)
かなりの時間が経った。
遠くから、僕を呼ぶ声がする。
「きょーすけー」
「自分の10年を振り返る」
そう決めて、僕の過去を振り返ってみると、
異常なほど、頭の中で、しげにいが出てきます。
それぐらい、いろんなことを教えてもらいました。
(もちろん、これからも教えていただきますが・・・)
決して一緒にいた時間が誰よりも長いというわけではありませんが、
これもやはり、
タイミングというやつかもしれません。
「しんどい時、いつもそばにいてくれた」
というよりも、
絶体絶命のとき、だれよりも真っ先に飛んできてくれるような人です。
言うなれば、
ミスター助け舟
助け舟は必ずぎりぎりまで出てきません。
むしろ、負担をかけて楽しんで見ているのがしげにいです(笑)
それはまるで、
ドラゴンボールで出て来る師匠たち(カメ仙人/神様/界王様)が
悟空に重力(亀の甲/重い服/重力10倍)をかけて
特訓させて、ニコニコ見守っているような感じです。
おかげで、みんなはかなり鍛えられたと思います。
たこ焼き催事で大分の南にある街に行ったときのことです。
なぜ、そのタイミングでしげにいが僕にそれを言ったのかはわかりませんが、
妙に印象に残った言葉があるので、書いておこうと思います。
「京介、今は末っ子スタッフでがむしゃらにやりゃーいいけど、
いつか兄貴になった時に、これだけは覚えておけ。
誰か、仲間や部下が危ない目にあった時、
一番に飛んでいって、一番体を張れる奴になれ」
その言葉があったおかげで、
○お店で酔ったお客様が暴れた時、
○ゲロが散乱しまくって誰も手が付けられなくなった時、
○とんでもないクレームが起きた時、
○危ないと思える瞬間が起きた時、
勝手に体が動く様になりました。
それはいつか、
自分が同じことを人に伝えたかったからかもしれません。
最初は見栄を張っていたこともあったので、カッコつけてた部分もあったかもしれません。
仲間や人々からありがとうを言われる度に、逆にたくさんの人を好きになることができたので、
必然的に、
「守りたい」っていう気持ちを
みんなからいただいたような気がします。
僕が最初に学んだ、リーダー論です。
ちなみに、当時。
たこやき行商軍団は、
車の中にドラゴンボールを積んでおり、よくみんなで川の字になって読んでいたのを覚えています。
なつかし~~♬
「プロジェクトX」をみんなで食い入る様に見てたのも懐かしい。
そのときのBOSSの一言も忘れられません。
「すげ~~な~~。
俺たちも、こんな感じでいこう!!」
そう決めて、僕の過去を振り返ってみると、
異常なほど、頭の中で、しげにいが出てきます。
それぐらい、いろんなことを教えてもらいました。
(もちろん、これからも教えていただきますが・・・)
決して一緒にいた時間が誰よりも長いというわけではありませんが、
これもやはり、
タイミングというやつかもしれません。
「しんどい時、いつもそばにいてくれた」
というよりも、
絶体絶命のとき、だれよりも真っ先に飛んできてくれるような人です。
言うなれば、
ミスター助け舟
助け舟は必ずぎりぎりまで出てきません。
むしろ、負担をかけて楽しんで見ているのがしげにいです(笑)
それはまるで、
ドラゴンボールで出て来る師匠たち(カメ仙人/神様/界王様)が
悟空に重力(亀の甲/重い服/重力10倍)をかけて
特訓させて、ニコニコ見守っているような感じです。
おかげで、みんなはかなり鍛えられたと思います。
たこ焼き催事で大分の南にある街に行ったときのことです。
なぜ、そのタイミングでしげにいが僕にそれを言ったのかはわかりませんが、
妙に印象に残った言葉があるので、書いておこうと思います。
「京介、今は末っ子スタッフでがむしゃらにやりゃーいいけど、
いつか兄貴になった時に、これだけは覚えておけ。
誰か、仲間や部下が危ない目にあった時、
一番に飛んでいって、一番体を張れる奴になれ」
その言葉があったおかげで、
○お店で酔ったお客様が暴れた時、
○ゲロが散乱しまくって誰も手が付けられなくなった時、
○とんでもないクレームが起きた時、
○危ないと思える瞬間が起きた時、
勝手に体が動く様になりました。
それはいつか、
自分が同じことを人に伝えたかったからかもしれません。
最初は見栄を張っていたこともあったので、カッコつけてた部分もあったかもしれません。
仲間や人々からありがとうを言われる度に、逆にたくさんの人を好きになることができたので、
必然的に、
「守りたい」っていう気持ちを
みんなからいただいたような気がします。
僕が最初に学んだ、リーダー論です。
ちなみに、当時。
たこやき行商軍団は、
車の中にドラゴンボールを積んでおり、よくみんなで川の字になって読んでいたのを覚えています。
なつかし~~♬
「プロジェクトX」をみんなで食い入る様に見てたのも懐かしい。
そのときのBOSSの一言も忘れられません。
「すげ~~な~~。
俺たちも、こんな感じでいこう!!」
こんにちは! 半年ぶりのブログ!!今回は少し真面目にやります。
改めてではありますが、この10年間のエピソードと自己紹介をかねて書かせていただきます。
南部京介といいます!
兵庫県 西宮市出身
「人生は何をするかよりも誰と出会うか」
ネガティブで引きこもり、そして失語症。心を完全に閉ざし、涙も流さなくなる。
夢も希望もなくなった21歳の時
とある出会いが僕の人生を大きく変えました。
その人は当時、常勝無敗のたこ焼き屋「天までとどけ。」の行商でたくさんの仲間と共に
九州を西へ東へと旅をする27歳の青年社長。
親同士のつながりがあったのもあり、
とある日、一本の電話が入ります。
「おー!京介!元気してるか?とりあえず、九州に遊びにこい」
言われるままに九州は大分県中津市に到着し、最初に手渡されたのは、
なんとたこ焼き屋のユニフォーム。
「よし、着てこい!」
「お、よく似合ってるよ。とりあえず、丸くしようか(←たこ焼きを)」
気付いたらたこ焼きをひたすら焼き、一生懸命販売していました。
3週間のたこ焼き修行
今まで、平々凡々で何不自由なく一応都会の生活をおくっていた僕は、
いきなりトラックのあんちゃんのような人たちに囲まれ、
汗をかき
声を出し
笑顔を鍛えられ
対面販売のすばらしさに、今まで体感したことのない楽しい日々を過ごしました。
九州最終日、その成年社長は僕に未来を語りました。
「将来は○○して・・・」
「みんなが社長になって・・・」
「最高に楽しい未来が待っている!」
初めて見るような、キラキラした目
話を聞いてるだけで映画の世界に連れていかれるような話術
【ただならぬ】オーラを放つ存在
その人は最後に言いました。
「京介、一緒にやらないか?
お前が必要だ」
その瞬間、
血が逆流し
乾いた大地に水が染み渡るような感覚を覚えて、
瞬間的に答えてました
「おれ、やります」
それから僕の人生は一気に可動し始めました。
僕の人生を変えてしまった、その人の名は、
「永松茂久」
通称「しげにい」
後に、日本一の商人「斉藤一人」さんの11番目の弟子になり、
幾多の本を出版し、ベストセラー作家になり
全国をまたにかけ講演をし
たくさんの名だたる仲間を持つカリスマです。
僕の生涯の師匠になる人でした。
その人と出会うまで「夢」に縛られた生き方をしていました。
夢が見つからず苦しむ日々
したいことはことごとく挫折し、
周りの仲間が着実に人生を進むことへの焦り
「もう俺は何をやっても駄目じゃないか?」
そんな僕にしげにいは新しい生き方を照らしてくれました。
それは、
何をするか
ではなく、
【自分がどうあるか】でした。
それが
「人の役に立つ」
「人から必要とされる自分になる」
「人から求められる努力をする」
それは今まで追いかけてた空想的なものではなく、
地に足つけて「光る魅力を磨き続ける【生き方】」でした。
なにもできなかった僕は
なにも持ってなかった僕は
とにかくやれることをしようと決意。
言われたことに対して100%
「はい」
と言える努力をしました。
ときには超「むちゃぶり」とも言えるものも飛んできました。
「人生はアドリブと強行突破!」
そんな僕が10年間でさせてもらえるようになったことが宝物になりました。
○22の春、ダイニング「陽なた家」オープンと同時にホールチーフ
○24歳、初めてパソコンに触り、気付いたらイラストレーターとフォトショップをつかい
メニューデザインや広告デザインやpopデザインを担当
○フード/デザート/ドリンクメニュー開発
○店長になり、一店舗の管理者
○ブライダルの依頼があり、ブライダルプランナー、ブライダルカウンセラーとして
幾多の結婚式をプロデュース
○司会を頼まれ、結婚式の司会、イベントの司会、セミナーの司会を担当
○映像の依頼があり、イベントや店舗向けのPRビデオ、結婚式用の映像作成
○マネージャーになり、3店舗のサービス向上マネージメント
○何千ものお客様の相談相手となる
○日本トップレベルのサーバー(おたふくソースの社長にいただいた言葉)
○飛び込み営業
○新店舗の内装デザイン
○魅力アップ研修のコーチ
○本のライターと編集
○新人研修の講師
○感動サービスコンサルタント
○イベント企画
しげにいと言う1人の男とで会い、たこ焼きを焼きにきた関西人の僕は
したいことをした人生ではなく
夢を追い求めた人生ではなく
ただ、求められることをやり続けただけでした。
才能や能力があったから、やらせてもらえたのではなく、
「あいつに言ったら、断らないからやってくれる」
それだけで、仕事が増えました。
もちろん出来ないことをいきなりするので、
しんどいこともありました。
面倒くさいと思ってしまうこともありました。
こんなこと引き受けなきゃ良かったと思うこともありました。
泣きたくなることも(笑)
それでも僕を前へ前へと動かしたのは、
過去に引き返したくない想いと、
とことん信じてくれるしげにいや愛する人や仲間たちの存在がいたからです。
「おまえならやれる」
これがどれだけ魂に活力を与えてくれるかを知っています。
そして、
喜んでくれた人々の数が僕の人生を受け入れてくれました。
僕は「変われた」のではなく
ただ、「大好きな自分を発見」する連続でした。
「ありがとう」の数が、自分に自信をくれました。
今まで悩んでたこと
悲しかったことや苦しいことが、全て意味があることに気付けました。
・引きこもりもした
・失語症にもなった
・家出をして親に迷惑をかけた
・たくさんの人を泣かせた
・逃げ出してしまったこともあった
・強く決心したことを簡単に挫折
でも
今までの全てのネガティブが
全ての失敗や悲しみが
人の気持ちを知れる自分を作ってくれました。
仲間を支える活力に変わりました。
【負の財産】がいつか人を導く。
ネガティブ万歳!(笑)
そう信じています。
「生まれてきてよかった」
そんな思いで過ごしています。
今、新たな人生の舞台に立ちます。
しげにい率いる陽なた家ファミリーが一番大切にしている根本原則
「FOR YOU」スピリッツ
~人は愛する人のためならがんばれる~
僕は今まで支えてくれた仲間のためにも
今もなお信じてくれているしげにいのためにも
これから出会う素敵な人たちのためにも
いつもそばで支えてくれる最愛のパートナーと子供のためにも
自分自身と、そこまでつないでくれたご先祖さまのためにも
前に進み続けます。
このたび、僕は社長になることになりました。
会社の内容は100%確定ではありませんが、
・魅力アップのセミナー
・陽なた家のフォーユーメソッドセミナー
・チームワークデザインコンサルタント
・コミュニケーションセミナー
を中心に、色々なことを深め、お役に立っていく次第です。
僕に夢ができました
○しげにいが目指す「フォーユージャパン」を作る一角を担いたい
○いつか、心のど真ん中に辿り着きたい
○日本のハッピーな「ぱしりテーター」になりたい
○最高の仲間たちに囲まれて笑顔満開100%の人生を歩みたい
○人のために使えるお金は山ほど欲しい
○全国に秘密基地をつくり、みんなが集える場所が欲しい
○天に愛される生き方がしたい
○人を導き、救っていける奴になりたい
○血のつながらない家族を増やす
ワガママかもしれませんが、叶えます。
残りの人生はおそらく、あと50年ぐらいです。
この間に自分が仕合せにできる人を精一杯つくします。
これからも陽なた家ファミリーと一緒です。
次の舞台は福岡。10月に引っ越します。
家族と一緒です。子供は一歳になりました(幸)
沢山の出会いが待つ、人情の街「博多」
東京や関西での仕事もあるので、アクセスはよくなります。
さて、いざ出発!
人生第3章
幕開けです!
みなさん
よろしくお願いします。仲良くしてくださいね♬
長文読んでいただき、本当にありがとうございました!
出会いに感謝します!!!!


改めてではありますが、この10年間のエピソードと自己紹介をかねて書かせていただきます。
南部京介といいます!
兵庫県 西宮市出身
「人生は何をするかよりも誰と出会うか」
ネガティブで引きこもり、そして失語症。心を完全に閉ざし、涙も流さなくなる。
夢も希望もなくなった21歳の時
とある出会いが僕の人生を大きく変えました。
その人は当時、常勝無敗のたこ焼き屋「天までとどけ。」の行商でたくさんの仲間と共に
九州を西へ東へと旅をする27歳の青年社長。
親同士のつながりがあったのもあり、
とある日、一本の電話が入ります。
「おー!京介!元気してるか?とりあえず、九州に遊びにこい」
言われるままに九州は大分県中津市に到着し、最初に手渡されたのは、
なんとたこ焼き屋のユニフォーム。
「よし、着てこい!」
「お、よく似合ってるよ。とりあえず、丸くしようか(←たこ焼きを)」
気付いたらたこ焼きをひたすら焼き、一生懸命販売していました。
3週間のたこ焼き修行
今まで、平々凡々で何不自由なく一応都会の生活をおくっていた僕は、
いきなりトラックのあんちゃんのような人たちに囲まれ、
汗をかき
声を出し
笑顔を鍛えられ
対面販売のすばらしさに、今まで体感したことのない楽しい日々を過ごしました。
九州最終日、その成年社長は僕に未来を語りました。
「将来は○○して・・・」
「みんなが社長になって・・・」
「最高に楽しい未来が待っている!」
初めて見るような、キラキラした目
話を聞いてるだけで映画の世界に連れていかれるような話術
【ただならぬ】オーラを放つ存在
その人は最後に言いました。
「京介、一緒にやらないか?
お前が必要だ」
その瞬間、
血が逆流し
乾いた大地に水が染み渡るような感覚を覚えて、
瞬間的に答えてました
「おれ、やります」
それから僕の人生は一気に可動し始めました。
僕の人生を変えてしまった、その人の名は、
「永松茂久」
通称「しげにい」
後に、日本一の商人「斉藤一人」さんの11番目の弟子になり、
幾多の本を出版し、ベストセラー作家になり
全国をまたにかけ講演をし
たくさんの名だたる仲間を持つカリスマです。
僕の生涯の師匠になる人でした。
その人と出会うまで「夢」に縛られた生き方をしていました。
夢が見つからず苦しむ日々
したいことはことごとく挫折し、
周りの仲間が着実に人生を進むことへの焦り
「もう俺は何をやっても駄目じゃないか?」
そんな僕にしげにいは新しい生き方を照らしてくれました。
それは、
何をするか
ではなく、
【自分がどうあるか】でした。
それが
「人の役に立つ」
「人から必要とされる自分になる」
「人から求められる努力をする」
それは今まで追いかけてた空想的なものではなく、
地に足つけて「光る魅力を磨き続ける【生き方】」でした。
なにもできなかった僕は
なにも持ってなかった僕は
とにかくやれることをしようと決意。
言われたことに対して100%
「はい」
と言える努力をしました。
ときには超「むちゃぶり」とも言えるものも飛んできました。
「人生はアドリブと強行突破!」
そんな僕が10年間でさせてもらえるようになったことが宝物になりました。
○22の春、ダイニング「陽なた家」オープンと同時にホールチーフ
○24歳、初めてパソコンに触り、気付いたらイラストレーターとフォトショップをつかい
メニューデザインや広告デザインやpopデザインを担当
○フード/デザート/ドリンクメニュー開発
○店長になり、一店舗の管理者
○ブライダルの依頼があり、ブライダルプランナー、ブライダルカウンセラーとして
幾多の結婚式をプロデュース
○司会を頼まれ、結婚式の司会、イベントの司会、セミナーの司会を担当
○映像の依頼があり、イベントや店舗向けのPRビデオ、結婚式用の映像作成
○マネージャーになり、3店舗のサービス向上マネージメント
○何千ものお客様の相談相手となる
○日本トップレベルのサーバー(おたふくソースの社長にいただいた言葉)
○飛び込み営業
○新店舗の内装デザイン
○魅力アップ研修のコーチ
○本のライターと編集
○新人研修の講師
○感動サービスコンサルタント
○イベント企画
しげにいと言う1人の男とで会い、たこ焼きを焼きにきた関西人の僕は
したいことをした人生ではなく
夢を追い求めた人生ではなく
ただ、求められることをやり続けただけでした。
才能や能力があったから、やらせてもらえたのではなく、
「あいつに言ったら、断らないからやってくれる」
それだけで、仕事が増えました。
もちろん出来ないことをいきなりするので、
しんどいこともありました。
面倒くさいと思ってしまうこともありました。
こんなこと引き受けなきゃ良かったと思うこともありました。
泣きたくなることも(笑)
それでも僕を前へ前へと動かしたのは、
過去に引き返したくない想いと、
とことん信じてくれるしげにいや愛する人や仲間たちの存在がいたからです。
「おまえならやれる」
これがどれだけ魂に活力を与えてくれるかを知っています。
そして、
喜んでくれた人々の数が僕の人生を受け入れてくれました。
僕は「変われた」のではなく
ただ、「大好きな自分を発見」する連続でした。
「ありがとう」の数が、自分に自信をくれました。
今まで悩んでたこと
悲しかったことや苦しいことが、全て意味があることに気付けました。
・引きこもりもした
・失語症にもなった
・家出をして親に迷惑をかけた
・たくさんの人を泣かせた
・逃げ出してしまったこともあった
・強く決心したことを簡単に挫折
でも
今までの全てのネガティブが
全ての失敗や悲しみが
人の気持ちを知れる自分を作ってくれました。
仲間を支える活力に変わりました。
【負の財産】がいつか人を導く。
ネガティブ万歳!(笑)
そう信じています。
「生まれてきてよかった」
そんな思いで過ごしています。
今、新たな人生の舞台に立ちます。
しげにい率いる陽なた家ファミリーが一番大切にしている根本原則
「FOR YOU」スピリッツ
~人は愛する人のためならがんばれる~
僕は今まで支えてくれた仲間のためにも
今もなお信じてくれているしげにいのためにも
これから出会う素敵な人たちのためにも
いつもそばで支えてくれる最愛のパートナーと子供のためにも
自分自身と、そこまでつないでくれたご先祖さまのためにも
前に進み続けます。
このたび、僕は社長になることになりました。
会社の内容は100%確定ではありませんが、
・魅力アップのセミナー
・陽なた家のフォーユーメソッドセミナー
・チームワークデザインコンサルタント
・コミュニケーションセミナー
を中心に、色々なことを深め、お役に立っていく次第です。
僕に夢ができました
○しげにいが目指す「フォーユージャパン」を作る一角を担いたい
○いつか、心のど真ん中に辿り着きたい
○日本のハッピーな「ぱしりテーター」になりたい
○最高の仲間たちに囲まれて笑顔満開100%の人生を歩みたい
○人のために使えるお金は山ほど欲しい
○全国に秘密基地をつくり、みんなが集える場所が欲しい
○天に愛される生き方がしたい
○人を導き、救っていける奴になりたい
○血のつながらない家族を増やす
ワガママかもしれませんが、叶えます。
残りの人生はおそらく、あと50年ぐらいです。
この間に自分が仕合せにできる人を精一杯つくします。
これからも陽なた家ファミリーと一緒です。
次の舞台は福岡。10月に引っ越します。
家族と一緒です。子供は一歳になりました(幸)
沢山の出会いが待つ、人情の街「博多」
東京や関西での仕事もあるので、アクセスはよくなります。
さて、いざ出発!
人生第3章
幕開けです!
みなさん
よろしくお願いします。仲良くしてくださいね♬
長文読んでいただき、本当にありがとうございました!
出会いに感謝します!!!!


陽なた家大名店に来た。
みんあかなり元気そうでよかった。
前のパン屋の大将も相変わらず笑顔満開!
かなりチャージできてます。
ワイファイがあるので久しぶりにこのパソコンが起動した!!!
普段はこの最新パソコンは・・・
ワープロです
みんあかなり元気そうでよかった。
前のパン屋の大将も相変わらず笑顔満開!
かなりチャージできてます。
ワイファイがあるので久しぶりにこのパソコンが起動した!!!
普段はこの最新パソコンは・・・
ワープロです

遂に個人的にブログスタートいたしました。
最初は気ままに書こうと思ってます。
よろしくお願いいたします。
南部京介
最初は気ままに書こうと思ってます。
よろしくお願いいたします。
南部京介