オカルトとは、超能力や占いや霊感など、一般的には、ちょっと眉唾なこと。

いわば、科学的に照明されていないこと。

科学という定義は、現象などの原因がわかり、証明し、再現できること。

私は、この関係が面白いと思う。

例えば、先日マジックショーを見たわけですが、マジックとは、目の錯覚を利用した、

タネがある科学的な技術なわけです。

もしかしたら、「私はマジシャンです」と言って、実は超能力を使っているのかもしれないのです。

マジックを目の前で見ていると、「タネがある」と考えるよりは、もはや、タネがない超能力だと思ったほうが納得がいくぐらいなのです。

逆に、マジシャンが「これは、超能力です」と言って、マジックを披露しても、これは、素人の我々にはわからないことになるのです。

そういう話をドラマにしたのが、「TRICK」であり、小説では、中島らもの「ガダラの豚」があるのですが、

これらは、非常に興味深い話で、私は、大好きです。

また、霊感というのも、面白くて、本当に霊を見たのか、その人の幻覚なのかは、わからないものです。

私も昨日、疲れのせいか、幻覚でいるはずのない人や、鳴っていない音を何回か聞きました。

これを私が「霊を見た」となれば、霊能者になれそうな気がします。

精神的にしんどかったり、疲れがピークに達すると、幻覚幻聴なんかは、けっこう見えたり、聞こえたりするものです。

しかし、一部の人は、霊が存在すると、信じて疑わない。

これは、妙な話です。

かと言って、私もまた、オカルトが大好きで、世の中に不思議なのものがあってもよいと考えるほうなので、UFOや友達と一緒に霊らしきものを目撃したり、第6感が妙に働いたりすることもあるのです。

占いだって、心理テクニックや言い回しの技術、コールドリーディングなどを駆使すれば、私でもできちゃうのです。

技術や道具などの在り方ということによく論議されるが、

私は、そのものの在り方より、「どのようにそれを使うか」というところが大事になってくると思います。

どのように使うかというのは、「知恵」であり、それを決めるのが「価値観」なのです。