青々と伸びていた田んぼの稲が、いつの間にか小金色に色付き頭を垂れてきました。
日暮も日に日に早くなり、そういえばだいぶ涼しくなってきたなぁ~
秋の気配を感じると、30℃超えの真夏の頃が懐かしくもなります。
ちょうど1か月前。お盆です。
山田町の叔母のところへ行ったことを思い出しました。
あの震災から5年半。
叔母のうちは海からほど近いところに居をかまえていましたが、高台の一番上にあったため夫共々家屋も被害を免れることができました。 その夫も震災後まもなく持病が悪化し、復興を見届けることもなく亡くなってしまい、いまでは関東に住んでいた息子が戻り2人暮らしの日々をおくっています。
その叔母を訪ねて実の両親・兄と4人で車をとばしました。
以前訪れた叔母のうちの周辺とはかなり様変わりしていて驚かされてしまいました。
震災前、叔母の家から後ろは見渡す限りの山に覆われていたのですが、その山を切り崩し多くの新しいうちがたくさん建てられていて、すでにひとつの団地と化しています。
たくさんの戸建の家が立ち並ぶ奥には公営住宅がありました。
その北側には駅舎ができる予定で、足のない叔母は便利になると喜んでいました。
高台から海を望むことができます。
かけがえのない日常を襲った海とは信じがたいほど
穏やかです。
海沿いを通る国道45号線は巨大な防潮堤に遮られ残念ながら
車窓からは景色を楽しむことはできません。
安全第一ということなのでしょう。
お昼には叔母が知り合いの漁業関係のかたに頼んで仕入れてくれた
ちょう~スペシャルな海な幸をいただきました。
粒の大きな形のしっかりした生うに! (甘くておいし過ぎて涙がでそう)
まだ透き通ったままのイカ刺!(コリコリしてこれもあまい~)
肉厚で弾力がありすぎるホヤ!(今まで食べてたホヤってなんだったの)
塩ウニ(生うにとはまた違い、超高級なご飯のおとも)
これらを一度に味わえるなんて・・・・・・ご飯のお替りのリクエストは必然
叔母の気遣いにただただ感謝です。
あたりを散歩していると真新しい家の中から時折笑い声や話声が聴こえてきました。
とても楽しそうです。
ただこの方々はみなさん被災者です。
様々な苦しみや葛藤を超えてこの地に終の棲家を構えたことを思うと、ここに至るまでの5年の歳月の重さを感じます。
決して若くはない叔母ですが、この先もず~と元気でいてほしいと願いつつ山田町を後にしました。