ソクラテスの回想録

ソクラテスの回想録

まったり、世迷い事。
しっとり詩を織り交ぜながら。
ちょい哲学チックに。

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この間、Twitterをさまよっていたら
タイトルの問題を見つけた。

なになに?
6÷2(1+2)=?

これ、できないやついないよな?
うん。

これ、万が一でも間違えたら
アウトであるな。

例えるなら、
動物病院の院長が、運ばれてきた犬を猫と間違えるくらい、あり得ないことだな。

回りくどいし、
わかりづらい。
わかっている。そんな事は。
ただ、しばし付き合え。

これ、
順番を間違えるとえらい事になる。
答えが2つ出てきて、
片方が正解だ。

まぁ最後に答えは言うとしよう。

ここで、余談。
エジソンはかつて、
成功は、1%のひらめきと99%の努力
と謳った。

なるほど。

それにしても、
その1%の中に、蓄音機や電球のひらめきが含まれているとするならば、

エジソンのひらめきは常人のひらめきの域を遥かに凌駕していることは言うまでもない。

しかし、
彼は99%は努力であると呈している。
努力に勝る天才無しか。
よく言ったものだな。

ここで、
俺の考える天才について話そう。

天才。
天才・・・天性の才能。生まれつき備わっているすぐれた才能。また、そういう才能を持っている人。

天才というのは何でも出来る。
そんな感覚を持つ人が多いだろう。

そんな中俺の考えはこうだ。
天才=適応力に富んだ人間
つまり、
頭がいいから天才ではない。
運動が出来るから天才ではない。

頭の回転と適応力が高い人間が
いわゆる天才だな。

1聞くと5~10返ってくる。
状況把握が早い。
空気が読める。

そしてなにより、
人によって微妙ではあるが、
対応を変えて、
誰からもそれなりに信頼される位置に到達出来る人間。

これが天才だと思う。

つまり、
天才は持って生まれた才能もしかり、
それ以外にも、
後天的に、努力で補える部分があるのではないか。
という考えである。

やはり、
1%の才能と99%の努力であるな。

ふぅ。
一度は脱線しかけたが、
どうにか戻すことができたようだ。

ここで、
忘れてはならない。
問題の答えであるが、

6÷2(1+2)=1


これ以外のやついたら
説明求む!

9派がいるらしいから
興味深いから、ガチで知りたい。

ふぅ。
寝ますね。




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