夢のカフェ日記
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シチュエーションのバリエーション

新しいお店もでき上がり、いよいよオープンに向けて本格的な
準備が始まった。


それまで比較的ゆったりと進められてきた準備もゆめきちはじめ
4人のメンバーにも緊張感が高まってきていた。


早朝の掃除ではいつも顔を見る商店街の人たちからも新しいお店の
話題で声をかけられ、商店街の注目と期待も高まっている実感を
得ていた。


日中はメニュー作りをゆめちきが中心となって
商店街をはじめ、周辺の取材が行われていたのだった。

ゆめきちにとっては生まれ育った地域での取材ということもあって
慣れているかと思われたが、新たな発見や知らない歴史など
当たり前にあったものが、改めて見直す機会になっていたのだった。


一方、淳子は厨房周りの準備をはじめ、メニューで提供する料理や
ドリンクのレシピの確認や試食を行っていた。


奈奈と幸子がやってくる夕方は、ふたりの接客のシュミレーション
のチェックやお店で使う食器やグラスの準備を行った。


接客のシュミレーションでは2人が交互に店員と客を演じるのだが、
客はシュミレーションの都度、いろんなパターンの客に成り代わって
演じていた。


最初の頃は恥ずかしさがあったのだが、反復して行ってくると
感覚に慣れてくるのとその演じる役割を楽しむようになったのだった。


ゆめきちは客を演じるときには、本当にその客になりきるように
徹底して訴え続けた。それはその客になりきることによって
どんなことを求めているかを少しでも理解し、実際の接客に活かせて
ほしいという思いがあったからである。

そしてシュミレーションの都度、気がついたことを話し合って

その内容結果をノートにまとめたのだった。

そんな中、シュミレーションにひと区切りついたところで
ゆめきちが淳子を呼び、耳打ちしたのだった。


そしてゆめきちはふたりに説明をしだした。
「今から、僕と淳子とさっちゃんが客役を演じるし、奈奈ちゃんが
 店員さんをしてくれるか。


 僕の役は商店街の花屋のおっさんで常連客の役、淳子は観光客の
 役で初めて来た客、さっちゃんはそのまま東山女子大生の役で
 3度目の客。


 お店は満席の状態で僕はだいぶ前にコーヒー飲み終わっていて
 淳子はメニューを見ていて、まだ注文をとってもらっていない
 状況、さっちゃんは来店するところっていうシチュエーション
 でやろか。

 そしたら、各自持ち場に別れよか。」


ゆめきちの指示に従い、4人は移動した。

そして、シュミレーションが始まった。

幸子がお店に入ろうとした瞬間、
「すいません、注文お願いします。」

「ごちそうさん」

淳子とゆめきちが同時に声を上げたのだった。そして

ゆめきちはキャッシャーの方へ移動した。


そして、移動したところへ幸子がお店に入ったのだった。

奈奈は固まってしまった。


そんな様子を見たゆめきちは笑い出した。
「奈奈ちゃん、固まってるやん。どうするの。」


「だって、みんな同時じゃないですか。ひとりで同時に3人も
 対応できないですよ。」


ゆめきちはニヤニヤして
「そりゃ、できひんわな。でも、3組の客じゃなくても
 2組の客が同時にアクション起こすことってあると思わへんか。
 そんな時どうする?
 
 お客さんに、「ひとりで相手できないですよ」なんて
 言えへんで。」

奈奈は困ったように

「じゃあ、どうしたらいいのですか?」


「今のシチュエーションを思い出して、奈奈ちゃんとさっちゃんで
 どうすべきか話し合ってみたら。
 
 その結論が出たら、もう1回同じシチュエーションで
 やってみよか。

 とりあえず、話し合ってえな。」


奈奈と幸子は難しそうな顔をしながら話し合った。
ゆめきちはそんなふたりを見て、ニヤニヤとしていた。


「いじわるやな。」

ゆめきちの後ろにいた淳子がささやいた。

ゆめきちは笑いながら、淳子に説明した。
「なんでいじわるやねん。ほんまにそんなシチュエーションが
 起こったら、どうするねん。


 今までのシュミレーションでは客のタイプの変化だけ
 やったやろ。だんだん慣れてきたら、惰性になるから
 ちょっと緊張感を与えてやったんやん。

 

シチュエーションの変化にも対応しないとあかんやろ。
 反復練習は必要でも、気を入れるのと抜けるのでは
 全然違うしな。

 いじわるというより、親心や」


スイーツも溶けるほどの熱さ

「すいませ~ん。フルーツパフェとチョコレートパフェと
 プリンアラモードと抹茶パフェください。」


ゆめきちの声がカフェの中で響いた。


「さて、さっきの答えでてきたかな?奈奈ちゃんどう?」


「う~ん、今までゆめちゃんが言ってきた笑顔のことかな?」


「おお!正解。僕らがやるお店でいうたら、
 「GOOD&NEW、みんなの笑顔のために」やな。

 つまり、お店が大事にしているコンセプトや価値観って
 ことやな。


 さっきのラーメン屋さんがどんなコンセプトなのか
 わからんけど、少なくともいえるのは誰にとって
 うまいのかわからんけど「ラーメン」を提供する
 お店なんだと思う。


 だから、ラーメン以外には何の価値も見出さないから
 接客はないがしろにされているんやと思うねん。


 でも、僕らの店はイタリア料理を出す店ではなく、
 みんなが笑顔になるためのGOOD&NEWを
 提供する店でそのGOOD&NEWの価値を、
 イタリア料理をはじめ、接客もメニューも
 お店の空間も全ての資源を使って提供しようと
 しているってことやねん。


 でも、お客さんは全ての価値を感じてこられる
 のではなく、何かひとつでもお客さんにとって価値の
 あるものを感じて、それが笑顔になってもらえるもの
 になるんやけど、そこにお金を出してもらうってこと
 やねん。


 だから、僕らにとってはそんな全てのものが売りもん
 なんだけど、お客さんにとってはその中で価値の
 あるものに対しての買いものやねん。


 だから、僕らはそんな売りもんを押し付けずに、
 お客さんの買われるものの選択肢を丁寧に提供する
 ことが大事ってことなんや。


 特に目に見えない、感性、感情の部分に訴えかける
 からこそ、やってはいけないことは絶対やらない
 ようにしないといけないし、やってしまった
 としても、必ず誠実にフォローしないと
 いけないねん。」


幸子が難しそうな顔をして言った。
「でも、ゆめちゃんがさっきから言っている

  「してはいけない」ことって何なんですか?

 具体的なことを言わないので、よくわからないですよ」


ゆめきちはニヤニヤして言った。

「そんなもの、無数にあるよ。1個1個言っても
 覚えられないし、キリがないと思うよ。


 でも、さっきのお店でラーメンをまずく感じたことは
 やってはいけないことってわかったやろ。

 それってどんなことだった?」


幸子は思い出すように言った。
「蓮華を綺麗に丁寧に洗っていないとか、お客さんから
 指摘を受けても謝らないとか、食べているお客さんに
 気を遣わないとか・・・・ですか」


「うん、そやな。
 でも、それが全てではないやろ?
 
 例えば蓮華をテーブルにまとめて置いておくのって
 いいんか?


 あんなお店でテーブルに置いておいたら、ほこりとか
 ついているんじゃないの?それとか蓮華を入れている
 入れ物、ちゃんと小まめに洗っているの?


 そんなこと気になったらキリないやろ。

 でも、それを気にする人にとってはそれだけで
 ラーメンはおいしく感じることとは逆方向になって
 しまうと思わへんか?」


奈奈が反論した。
「そんなこと言ったら、どんな細かいことでもありますよ。
 何も出来ないんじゃないですか?」


「だから、無数にあるっていうたやん。でも、それをいかに
 なくそうとするか、それを大事にして欲しいねん。
 
 お店のシュミレーションでいろいろちょっとしたことでも
 気がつけばその都度、メモして、その対策を打てば、
 少しずつ解決するやろ。だから、何度も練習して、
 イメージを膨らましてほしいねん。

 そこにある大事なものは何かわかるか?」


スイーツだらけのテーブル席は一瞬シーンと静まり返った。
そんな中、ゆめきちは


「ここまできたら、ふたりにはわからんと思うので、
 淳子、何かわかるか?」


淳子は自信なさげに
「相手のことを思う気持ちかな?」


「そうや、それを愛っていうねん。どれだけ相手のことを
 ちゃんと見て、相手の気持ちを理解して、わかろうとするか
 それが大事やねん。それが愛っていうねん。

 思春期をすぎようとしているおふたりさん、よう覚えときや」

うまいまずいは料理人の腕?

「今日はここまでにしとこか。晩御飯行こか。今日はラーメンでも
 食べに行こか。ええかな?」


ゆめきちのラーメンという言葉に反応したのは淳子だった。


「どこ連れて行ってくれるの?私、ラーメンもうるさいよ」


「この間、新しく出来たお店やけど、僕も行ったことないねん。
 でも、いつも並んでいるし、オーナーが東京の有名な店で
 修行した人らしいで。行ってみたいやろ?」


「ああ~、あそこね。私も行ってみたいと思ってたところよ。
 行こ、行こ」


初めて行くお店に淳子のお腹はラーメンモードに変わっていた。

4人はラーメン屋へ向かった。


お店に着くと、評判どおりでラーメン食べたさにお店の前に
10人程の客が並んでいた。


「どうしよ。あんまり並びたくないけど、とりあえず仕方ないかな」
並んでまで食べたいと思わないゆめきちにとってはストレスのたまる
状況ではあるが、淳子のラーメンモードを思うと、自分だけの判断では
すまされないと思ったのだった。


「淳子、並ぶの?」


「今日はいいじゃん。並ぼうよ」
ニコニコしながら淳子は答えた。


しばらくして、ゆめきちたちがお店に入ることとなった。
4人がけのテーブル席に案内され、のどが渇いたゆめきちは
一気にお茶を飲むと、テーブルにおいてあるピッチャーに
手をかけた。


その瞬間、

「あれ?ないやん。」


ピッチャーのお茶は空になっていたのだった。
ゆめきちは店内にいる店員に声をかけようと目をやると
店員はレジで黙々と作業をしていた。


他の店員がいないか探していたが、ホールにいる店員は
レジにいる1人だけだった。


ゆめきちはニヤニヤして
「今のこの状況で何かおかしいと思わへんか?」


奈奈と幸子にはピンと来なかった。

「カウンタとテーブルのピッチャーを見てみ。
 どこもみな空っぽやろ。お店の人、誰も気がついてないやろ。

 しかも、今、お客さんの様子を見ている店員って
 誰もいないやろ。


 これでいいサービスが出来ると思うか?
 きっと、この後、何かが起こると思うよ」


少し前にカフェごっこをしていた2人にとって、ゆめきちの
チェックは観察の目を持つきっかけとなった。


「すいません、お茶ください」

カウンター席からの大きな声は店内中に響いた。
店員がピッチャーにお茶を入れて持っていくと


「あ、おねえちゃん、こっちもお茶」

今度はテーブル席からだった。

しかし、お茶は依頼のあったところだけしか
ピッチャーの交換がなされなかった。


しばらくすると厨房から店員が空になっている全ての
ピッチャーを回収し、お茶を入れて置いたのだった。


4人の席にはこのお店で評判のラーメンが持ってこられた。
一番楽しみにしていた淳子がテーブルにおいてある蓮華入れから

4人分の蓮華を取ると

「いや~、ちゃんと洗ってないわ。かなんなぁ~」


4本の蓮華のうち1本の蓮華にねぎがくっついていたのだった。
淳子は店員を呼んで、小さい声で

「すいません、これ、ついているんですけど」


店員は黙って、蓮華を回収した。

その様子を見たゆめきちは

「ほらな。何かおこったやろ。まだなんか起こるで」


そういいながら、蓮華を使わず、直接ラーメンのスープを
すすったのだった。


蓮華を回収し、厨房へ持って行った店員は食べ終わった
カウンタ客の精算を済ませ、帰った客のカウンタ席の
片づけを始めた。


その時、ゆめきちが思わず声を出した。


「あ~あ~」


ゆめきちの目線の先にあったのはカウンタで片づけをしている
店員の姿だった。


よく見ると片づけをしている横の客が不快な顔をしていた。
店員は片付けているラーメンの器をカウンタの向こうにある
厨房に置こうとしているのだが、明らかにラーメンを食べている
客の前を横切って器を置こうとしていたのだった。

それに気づいた横の客は思わず、体をそらし、店員を
よけたのだった。


「見てみ。あれ、店員は全然気づいていないやろ。
 お客さんを横切って器を動かしたらあかんやろ。
 
 お客さん、めっちゃいやな顔しているのに
 わかってないやろ。気持ちよう食べれへんやん。
 
 万一、器に残っているスープをこぼしたら、
 どうするんやろな。
 
 せっかくのうまいラーメンも台無しやな。」


奈奈と幸子はじっくりとその様子を見ていた。


「はよ、食べて、口直しにデザートでも食べにいこか。」

目に余るサービスにゆめきちも気分を悪くしていた。


お店を出るとゆめきちはここぞとばかりに奈奈と幸子に
先ほどのラーメン屋のことについて聞いた。


「さっきのお店、どう思う?ラーメンうまかったか?」


奈奈は
「ラーメンの味は悪くないと思いますが、蓮華にねぎが
 ついていたのを見て、安心して味わうことが
 出来なかったです。」


幸子は
「店員さんの態度に腹が立ちました。だから、ラーメンの味
 ってあまり覚えていないです。」


ゆめきちはニコニコしながら、
「二人が言ったことってラーメンの味と関係ないことやろ。
 でも、その関係のないところで不信感や怒りがあっただけ
 でも味にまで影響するねん。


 料理の味のうまいまずいは作る料理人の腕もあるけど、
 それが全てではないねん。ほかの事で料理のうまさを
 盛り立てることもあるんやな。


 でも、逆にうまいと思わせるいろんなことをやっても
 ある1つのやってはいけないことをやってしまうことで
 全てを台無しにしてしまうこともあるんやわ。


 そのやってはいけないこともしっかりと考えな
 あかんってことやな。今日は接客のことでたまたま
 そういう目線で見ることが出来たかなって思うけど、
 実はもっと大事なことが根底にあるってことを知って
 ほしいねん。

 何かわかるか?」


奈奈と幸子は黙っていた。それを見ていた淳子は微笑んでいた。


「さすが、プロ。淳子はわかっているんやな。
 とりあえず、デザート食べにいこか。
 そこへ行くまで考えておいてえな。」


そういって4人は夜のカフェに向かったのだった。

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