大通院
【妙心寺塔頭・大通院】
山内一豊夫妻の御廟がある。天正十四年(1586)一柳直末が南北玄興を開山としたものであるが、のちに山内一豊の猶子の湘南和尚が中興した。

<塔頭 たっちゅう>
塔頭とは本来は禅宗で祖師などの墓のほとりに建てられた塔、あるいは墓を護持するために建てられた小さな庵をさす言葉だったようです。現在では広辞苑には「山内にある小寺院、大寺に所属する別坊。寺中。子院。わきでら」と解説されています。妙心寺には塔頭と呼ばれるものが47あります。

山内一豊(やまうち かつとよ 俗称、やまのうち かずとよ)(1546-1605)
戦国時代から安土桃山時代、江戸時代の武将、初代土佐藩主である。父は岩倉織田氏の家臣の山内盛豊、母は梶原氏の娘か。弟に山内康豊。康豊の子の山内忠義(2代藩主)を養子にする。名は猪右衛門。織田信長・豊臣秀吉・徳川家康に仕えた珍しい武将。

山内千代- 一豊の妻である見性院(千代、まつ)は夫を「内助の功」で助けた賢妻とされており、嫁入りの持参金(貧しいながらも貯めたへそくりとの説もある)で名馬(鏡栗毛)を買ったという。

よね姫- 一豊の娘。天正十三年(1585)1月29日の大地震で長浜城にて死去。翌年、妙心寺にて供養される。

湘南和尚- 一豊の猶子。邸宅前に捨てられていたところを養育されて後、妙心寺 南北禅師の弟子となる。よね姫を終生供養した。

通常非公開ですが、1月14日~3月19日まで非公開文化財特別公開が実施されます。
拝観料:600円

JR京都駅から市バス26番で妙心寺北門前下車

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