2024年03月19日 デイリー新潮
ロシア、中国寄りの教皇と危惧する指摘が出るのも、ある意味当然なのかもしれない。
ローマ教皇フランシスは ウクライナに「 白旗を掲げる勇気が必要 」だと発言、ロシアと停戦する
よう求めたことが、3月9日に明らかになった。ウクライナ政府は 無条件の降伏勧告と解釈。
自分たちの国旗は 黄色と青色で描かれており、「 他のいかなる旗も掲げない 」と猛反発した。
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教皇の発言を問題視する声は多かった。欧米だけでなく 世界各国のメディアが詳しく報じ、
バチカン(ローマ教皇庁)側は慌てたのか、「白旗は降伏勧告を意味しない」と火消しに躍起だ。担当記者が言う。
「 教皇フランシスコは 2月にスイス公共放送のインタビュー取材を受けました。それを3月9日、
バチカンの公式メディアが 内容の一部を放送に先立って公開したのです。それによると、
まず記者が『 ウクライナには降伏する勇気を持ち、白旗を求める人がいます 』と質問しました。
教皇は『 人々にとっての善を考える者こそ、最も強き者だ 』と強調した上で、白旗を求める人が
いるという質問の根拠は、『 あなたの解釈でしょう 』と述べたのです 」
これで終わっていれば、何の問題もなかった。しかしながら 教皇は「 今の現実を直視し、国民の
ことを考え、白旗を掲げて交渉する勇気を持つ人々の存在を信じています 」と続けてしまったのだ。
ウクライナが 教皇を批判したほか、ポーランドやラトビアといった周辺国も反発を示した。
NATO(北大西洋条約機構)も「 今は ウクライナによる降伏について語るときではない 」と教皇を
諫めた。
一方、ロシア側は 喜びを隠さない。在バチカン・ロシア大使館は Xに「 フランシスコ教皇は、
ヒューマニズム、平和、伝統的価値観の真の誠実な擁護者だ 」と投稿した(註1)。
そもそも ローマ教皇フランシスコは、ウクライナ戦争に仲介する意思を鮮明にしてきた。和平を
求める特使を ウクライナ、ロシア、そして中国に送っている。
教皇のスタンドプレー
防衛大学名誉教授の佐瀬昌盛氏は 東西冷戦研究の第一人者として知られる。ソ連の時代から
ロシアをウォッチしてきた佐瀬氏は「 なぜ ローマ教皇が停戦交渉に乗り出しているのか、全く
理解できません 」と首を傾げる。
「 注目すべきは、停戦を望む国や勢力が 教皇に仲介を依頼したわけではない、という点です。
普通、停戦交渉の仲介者は、誰かに頼まれたから引き受けるものです。ウクライナからの依頼で
教皇が停戦交渉に動くのなら分かります。フランスやドイツといったNATO加盟国からの依頼でも
同じでしょう。ロシアからの依頼は ── 侵略国の依頼を引き受ける妥当性は問われるべきですが
── 理解はできます。ところが 教皇は誰からも頼まれていないようなのです。自分一人で 停戦を
訴えているのですから、なぜ、こんなスタンドプレーを行っているのか全く理解できません 」
佐瀬氏は 教皇の元に、どれだけ情報が集約されているか疑問視する。ロシアは ロシア正教会の
勢力が圧倒的で、カソリックの信者は弾圧されてきた。ウクライナは ロシアとの対立が深刻化する
につれ、ウクライナ正教会は ロシア正教会と袂を分かった。とはいえ、ウクライナに カソリックの
信者は少ない。
「 ロシアやウクライナが カソリック国なら、信者から詳細な情報を得ることができるでしょう。
しかし 実際は異なります。さらに 教皇は ロシア正教会を普通の宗教団体と考えているのではないか
と危惧します。私たちのように ロシアを長年研究してきた者は、ロシア正教会を 宗教勢力とは
見なしません。彼らは 国家権力と癒着し、独裁国家の統治を支えてきた黒い歴史を持ちます。今回の
ウクライナ戦争でも停戦を呼びかけるどころか、若者に参戦を訴えていることからも明らかです。
教皇が停戦を訴えても、ロシア正教会が 同じ宗教勢力として関心を示すことはないでしょう」
(同・佐瀬氏)
「ロシア人は残虐ではない」発言
教皇フランシスコは 1936年にアルゼンチンで生まれた。宗教家として 主には南北のアメリカ大陸
で活動してきた。佐瀬氏は「 ヨーロッパを肌感覚で理解していないことも、今回の騒動に影響を
与えたかもしれません 」と指摘する。
佐瀬氏の見解を裏付けるものとして、教皇が ウクライナやNATO加盟国の側に立って行動してきた
という指摘は 皆無だ。むしろ ロシアや中国との関係構築に熱心な教皇として、一部では 危惧が表明
されてきた。
そもそも 教皇のウクライナ戦争を巡る“舌禍”も、これが初めてではない。まずは 2022年6月、
カトリック系の記者団に対して「 赤ずきんは善で オオカミは悪だった。ウクライナ戦争の場合、
象徴的な善人も悪人もいない 」と発言した。
ロシアが ウクライナに侵攻したのは、この年の2月だった。それから 4か月が経過しての発言
であるにもかかわらず、ロシアを批判しない融和的な姿勢に、かなりのカトリック教徒が失望した
と伝えられた。
さらに 同じ年の11月、ロシアのウクライナ侵攻で最も残虐なのは、「 非キリスト教徒の少数民族
の部隊 」だと発言した。具体的には 最も残虐な兵士として、「 ロシアの伝統に従っていない
ロシア人 」や「 チェチェン人、ブリヤート人などの少数民族 」を挙げたのだ。
「アメリカ嫌い」の指摘
教皇の発言を敷衍すると、「キリスト教徒」か「ロシアの伝統に従っているロシア人」は 残虐な
兵士ではないことになる。ロシアを擁護した発言と解釈することは可能だが、この時は ロシア側が
猛抗議した。そのため ウクライナやNATO加盟国から批判の声が上がることはなかった。
だが 次の舌禍に対しては、ウクライナは 明確に反発を示した。
23年8月、教皇は ロシアのサンクトペテルブルクで開かれた若年層の集会に オンラインで参加。
そこで行われた講話で ピョートル大帝やエカテリーナ2世といったロシアの王族に触れ、「 偉大な
ロシア帝国の後継者であることを忘れないように 」と呼びかけたのだ(註2)。
ロシアのプーチン大統領は ピョートル大帝を引き合いに出し、ウクライナ侵略を正当化してきた。
これを 教皇が追認する形になったのだから、ウクライナが強く抗議したのも納得できるだろう。
「 教皇の 『ウクライナ戦争の場合、象徴的な善人も悪人もいない』の発言は、アメリカの経済紙
『ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)』が注目し、22年6月に記事を配信しています。
記事では 多くの専門家に取材し、アルゼンチンで生まれ育った教皇は アメリカの経済支配を経験した
ことで、『超大国は悪だ』という考えが植え付けられたと指摘。教皇は アメリカを筆頭とする
西側諸国と距離を置き、独自外交を目指して ロシアや中国との関係構築を重視しているのではないか、
と分析しました 」(前出の記者)
バチカンと中国が急接近
日本人にとって、バチカンと中国の接近は 他人事ではない。多くの日本メディアが詳報を行って
いる。ここでは 時事通信が 23年9月に配信した「 ローマ教皇特使が異例の訪中=「国交樹立」観測
も浮上 」との記事を見てみよう。
《フランシスコ・ローマ教皇のウクライナ和平特使を務めるズッピ枢機卿が、中国を訪れた。
公式には「 中国政府高官とウクライナ問題を協議した 」と説明されているが、外交関係のない
バチカン(ローマ教皇庁)の特使訪中は 異例。台湾と断交して 中国との国交樹立に踏み切る
第一歩ではないかとの見方も出ている 》
中国は 教皇だけが司教を任命できるという制度を「内政干渉」として反発。1951年にバチカンと
断交を行ったという経緯がある。
「 カトリック教会は 全世界で数多くの司教が性暴力を振るっていたことを筆頭に、その暗部が
次々に暴かれ、依然として 激震が続いています。信者の信頼回復を完全に果たせたとは言えず、
対応に悩む教皇にとって 14億の人口を持つ中国は 信者増員という観点から非常に魅力的です。
中国と断交してきたことで、バチカンは 台湾との関係を重視してきました。ところが 今の教皇
フランシスコになってから、『バチカンは 台湾を捨て、中国と国交を樹立するのではないか』
との観測が台湾で飛びだし、政府も非常に憂慮しているのです 」(同・記者)
中国と何を話したのか?
こうなると、ウクライナ戦争の停戦交渉は バチカンと中国が会談するための“口実”だという疑念
すら生じてしまう。本当は 中国との国交樹立が最重要事項であり、ウクライナ問題は 二の次では
ないのか──。
いずれにしても、一つだけ言えるのは、これだけ ロシア寄りの教皇に ウクライナが停戦交渉を
依頼することは絶対にない、ということだろう。
註1:ロシア、ローマ教皇の平和への努力を称賛 「白旗」発言受け(AFP BB News:3月14日)
註2:「偉大なのは帝国主義ではなく文化」 ロシア「称賛」発言、ローマ教皇が釈明(朝日新聞:23年9月5日夕刊)