「すでに自国内の制空権さえ失っている」と考えられるロシアの深刻事情
2024.02.06 鈴木 衛士 | 現代ビジネス
1月24日、ウクライナと国境を接するロシア西部のベルゴロド州で ロシア軍の大型輸送機
「Il-76(イリューシン76)」が墜落した事件。
筆者は これがロシアの謀略ではないかと 強く疑われる理由を前編『「イリューシン76墜落事件」
はロシアによる「苦しまぎれの謀略」ではないか...「ロシア空軍は《モスクワ撃沈なみ》の痛手
を受けていた」と考えられる関連背景』で解説した。
本項ではそのさらなる根拠の詳細と現在ロシアが陥っていると考えられる状況について説明する。
ロシアの真の狙い
前編を受けて 結言すれば、以下のような推測が成り立つ。
ウクライナ軍は この Il-76が、当初の報道どおり、「S-300の誘導弾」などの装備品を輸送する
という情報を何らかの手段(ロシアが意図的にリークした可能性も)で事前に入手し、米国から
供与された対空ミサイル・ペトリオットで同機を撃墜した。
一方、ロシア側は、このリークした情報を ウクライナ側が入手している可能性を認識した上で、
同機が撃墜されることも想定し、実際のウクライナ人捕虜の輸送と並行させて Il-76を 少なくとも
2機飛行させ、衛星や情報収集機、並びに 地上レーダや地上の信号情報収集装置などによって、
ウクライナ軍の動きを監視していた。
そして、実際に ウクライナ軍は この装備品を搭載している Il-76をペトリオットで撃墜し、
ロシアは この行動を 前述の情報収集手段によって捕捉した。その上で、撃墜された場合に備えて
用意していた、「ウクライナ人捕虜の輸送機を撃墜」というシナリオを 大々的に発表するとともに、
国連安保理にも 緊急会合を要請し、ウクライナを糾弾した、というものである。
つまり、ロシアは 今回の Il-76の墜落を、「 ウクライナ人捕虜(65人)輸送時の撃墜事案 」と
宣伝することによって、反人道的攻撃を掲げて 国際問題化し、事後のウクライナによるロシア領内
への対空攻撃を躊躇させるとともに、ウクライナ国内で 自国民(ウクライナ人戦争捕虜)の搭乗機を
撃墜した軍や政権への非難や不信感を煽ることを企図したのではないかと考えられるのである。
しかし、ロシアは、実際に Il-76輸送機1機とその搭乗員を犠牲にしてまで、なぜ このような危険な
賭けを行ったのか。
ロシアは 自国内の制空権さえ失っている?
そこには、1月14日のアゾフ海におけるロシア空軍機A-50(メインステイ)早期警戒管制機の
被撃墜と、Il-22 (Il-20クートB) 空中指揮機の被撃破(撃墜は免れ大破)という、衝撃的な出来事が
あったからだ と考えられる。なぜならば、この事象は、ロシア軍にとって、同海軍が黒海艦隊の旗艦
であるスラヴァ級ミサイル巡洋艦「モスクワ/CG-121:12,500トン級)」を撃沈されたのと同等の
ダメージをもたらしたと考えられるからである。
そもそも、ハイバリューアセット(高価値目標)であるAWACS(早期警戒管制)機が戦時中に
撃墜される などというのは、世界でも過去に前例のないことであった。これは、ロシアが実効支配
しているウクライナの地域は もとより、ロシアの領土内にまで 自国の制空権が失われていることを
意味しており、ロシア軍にとって これは 極めて 深刻な戦況となっている実態を表している。
今後、ウクライナに供与された F-16戦闘機が実動を始めたら、前線のロシア軍は手痛い打撃を
食らうことになるだろう。
地上戦では 膠着状態が続いており、今後は ロシアが優位な展開になるとの見方も優勢である。
しかし、筆者は そうは思えない。制空権が得られない状態での安定した領土獲得などあり得ないから
である。ロシアも それを危惧していることが、今回の事案で見て取れるのである。
ロシアは、このような懸念される情勢を見越して、今後 この事案を契機に、両国の国境付近に
一部飛行禁止空域の設定などを提案してくる可能性も考えられる。
もちろん、その先には「停戦」ということも 念頭に置いていることだろう。その落としどころを
模索し始めているのではないか。このままでは、さらに長期化し、漸次兵力も装備も損耗していく
ことは明白であるからだ。
今後の推移に注目したい。
2024/02/07