今夏はコロナ新変異株「FLiRT」が急拡大中、秋冬はどうなる?                                   2024.08.21     ナショナル ジオグラフィック日本版サイト

 

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)が始まってから、

これで 5度目の夏になる。そして 2024年の感染拡大は、夏に起こるものとしては これまでで

最大規模となることが予想されている。

 米疾病対策センター(CDC)は、救急外来のデータに基づき、8月13日の時点で 25の州で

新型コロナの感染が増えつつあると推定している。一方で、入院 および死者の数は、今も最低水準

にとどまっている。

 日本の厚生労働省が 8月16日付けで発表した新型コロナの発生状況では、全国の定点当たり

報告数や入院患者数が 5月から増え始め、7月ごろから急増したことがわかる。

直近では 少し減っているように見えるが、国立感染症研究所は、お盆などの週は「 報告数が減少する

傾向があり解釈には注意が必要 」としており、実際に 2023年の夏は 8月末から9月頭にピークを

迎えた。

 

 5月初旬以降、新型コロナの感染は、米国、ヨーロッパ、シンガポール、ニュージーランド、

オーストラリアでも着実に増加してきた。7月には バイデン米大統領が検査で陽性反応を示したほか、

フランスのパリで開催された夏季オリンピックでは、出場選手のうち少なくとも 40人の感染が確認

された。

「 新型コロナは まだわれわれの元を去ったわけではありません 」と、世界保健機関(WHO)の

疫病およびパンデミック準備・予防部門の暫定部長マリア・バン・ケルコフ氏は 8月6日、記者団に

述べている。

 

 最近の感染者の急増を引き起こしているのは 主に、同じ親株から派生した共通の変異をもつ新たな

亜系統のグループであり、これらはまとめて「FLiRT(フラート)」と呼ばれている。

 夏が終わりに近づくころ、米国では 全国の学生たちが学校に戻っていく。この時期は昔から、

インフルエンザやRSウイルス(呼吸器合胞体ウイルス)、そして 近年では 新型コロナを含む

さまざまな呼吸器系ウイルスが流行する季節でもある。

 「 今年の秋冬に 何が起こるのかについては、はっきりとはわかりません 」と、東京大学の

ウイルス学者、佐藤佳氏は言う。FLiRT変異株は 夏以降も進化を続ける可能性が高いが、まったく

新しい亜系統が出現する可能性も 否定できない。「 オミクロン株の出現のような現象 」は 

2021年以降、毎年 秋に起こっているように見えると 佐藤氏は述べている。

 

FLiRTとは

 FLiRT変異株は、2024年初期に 米国や日本など世界的に感染が広がっていた変異株「JN.1」から

派生した。FLiRTの仲間には、「KP」系統や「LB.1」系統など、現在流行している変異株の大半が

含まれている。

 非公式の名称である FLiRTは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質に共通して見られる変異

を表す 頭文字に由来する。新型コロナウイルスは、スパイクタンパク質を使って、われわれの鼻や肺

の細胞にある「ACE2受容体」と結合して 感染を引き起こす。

  すべてのタンパク質は、アミノ酸が ビーズのように連なってできている。突然変異によって、

あるアミノ酸が 別のアミノ酸に置き換わると、タンパク質の働きが変わり、ウイルスは より感染

しやすくなったり、免疫を回避できるようになったりする。

 

 現在の新型コロナウイルスワクチンは オミクロン株の一種である「XBB.1.5」に対応しているが、

FLiRT変異株のもとになった JN.1のスパイクタンパク質には すでに、XBB.1.5と比べて 30以上もの

変異があった。

 

FLiRTの危険度は

 コロナウイルスは、抗体から認識されることを避けるために 頻繁に変異する。FLiRTは 2つの変異

により、抗体が 新型コロナウイルスに結合しにくくなっている。

 FLiRTのさらなる変異は、ウイルスが ACE2受容体に結合する効率を高めて感染力を強めるか、

既存の免疫から逃れるのを助ける、または その両方でありうると、南オーストラリア大学の

疫学者エイドリアン・エスターマン氏は言う。

 初期の研究からは、FLiRT変異株は、これまでのワクチン接種や、過去のオミクロン株への感染で

獲得された免疫を逃れるのに 非常に長けていることがわかっている。

 

 一方、われわれにとって 有利な点は、FLiRT変異株は 抗体を逃れられるようになった代わりに、

感染する能力も いくらか失ったように見えることだ。なぜなら、変異によって 抗体が結合しにくく

なった部位は、ウイルスが ACE2受容体に結合して細胞内に侵入するのにも必要だったからだ。

「 これらの変異株は、ウイルスの特定の性質に影響を与える 新たな変異を持ってはいても、まだ

特に懸念するほどではありません 」と、米オハイオ州立大学のウイルス学者、劉善慮(リウ・

シャンルー)氏は言う。

 氏によると、免疫を回避する変異をウイルスが獲得し、それが 細胞に感染する能力にも影響する

のは珍しいことではないという。「 ウイルスは すぐに 新しい変異を起こして、感染力を取り戻す

ことができます 」

 

 一方で、最近になって感染者が急増している主な原因は、これまでのワクチン接種や感染で獲得

した免疫が弱まっているところに、免疫を回避する FLiRT変異株の能力が重なったためである可能性

が高いと佐藤氏は考えている。

 劉氏もまた、いま感染者が増えている理由の大部分は、追加接種を受ける人の減少と、夏に旅行

する人の増加だろうと述べている。

 

ワクチンや薬の効果は

 救急外来の受診者、入院者、死亡者の数がこの夏、いずれも急激に増えたのは事実だが、

パンデミック初期の流行時に比べれば、まだ はるかに少ない。

 また、FLiRT変異株が ほかのオミクロン株よりも 危険だという兆候も見られない。重症化を防ぐ

うえでは、ワクチンが今も有効であることがわかっている。

 ただし、現在のワクチンは、以前に流行したオミクロン株の一種である XBB.1.5に対応して

作られている。このワクチンでも、FLiRT変異株を標的とする抗体はできるとはいえ、有効性は

著しく下がっている。

 そのため WHOや各国のワクチン規制当局は、2024年秋からの新型コロナワクチンをJN.1系統や

その亜系統に対応したワクチンにするよう推奨している。

 CDCは、生後6カ月以上のすべての人に、重症化を避けるため、2024~25年版の新型コロナワクチン

の接種を勧めている。日本では 2024年度の秋冬に、65歳以上の人 および 重症化リスクの高い

60~64歳の人を対象に、自治体による定期接種が始まる。

 

 新型コロナ治療薬のパキロビッドやモルヌピラビル、レムデシビルが JN.1に対しても有効である

ことは 研究で示されている。これらの抗ウイルス薬は、効くメカニズムが スパイクタンパク質の変異

による影響を受けないことから、新しい変異株にも有効だと期待できる。